▼ シアワセな夢
今日は待ちに待った烏野との練習試合。少し前にちょーっと足をひねったりもしたけど診断は良好、試合に出ても問題なし。
溝口くんも岩ちゃんも心配しすぎなんだよね。これくらいなんてことないのに病院で診てもらえなんて。お陰で昨日まで練習控えろって言われるし参ったよ。
まだ試合が終わってなければいいけど。なんて思いながら歩いてるときだった。
和泉さんがいた。
いたって言うか下校途中なのを見かけただけなんだけど。なんで和泉さんがこんな時間までいるのかな。残って何かしてたとか?え、これってもしかしなくてもチャンス?声かけるべき?
よーし。砕けない程度に当たってみよう!
「和泉さん!」
「どなたですか?」
…うん!そうだよね!俺初めて和泉さんに話しかけたもんね!俺のこと知らなくて当然だよね!
最近はみんなが俺のこと知ってるのが当たり前になってたからちょっとびっくりしたけどね、本来はそれが普通なんだよね。俺の感覚がおかしくなってた。
「バレー部の及川です」
「…はぁ」
返事こそ疑問系になってるけど、初めて合ったその目にはなんの感情もない。文字通り硝子玉みたい。
「今から俺の出る練習試合があるんだけど、よかったら観ていかない?」
無関心とも純粋とも違う、反射させるだけで何も映さない瞳。
和泉さんは、人間に必要な大切なものをなくしてしまったように見える。
「この後予定があったら無理にとは言わないけど、和泉さんに観てほしいな」
単純に、和泉さんに俺のことを知って欲しかった。そして、今日をきっかけに知り合いになって、和泉さんの事をもっと知りたかった。
「私は、バレーボールについてなんの知識も持ち合わせておりませんが」
「それでもいいんだ。和泉さんが観に来てくれるだけで俺は嬉しいから!」
俺が和泉さんを知るのは、和泉さんに俺のことを知ってもらってからでも遅くない。
「本日は時間の余裕もありますし、折角お誘い頂きましたのでお邪魔させて頂きます」
「じゃあ行こうか!ちょうど今から行くところだったんだ!」
「既に着替えはお済みのように見受けますが」
「ちょっと病院に行っててね〜。あ!全然大したことないから安心してね!」
これから観てもらうのに余計な心配かけるわけにはいかないからねー。
「上にあがるよね?それなら入り口がちょっと違うんだけどわかる?」
「いえ、生憎伺ったことがありませんもので…」
「じゃあ一緒に入ろっか!俺から監督に話してあげるね!」
「ありがとうございます」
「お礼なんていいよー。俺が誘ったんだから!」
下ってことはベンチにいてくれるのかな?2階よりもずっと近くで見ててもらえるとか幸せすぎる!
よーし!今日は張り切っちゃうぞ〜!
「あ、靴はどのようにすればよろしいでしょうか?」
「何かあると困るから、持ってきてもらっていい?」
「はい」
和泉さんは俺の言った意味なんて気付かないだろうね。そう言うことと無縁とまではいかなくても、そう頻繁に縁があっていいもんじゃない。
体育館に入って1番最初に目に入ったのはコート。その次に得点板。
「アララッ1セット取られちゃったんですか!」
例え飛雄が烏野にいたとしても、俺達が負けるわけないと思ってた…けど、これはちょっと意外だったかなぁ。
「おお!戻ったのか!足はどうだった!」
「バッチリです!もう通常の練習イケます!軽い捻挫でしたしね」
「まったく…気をつけろよ及川。向こうには「影山出せ」なんて偉そうに言っといてこっちは正セッターじゃないなんて頭上がらんだろが!」
「あはは…」
できれば、それは後で言ってほしかったなぁ。
「及川さーん!!」
今日もみんな応援に精が出るね。みんなの期待に応えるためにも、及川さん頑張っちゃうよーって!!呼ばれて反射的に笑顔で手を振っちゃった!
和泉さんの俺への印象が悪くなるかな?そう思って和泉さんを見たけど、まったく気にしてないのかしきりに体育館を見回してる。
…少しくらい気にしてくれたら嬉しかったかな。でも初対面なんだからこんなもんか。
「で、そっちは誰だ?」
そう言われると思ってた。俺が体育館に女の子を連れてきたことなんて1度だってなかったから当然だよね。
「見学です。上の行き方わからないって言うんでベンチでも良いですか?」
「お前なぁ」
断られることは想定内。これがまかり通ったら、後々面倒なことになるのはわかりきってるから。だから俺は、用意していた言葉を口にする。
「俺が声かけたのに迷わせるわけにもいかなくて」
「あの、ご迷惑なようでしたら日を改めますが」
「そんなことないよ!そんなことないからちょっと待ってて!」
言葉のチョイスを間違えた!
和泉さんが気にすることはなにもないんだよ!だから帰らないで!
「監督!今日だけ!今日だけなんで!」
「珍しいな、お前が頼み込むなんて」
「2度はしないんでっ」
「…今回だけだからな」
「ありがとうございます!」
泣いてないけど泣き落とし成功!
「じゃあ和泉さんは監督の横にいてね」
これで今日の俺のモチベーションは最高潮だね!あの和泉さんが見学に来てくれるなんて夢のまた夢だと思ってたけど、誘ってみるもんだね!
「あの、本当によろしいのでしょうか?」
「あまり時間は残ってないけど、君はなにも気にせず楽しんでくれればいいよ」
さすが監督。いいこと言いますねー。
「ありがとうございます」
…さて。和泉さんに無様な姿は見せられないし、ちゃちゃっと勝ってきましょうか。
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