▼ 月の出る夜に


ふと空を見たら月が出てた。それは満月じゃなくて、星の方が明るく見えるくらいに細い三日月。

こんな月をたまに見ることがある。その度に、おれはあの人を思い出す。


△ ▽ △


「あ!」

中学にバレー部はなかった。だからいつも体育館のはしっことか廊下で、ひとりで練習してた。
ひとりでできる練習って限られてるし誰かに見てもらえるわけじゃないから、変なところにボールが飛んでいくのはよくあることだった。

「ごめんなさい!」

あの日も変なところにボールが飛んで、そのボールが偶然あの人の足元に飛んでいった。

「あ、あのっ」

近付いてビックリした。おれがこれまでに見た人で1番美人だったから。
こんな美人にボールぶつけたりしなくてよかった…!

「これは、貴方の?」

目が合ってまたビックリした。この人は、今まで会った誰よりも怖かった。

「あ、はい」
「怪我などされないようお気をつけください」

友達が練習に付き合ってくれるとき、しょーがないなーって感じの雰囲気がある。本当にダメなときはダメって感じがわかる。ひとりで練習してると、今みたいに誰かにボールを取ってもらうこともある。そんなときもなにかしらの雰囲気はある。この人には、それがなかった。

なにもなかった。
この人に、誰もが持ってる感情と言うものがなかった。だから怖かった。きっと大人みたいな話し方もそう思った理由の1つかもしれない。

「しょーちゃん!まだそんなとこにいるの?!」
「え!」
「授業遅刻するよ!」
「うわ!すぐいく!」

後でイズミンとコージーに聞いたら、有名な人だって言われた。おれが思ったのと違って、美人って意味で有名だって。センパイだしよくわかんないけど、なんか東京からこっちに来たらしい。

不思議なことにその人と出くわすことは多かった。移動教室のときとか、ひとりで練習してるとき。偶然なんだろうけど、見かけることはとにかく多かった。
そのどれもひとりで、寂しそうとかそういうのはまったくわからなかった。まるでひとりでいることが当然であるかのように、当たり前であるかのように。周りの人も必要以上に関わらない感じがした。

「あ、あの!」

なんとなく気になった。だから声をかけたくなった。
だって、独りはきっとさみしい。

「…なにか?」

放課後、見かけた姿に迷わず声をかけた。合った目にはなにも写ってないように見えて、やっぱり怖くなった。
でも、後悔してたらこの疑問はいつまでも解けないから。

「あの、なんでいつもひとりなの?…ですか」

慣れない敬語を不思議に思ったのか、少しだけ考えるように動きが止まった。
あの時はほんの少しの時間だったはずなのに、ものすごい長い時間に感じた。

「貴方は、友達が死んだら悲しいですか?」
「え?!そりゃあ、悲しいと思う…ます」
「だから私はひとりなんですよ」

よくわからなかった。
なんで友達が死ぬなんてことが出てくるんだ?それとひとりなことは関係なくね?

「でも、その時にならなきゃわかんない…ですよね」
「いいえ、きっと悲しくなりますよ。だから私はひとりなんです」

やっぱりよくわかんない。

「貴方は泣くことがありますか?」
「あんまりないけど、めっちゃ痛いときとか涙出ることはある、ます!」
「泣きたいときは、我慢しなくていいんですからね」

そう言って帰ろうとするからびっくりした。

「え!ちょっと待って!」
「なに?あんまり遅くなると心配をかけてしまうのですが」
「あ、えっと、じゃあ!明日の昼!おれここにいるんで一緒に食べませんか!」
「明日?」
「そう。お昼ならいいでしょ?じゃねえや!いいですよね?!」
「ええ。お名前を伺ってよろしいですか?」
「日向翔陽っていいます!センパイは?」
「和泉加奈枝」
「和泉センパイ、おれ、明日ここで待ってます」
「ええ、では…明日」

なんとなくこの人のことを知りたいと思った。こういう人を初めて見たから気になったんだと思う。

それから、加奈枝さんとはたまに昼飯を食べる『昼飯仲間』になった。イズミンとコージーには内緒で。
だって加奈枝さん、人と関わるの好きじゃなさそうだったし、試しに呼んでもいいか聞いたら友達と食べた方がいいって離れかけたんだもん。

「なんで器械体操なんだろう。女子はバレーやってるのに」
「どっちにしろ体が固いとダメなんじゃない?」
「そうなのかな?」
「わかんないけど、たぶん」

この頃にはおれも加奈枝さんも慣れて、ほとんど緊張しなくなってた。加奈枝さんのよくわかんない大人みたいな話し方もなくなった。例えるなら、姉ちゃんができたみたいな感じ。勉強でわかんないとこは教えてくれるし、たまにおかしくれることもあった。
で、加奈枝さんに感情がないわけじゃないってこともわかった。みんなよりちょっとわかりづらいってだけで、全然普通だった。

「ねぇ日向」
「なに?」

いつもはおれが話してばっかりだけど、この日は加奈枝さんから話しかけられた。

「なんで私とご飯食べるの?」

なんでそんなことを聞かれるのかわからなかった。

「おれが加奈枝さんと食べたいからだけど…」

それ以外に言い方が見つからない。
たぶん加奈枝さんはおれが誘ったから来てくれるんだと思う。誰かといるところは見ないけど、加奈枝さんは優しいからきっと嫌われてはいないはず。

そう言えば、実はずっと気になってたことを聞いてみようかなと思った。

「加奈枝さんはなんで泣かないの?」

笑うこともないけど、泣くこともない。

「泣くようなことがないから」

加奈枝さんの答えは普通だった。俺もそう答えたし、なにもおかしくない。だけどおれは気付いちゃったから。

「でも、いつも泣きそうだよ?」

そう言ったら、加奈枝さんは少し驚いてた。
それから少し考えて、いつもよりゆっくり答えてくれた。

「それでも、私は泣かないよ」

この話をしてから、加奈枝さんと一緒に昼飯を食べることはなくなった。


△ ▽ △


今もわかんないことだらけだけど、あの時のおれは知らなすぎた。あの人がどんな思いでここにいたのか、どれだけの感情を押し込めてたのか。

「おーい日向ー。置いていくぞー」
「すいません!」

あの人が卒業してから、1度もあってない。連絡先も知らない。だから今はどうしてるのかなんてまったくわからない。まだこっちにいるのか、それとも東京に帰ったのか。

どっちでもいいけど、今もあの人の隣には誰もいないんだろうか。隣なんて言わないから、誰かがあの人の近くにいてくれたらいいのにと思う。


  
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