▼ 涙少女


月曜は部活もないので直帰するか寄り道するか、まぁほとんどの場合寄り道して帰るわけだけど。

「あれ、和泉さん?」

薄暗い帰り道で、和泉さんらしき人を見かけた。いや、ほとんど確信に近い。青城の制服であんなに髪が長いのは和泉さんくらいなものだから。
部活がある日より早いとはいえ、学生が帰るには遅い時間。そんな頃に女子が1人で歩いてることに不安を覚えるのは仕方ないだろう。

「和泉さん」

ゆっくり歩く和泉さんに追い付いて声をかけると、それはやっぱり和泉さんだった。

「お疲れ様です。今日はお出掛けされてたんですか?」
「そ。和泉さんは?」

聞かれたから返した。それだけのことだったが、どうやらそれは地雷だったらしい。
和泉さんは俯いてなにか考え始めてしまった。

いや、だって普通この返事が地雷だなんて思わないでしょ。別に変なこと聞いたわけでもないし、考えて言ったことでもないし。

「一静さんは、」

そんなに時間はたってない。それでもようやく口を開いたと思えるくらいの沈黙を破った言葉に俺がビックリした。

「好きな人はいますか?」

…は?

「え、なに、どうしたの?」
「言い換えます。大切な人はいますか?」

あんまり変わってないと思うのは俺だけかな。まぁこっちの方が範囲が広くなるから答えやすいと言えば答えやすいけど。

「そりゃあ多少はね」
「では、失礼を承知でお伺いします。その人が亡くなってしまったら、どうしますか」

また唐突になんてことを聞くのか。
だからと言って和泉さんの問いかけに答えないわけにもいかないけど。

「結構辛いよな。泣くかどうかはわかんないけど」
「では、大切な人を残して死んでしまったとしたら、どうしますか?」
「逆ってこと?」
「そうです。一静さんが死んだ場合です」
「それってどういうこと?」
「残してしまった大切な人に、何を思いますか?」

そういうことか。

「…それなら、悪いことしたなーと思うかな。親だったら親不孝したなとか、バレー部のやつらだったら俺がいなくても勝てよとか」

それと、そうだな。

「でも共通して思うのは、いつまでも泣いてないで、できれば早めに笑ってほしいってことかな」
「そうなんですか?」
「だってさ、いつまでも泣いてたら心配でしょ?死んだら慰めにいくこともできないわけだし」

なにも変なことを言ったつもりはない。
だけど和泉さんは深刻と言うか、真面目と言うか、とにかくなにやら考え始めてしまった。

しばらく待ってみたけど、和泉さんの考えがまとまらないのか言葉は少しも出てこなさそう。

「和泉さんはさ、死んだらどう思う?」
「私ですか?」
「そう。俺なんかは「親より先に死ぬのは、何よりの親不孝だ」って言われてきたからよけいなのかもしれないけど、親だったら子供が先に死ぬのは見たくないよな」
「そうですね。そう考えると一静さんの気持ちはわかる気がします」

あれ?これって共通認識じゃないんだ。
いくらなんでも完全一致ってのはないと思ってたけど、これ和泉さんは全然共感できてないってことだよな?

「及川も言ってましたが、それは皆さん思うことなんですか?」

なんで及川?

「みんながどうかはわかんないけど、少なくとも俺と及川はそう思うってことじゃない?」
「そうですか」

和泉さんがこんなことを言い出したのは、たぶん及川が関わってるんだろう。

そうでもなきゃ、今話してる俺以外の名前が出ることは今までにほとんどなかった。
バレー部の話をしてるときは稀に他のやつらの話題が出たりもしたけど、和泉さん、及川と岩泉しかしらないからな。花巻、お前覚えられてないぞと思ったのはもうだいぶ前のことだ。

「でも、私は忘れたくないと思います」

ようやく言葉が出たと思ったら、それは今まで聞いたどんな言葉よりもはっきりとした意思を感じた。

「忘れて私だけ笑うなんてできないです」

…これは、あの噂のことかな。

「和泉さんのことは俺にはよくわかんないけど、忘れなくてもいいんじゃないの?」
「どう言うことですか?」
「いや、忘れるってことか?」
「よくわからないです」

それは俺も同意。
えーっと、

「普段は笑って過ごしてさ、命日とかふとしたときに思い出してやるくらいでいいんじゃない?」
「でもそれは一静さんの意見ですよね」
「…まぁ、そうなるね」

それを言われたら否定できない。

「その人のことはその人にしかわからないですものね」

最終的に行き着くところは、結局のところひとつしかない。
誰もその人の本当のところはわからない。もし俺が死んだら、俺も忘れてほしくないと思うかもしれない。だけど俺は今生きてるから、その時にでもならなきゃどう思うかなんてわかんないだろう。

「でもさ、少なくとも俺は好きな人には笑っていてほしいと思うよ」
「そうですか」

俺の言葉が和泉さんにどこまで伝わるのかわからない。たぶん少しも伝わってないかもしれない。でも、伝わってなくてもこの際構わない。

「あの、ここで失礼致します」

十字路の一方を指して立ち止まる。
なにも起きない保証はないから、できることなら家の前まで送っていきたいところだけど、断られるんだろうな。嫌がるんじゃなくて、もっとなんの感情もなく。

「この度は失礼な質問にも関わらずお答え頂き、ありがとうございました」
「いえいえ。帰り、気を付けてネ」

だからここは引き下がるよ。

「はい。一静さんもお気を付けて」

夕闇に消えていく和泉さんの後ろ姿は、制服が白いにも関わらず溶けて消えてしまいそうに見える。

「和泉さん」

遠ざかる細い背中に声をかけると、不思議そうにしながらも振り返ってくれる。
和泉さんは周りから冷たいとかいろいろ言われてるけど、話してみると意外と律儀でいいこだと思う。
…いろいろずれてるけど。

「もしそうなったら、俺は和泉さんにも笑ってほしいと思うよ」

俺の考えてることなんて、いつか届けばそれでいいや。


  
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