▼ 君を呼んでしまう
目が覚めると、私は相変わらず独りだった。見慣れた部屋で、着古したパジャマを着て、ただ息をしてる私。
いつもと同じように着替えてご飯を食べて家を出たけど、学校に向かう気にはなれなかった。だからと言って嫌に目立つこの制服でふらついていて補導されるわけにもいかないから、ひとまず学校には行くけど。
面白味もない朝礼が終わっても、授業を受ける気持ちにはならない。別に真面目なわけでもないから、1度だってなにかを期待して授業を受けたこともない。だけど、今はただここにいることすらも苦痛。
「和泉、どこいくんだ?」
「気分が優れないので休んできます」
中休みが終わろうとしているのにも関わらず席を立ったからだろう。珍しくクラスの人に声をかけられた。
たしかバレー部の人。及川と仲が良さそうにしているのを見たことがある。
この人のことはよく知らないけど、きっと良い人。よく及川を引きずってたりするし、話したこともない私を気にかけてくれるくらいだから。
「…無理すんなよ」
「お気遣いありがとうございます」
休むと言ってもただ授業に出たくないってだけ。ああ、これよく聞くサボりってやつだ。サボるとしたら、定番は屋上?保健室もいいけど、仮病で休めるなんてそんなのドラマの中だけだろう。それなら確実な屋上付近がいい。
サボろうだなんて今まで考えたこともなかったから、柄にもなくソワソワしてる自分がいる。サボってる間はなにをしよう。なんでもできる。ああ、だけど家に連絡なんてされないかな。できれば誰にも気付かれたくない。そんな事不可能だけど。
いつもより軽い足取りで初めて来た屋上には、なにもなかった。太陽に焼かれてほんのり熱をもったコンクリートの床と、落下防止のフェンスだけの、面白味のないただの空間。せっかく広い空間があるなら太陽光パネルとか、せめて植木くらい置いてはどうだろう。そもそも安全面的に施錠してなくて大丈夫なのか。
しかし定番のサボりが出来るのは良い経験だろう。こんなの学生のうちしかできない。せっかくなら授業中に寝てからサボればよかった。
ほとんど日陰もないけど、偶然貯水タンクの影がドアのすぐ隣に出来ていたので、ひとまずそこに落ち着こうと思う。日に日に夏に近付く屋上の日影は、思いの外過ごしやすい場所だった。
特別寝不足だったわけでもないのに、意識は自然と遠退いていった。
△ ▽ △
私は久しぶりに真っ暗な空間にいた。上も下もわからない、浮いてるのか立ってるのか逆さなのか。見慣れたようでまったくわからない空間に、ただ自分だけがいた。
「透くん…」
不思議なことに、今日の私は現実と同じ年齢でここにいるらしい。
無意識なのか、ここに来るときの私は必ずあの日の年齢に戻っていた。どうせ夢だからとたいして気にしてなかったけど、実際こうして高校生の私がここにいることが違和感でしかない。
「透くん」
今この瞬間まで気付かなかったけど、子供の私と今の私は声が若干違うらしい。今の方が気持ち低く響いてる。
嫌だ。
「透くんっ」
透くんはあの日から止まってしまった。透くんを置いてみんな先に進んでしまう。私だけでも透くんの隣にいたいのに、私も例外なく進まされてしまう。
「透くん!!」
「なんだよ、何回もよんで」
いつの間にそこにいたのか。透くんは私とさほど離れてないところにいた。
「デカい加奈枝を見るのははじめてだな」
透くんの頭はずいぶん低いところにある。10年の時間の流れを否が応でも感じずにはいられない。
「透くん、」
「もうわかってんだろ?加奈枝は生きてんだよ。だからいつまでもこんなとこに」
「やだ!」
生きてるとか死んでるとか、そんなのは関係ない。
「私は、透くんといきたい」
「だーから、それがもうできねぇって言ってんの。お前おれよりあたまいいくせになに言ってんだよ」
「そんなの知らない!私は透くんがいい!」
「わがまま言うなよ」
「やだ!」
わがままでもなんでもいい。なんと言われても私はかわらない。
「私には透くんしかいないんだもん」
「そんなことねーよ。加奈枝のまわりにはいろんな人がいるだろ?」
「いないよ」
「おばさんたちとか学校のやつとか」
「そんなのいない」
「加奈枝は今も昔も1人じゃないだろ」
「独りだよ」
透くんしかいらない。
「ほら、あたまいいんだからわかるだろ?」
「わかんない」
「いいか?加奈枝はちゃんと生きろ」
それなのに、どうして私は時間に押し流されてしまう。
「お前は生きなきゃいけないんだよ」
△ ▽ △
目が醒めたとき、強すぎる自然光に一瞬自分がどこにいるのかわからなった。
「あ、起きた?」
ついで聞こえた声に、余計混乱した。
「女の子が1人でこんなとこにいたら危ないよ?しかも熟睡するなんて、もしなにか起きたらどうするのさ」
そうだった。今日は人生初のサボりをしたんだった。日影を選んだとは言えそこは初夏の太陽、目にあまりよくないレベルの光が射す。しかも時間経過で日影がずれたのか、私を直射日光から守ってくれていなかった。
「なにか起こるわけがないのでご心配には及びません」
「そうじゃないでしょ!」
私がどこにどうしているのかは思い出した。
次に出てくる問題は、なぜ当然のように及川がここにいるのか。
「岩ちゃんから和泉さんが体調不良って聞いて保健室に行ったら、まさかの誰も来てないって言われるんだもん。無駄に絆創膏もらっちゃったよ」
そう言えばそんな事を誰かに言ったかもしれない。
「本当に具合悪いなら保健室行く?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「家で眠れないの?」
「いいえ、そのようなこともなく日々健康に過ごしております」
「ならいいんだけど…」
毎日きっちり寝ている。透くんに会わない日もあるけど、毎日決まった時間に寝て、決まった時間に起きてる。睡眠に関してのみで言うなら、至極健康的なものだろう。
「俺も授業休んじゃったし、時間がくるまで話でもしようよ」
3時間目が終わるまで、あと20分。
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