▼ 俺にもちょうだい


「お待たせ」
「及川こそお疲れ様です」

あの日から俺は考えに考えた。和泉さんの中にいるのが誰なのか。もちろん和泉さんからそれとなく聞き出そうと、怪しまれないように話しかけることもした。
だけど、結局うまく聞き出すことはできなかった。やっぱりガードが固い。

「ミーティングが長引いちゃってごめんね」
「いえ、構いません」

返事は1言2言で返す子だし、俺が話を振らないとうまく会話にもならない。別にそれが悪いって言うんじゃなくて、俺自身を拒絶されてるように感じるんだよね。みんなもどこかでそう感じるから、和泉さんを1人にしておくんだろう。

「和泉さん」
「なんですか」

そのわりに約束はきちんと守ってくれる。今日だっていきなり教室で待っててって言ったのに、こうしてそれなりに長い時間待っててくれた。それにしっかり目を合わせて話すのが癖なのか、ほとんどの場合しっかり俺を見てくれる。
そう考えると、元々はイイコなんだろうね。これでもう少し会話を広げられたら、元は美人さんだし優しいし、人気者になってたと思う。

「話があるんだ」
「なんですか?」
「まず、俺は君のことが好きだよ」
「それはありがとうございます」

返事早くない?いくらさらっと言ったからって、ちゃんとわかってないなんてことないよね?意味ちゃんとわかってるよね?聞いてもいいかな、いいよね?

「あの、ちゃんと意味わかってる?」
「それくらいわかりますよ」

よかった。さすがにそこまでの天然ではなかったか。

「お返事をさせて頂くのなら、及川は確かにいい人ではあるかもしれませんが、それ以上ではないので丁重にお断りさせて頂きます」
「うん、今はそれでいいよ」

そう言われることなんて百も承知だからね。及川さんはめげないよー。

「…どう言うことですか?」
「だって和泉さんは俺のことを知らないじゃない?俺も和泉さんのことすっごい知ってるって訳じゃないし」

むしろ知らないことだらけだからね。

「それでよくもまぁ私が好きだなどと宣いましたね」
「だって一目見たときから好きだなと思っちゃったんだもん。こればっかりはしょうがないよ」
「そんな根拠もないもので」

根拠?確かにそんなもんはどこにもないよ。和泉さんのどこが好きかなんて聞かれたってわからない。だって、もう好きになっちゃったんだから。

「じゃあ聞くけど、人を好きになるのに理由がいる?」
「そこまでの説明は求めません」
「そう言うことだよ」

納得はしてなさそうだけど、ようやく和泉さんからの否定はなくなった。
さて、ここからが本題。

「俺としてはこれから和泉さんのことを知っていきたいと思うのね?」
「そうですか」
「だからお話ししたいんだ」

今日はのらりくらりと逃がしたりなんかしない。

「それに、話していくうちに俺のことも知ってもらえるでしょ?」
「そうですね」
「じゃあ色々聞いてもいい?」
「はい」

少しずつ、少しずつ。

「誕生日は?」
「1月30日です」
「早生まれなんだ」
「はい」

焦らずに、気付かれないようにゆっくりとその内側に踏み込んで。

「趣味ってある?」
「特には…強いて言うなら読書ですね」
「よく読んでるもんね。なに読んでるの?」
「自叙伝も詩集も、私に読める文字で書いてあるなら大抵のものは読みます」

必要な情報を引き出す。

「じゃあ好きな食べ物は?」
「やっこが好きです」
「俺は牛乳パン!」
「それ、私が知ってるものと違ってビックリしました」
「違うの?」
「中学の時こちらに引っ越してきましたが、前に暮らしていたところではただのパンだったので」

いい流れかな?

「そうなんだ。中学どこ?」
「雪ヶ丘です」
「え、遠くない?」
「別に苦ではないです」
「そっか」

雪ヶ丘からここまで通うのはかなり大変だと思う。それにも理由があるのかな?

「引っ越してきたってことは県外?」
「はい」
「こっちに来る前はどこにいたの?」
「あなたに教える義理はありません」

質問を初めてから、和泉さんが初めて回答を拒絶した。
きっとそこを問い詰めていけば、和泉さんの中にいる奴がわかる。

「でも俺の知らない牛乳パンがなんなのか知りたいし」
「…東京ですよ」
「そうなんだ」
「なんの変鉄もないちょっと甘いだけのパンでした」
「そっか」

でもこれ以上聞き出すのは無理かな。最悪の場合、答えてくれなくなるだけじゃなくて口も聞いてくれなくなりそう。

「ねぇ、東京ってどんなとこ?」
「もう変わってると思いますが、こちらと大差ないですよ」
「ふーん。マンションとかビルがいっぱいあるんだべ?」
「ウチは田舎だったのでそうでもないですよ」
「東京なのに田舎って!」
「どこにだって田舎と言われるところはありますよ」
「でも納得できない…」
「ご自身で行けばいいじゃないですか」
「そんな簡単にいけないよ」
「どうしてですか?」
「だって交通費もバカにならないしバレーもあるし」
「そのバレーで行くんじゃなかったんですか?」
「…え?」
「東京に行く大会があるんですよね?それで行くんじゃないんですか?」

嘘。そんなの忘れられてると思ってた。
バレーの話しても相変わらずの返事だし、興味なんて全くないんだとばかり思ってた。

「それとも、負けるつもりで挑むんですか?」
「そんなわけないでしょ!」
「ならすぐじゃないですか」

それなのに、なんてことないようにこの子は無茶なことを言ってくれる…!

「東京行ったら案内してもらうからね!」
「さすがに迷子になりますよ」
「和泉さんと行きたいからいいの!」
「そうですか」

興味なんて全くない顔をしてる癖に、どうしてこんなことを言ってくるのさ。持ち上げ上手かよ。
こうなったらなにがなんでもウシワカ倒して、和泉さんを東京に連れて行くしかないよね。


  
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