▼ そんなにそれが大事かい?
和泉さんの様子が明らかにおかしい。何かあったのは間違いないのに、それがなにかわからない。あからさまに距離は取られるし、また「及川さん」に戻ってるし…なくなりそうだった壁が再建設されたみたい。
「及川」
「なにー?」
「お前そろそろやめてやれ」
「なんで?」
「和泉も迷惑してんだろ」
「でも直接言われてないし」
「避けられてれば言われたも同然だろ」
確かに、岩ちゃんに言われるように全力で避けられてる。休み時間は珍しく教室にいないし、朝だって予習してるのか話しかけるなオーラがすごい。
「でもさ、逃げられると追いたくならない?」
「犬かよ」
「犬じゃないよ!」
でも知ってるんだ。和泉さんと話す機会さえ作ればなんとかなるんじゃないかってこと。
和泉さんはイイコだからね。
△ ▽ △
俺が送ったメールはこう。
月曜日、どうしても直接会って話したいことがあるから少しだけ時間がほしい。
こう言ってしまえば、警戒心が強い割に最近の子供よりもずっと素直な和泉さんのことだから、ほんの少しだけでも時間を作ってくれる。
「呼び出してごめんね」
「いえ、構いません」
だから、ほら。俺が指定した場所で待っててくれる。
「どうしても話したいことがあったんだ」
この間から1度だって目が合わない。今回ばっかりは優しくできそうにないけど、和泉さんは許してくれるかな。
「なんですか?」
「前にも言ったけど、俺さ、和泉さんが好きなんだ」
「お断りしたはずです」
少しの機微も見逃さないように、けして和泉さんから視線を外さない。
「うん。でも「はいわかりました」なんて簡単に諦められないよ」
「そうですか」
「こんな気持ち、和泉さんにも覚えない?」
たぶんだけど、東京で何かあったんだと思う。さりげなく聞こうとしても東京に関しては意地でも口を開こうとしないから、何かあったとしか思えないよね。
「生憎思い当たりません」
きっとそれは和泉さんにとっては言いたくないこと、忘れたいことなのかもしれない。でも俺はね、和泉さんのことを知りたいんだ。好きな人の事を全部知りたいと思うのは普通のことでしょ?
「そう?じゃあさ、和泉さんのこと教えてよ」
「申し訳ありませんが、余所様にお伝えできる程の事はございません」
「じゃあ質問していくね?どうして東京からこっちに引っ越してきたの?」
「家庭の事情です」
「雪ヶ丘からこっちに通ってるのも?」
「それは学力の都合です」
「じゃあさ、」
本当なら、これは聞かない方がいいんだろうね。
「人を殺したからこっちに来たって噂は、ホント?」
でもこれを聞かないと和泉さんとの距離はいつまでたっても縮まらない。
予想とかそんな不確かなものじゃなくて、ほとんど確信してる。その証拠だと言わんばかりに和泉さんの空気が変わった。温度とかじゃなくて、張り詰める感じ。
あんな噂、俺は少しも信じてなかったけど、やっぱり本当なのかな。
「同級生を突き飛ばして殺したって噂を聞いたことあるんだ。それが車なのか電車なのかわからないけど轢かれてしまったって。あの噂は嘘?」
否定して、たちの悪い噂だと。いつものように一蹴して。1言違うと和泉さんが言ってくれたら、今後この噂を和泉さんが放置したとしても俺が全部否定していくから。
「…なにも言わないってことは肯定ってことでいい?」
どうして何も言ってくれないの?俺は信じてないから、安心して否定して。
「否定はしません」
それなのに、どうして君は否定してくれないの?
「ですが訂正させて頂きます。彼が轢かれたのは電車ではなく大型トラックだったこと。私が彼を突き飛ばしたのではなく、彼が私を突き飛ばして代わりに彼が死んでしまったこと。以上2点を追加訂正させて頂きます」
なにそれ…
「それって、事故じゃないの?」
「見た目は事故になりますが、その場に私がいなければ彼は死なず、今頃は高校卒業を楽しみにしていたことでしょう」
「でも事故にかわりない」
「いいえ。たとえ世間が「あれは可哀想な事故だった」と言っても、彼は私が殺したのです」
なにそれ。
「そんなことをしても、そいつは喜ばないよ」
「そうですね」
「俺がそいつだったとしても、全然嬉しくない」
「及川さんは彼ではないので当然かと」
「そう言うことじゃなくて、もしも和泉さんが死んだとしたらいつまでも悲しんでほしいの?」
「私が思うことと彼が思うことは違います」
「そうじゃなくて、そいつも和泉さんと同じ事を考えるかもとは思わないの?」
「どうしてですか?」
ずっとそうだった。和泉さんとは話が噛み合わないことがある。今まで気にしてなかったけど、ここに来てこんなに困ることになると思わなかった。
「俺は、死んだら忘れてほしいよ」
「ではそうします」
「ああ違う違う!きれいさっぱり忘れてほしいんじゃなくて、いつまでも引きずらないで次の幸せを見つけてもらいたいってこと!」
「そうですか」
あっぶな!本当に忘れられたら悲しいなんてものじゃないよ!あと俺はまだ生きてるからね!
「そいつも同じこと思うんじゃない?」
「それはどうでしょうか」
「え?そんな感じの人じゃないの?」
「さぁ、私には答えかねます」
「そんなにそいつと仲悪かったの?」
「いいえ」
「じゃあなん…」
そこまで聞いて、ひとつの可能性にたどり着いた。ないだろうと思いたかった可能性。
「聞いてもいい?」
「今更なんですか?」
「和泉さんは、そいつが好きだったの?」
「いいえ」
和泉さんの回答に安堵したのは、瞬きよりも短い時間。
「今も彼を、透くんだけを愛してます」
そう言った和泉さんは、見たこともないくらい綺麗で悲しそうで、風に吹かれて消えそうな笑顔を浮かべた。
知りたくもなかったことが、いきなり2つもわかるなんて。全然嬉しくない。
「俺の名前を呼ばないのは、俺がそいつと同じ名前だから?」
「…そうですね、もしも及川の名前が他の名前だったなら、呼んでいたかもしれません」
松っつんがいい例だ。納得なんてできないけど、松っつんはすんなり名前呼びをしてもらってる。
「俺に呼ばれたくないのも?」
「ええ」
なんだよ、それ。
「なんでその「とーるくん」が好きなの?」
「好きなことに理由が必要ですか?」
やられた。俺が言ったことをそのまま返されることになるとは思わなかった。
「だってそいつはもういないんだよ?」
「いますよ」
「死んだんだよ」
「死んでません」
初めて和泉さんの声に力が入った。
否定するときも肯定するときも、ほとんど力なんて入っていないふわりとした声だったのに。
「透くんは死んでない。私のなかでちゃんと生きてます」
そんなに大事なの?死んでるのに、この世のどこにもそいつはいないのに、今も「とーるくん」は和泉さんの「1番」に居座り続けてるの?
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