▼ 途方もなく闇


「岩ちゃん」

夜、及川から電話があった。

「なんかあったか?」

今日は朝から学校帰りに和泉とどっか出掛けるって言ってたから、ウザいくらいのハイテンションで電話がかかってくるのは覚悟してたが、真逆のテンションで電話が来るとは思ってなかった。

「最初から話すと長くなるけど、いい?」
「お前の話が長いのはいつものことだろ」

そんな前置きする必要ねぇのに、いちいちそんなことをするのはこいつの癖だ。

「…ありがと」

誘った日からウザいくらい楽しみにしてたのに、放課後の数時間でなにがあったのか。

いつまでも引きずるやつじゃねぇから心配なんざしてねぇが、プレーに影響が出ても困る。引きずらないだけで気にしないわけじゃねぇしな。

「和泉さんのことなんだけどね、ちょっとどうしたらいいかわかんなくなっちゃってさ」
「なんかあったのか?」
「なにがあったって訳じゃないんだけど、今日モール行って…ほら、和泉さんっていつも敬語じゃない。だからやめてみようって言ったのね。あと友達っぽく名前で呼んでみようかなーって思ったから、名前で呼んでとも言ったの」
「おう」
「でも、和泉さん俺の名前知らなかったみたいでさ、」

そりゃあ普通は話したこともなかったやつのこと知ってるわけがないだろ。こいつの感覚は時々イカれてるからな。

「じゃあ自己紹介しよう!と思ってとりあえずしたんだけど…俺の名前聞いたときの和泉さんの表情、凄かったんだよ。お化けでもみた様な顔してさ、泣きそうな顔して謝るんだ。名前は呼べない、名前を呼ばないでって」

そう言えば和泉を名前で呼んでるやつなんて見たことねぇな。誰かと話してるところすら見ねぇから当然なんだろうけど、それと関係あるのか?

「そのあと名前のことは1回置いといてモールうろうろしてたんだけど、俺の服見てるときも和泉さんの服見てるときも、ずっと遠いところを見てるんだ」

ほとんどの場合相手の目を見て話す和泉が相手を見ないってのは気になるが、

「記憶の中からなにか手繰り寄せるような、そんな目」

教室でも、ふとした瞬間和泉がどこかを眺めてることがあるのは気付いてた。

「たぶんだけど、和泉さんにはとても大切な人がいるんだと思う」

及川が言うなら、きっとそうなんだろう。チャラチャラして見えるが、こいつの人を見る目は悪くない。
しかし、いつも他のやつと全くと言っていいほど話さないあの和泉に、そんなやつがいるとは思わなかった。

「1回烏野との練習試合見に来てくれたときも、向こうに知り合いがいたみたいでね?なにも映らなかった目に一瞬だけ懐かしさが見えた気がしたんだ」

普通に考えるならマネージャーかと思うが、たぶん向こうのマネージャーはこっちを見てなかった気がする。
そうなると部員の誰かか…

「俺の名前を聞いたときもそう。誰かを思い出すみたいに俺を通りすぎて、ずっと遠くを見てた。それが誰かなんて全然わかんないけど、あんな和泉さん見たら、そいつに勝てる気なんてしないよね」

及川が分かりやすい弱音を吐くのはいつぶりだろうか。少なくとも、高校に入ってからは聞いてない。
聞いてないだけでいつもどっかで思ってたのかもしれねぇけど、俺は知らん。それがオーバーワークになって出てくるなら殴って止めるまで。

「だからって諦めんのか?」

だが、そんな簡単に諦められるようなやつじゃないことも確かだ。

「…やだなぁ、簡単に諦められるくらいならこんなこと岩ちゃんに言わないよ」
「だろうな」
「でもさ、さすがに攻略が難しそうだから相談しとこうかなーって」
「お前…ゲームじゃねぇんだから」
「でもこの言い方が1番しっくりきたんだもん」
「もんとか言うなキメェ」
「ひど!!」
「あと、明日サーブミスったらラーメンな」
「…うん。ま!及川さんが外すわけないし?全部決めたら岩ちゃんが奢ってよね!」
「よーし、1本でも外したら覚悟しろよ」
「え、ラーメンだけだよ?ギョーザとか替え玉はなしだからね?」
「じゃーな、明日が楽しみだ」
「ちょっと岩ちゃ」

俺に和泉の事なんてわかんねぇ。あいにく女子に惚れぬいたことなんてねぇから及川の気持ちもわからねぇ。
それでも、簡単になかったことにできるくらいなら、こうやってうだうだ悩んだりもしねぇだろ。


  
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