▼ 埋める下思いは虹の根元に


「海くん、またね」

そう言って引っ越していった彼女は、元気にしているだろうか。


△ ▽ △


和泉さんには幼馴染がいた。杉崎だったかな。世間ではガキ大将と言われるタイプだったけど、不思議と嫌われたりしていなかった。むしろ慕われていた方だったと思う。和泉さんにやたら言い負けていたせいもあるのだろう。それに関して言うなら、杉崎が明らかに和泉さんを好いていたって言うのが原因にあったのかな。和泉さんも大人しすぎず、よく笑って泣いて、男女問わず友達が多かった気がする。

教室で走る奴もいたし、幼稚園から上がったばかりで取っ組み合いになることもあったその頃は、女子の方が体が大きかったから男子が負けることも多かった。それで先生に怒られることも今では懐かしい。それは間違いなく、どこにでもある小学校の教室だった。
それがある日を境に、一転してしまった。

低学年のとき、杉崎が事故に遭った。

たしか、あれはまだ夏になったかなっていないかと言う頃。和泉さんと杉崎が学校に来なかった日があった。担任からは「お休みです」と言った話をされた気がする。それから1週間、2人は学校に来なかった。学校に来たのは和泉さんだけで、どんなに待っても杉崎が学校に来ることは2度となかった。
2人が休んでいる間、PTAの間の噂だったのか、親から杉崎が車に轢かれたらしいと偶然聞いた。それは俺だけじゃなかったらしい。次第に真実味を帯びた噂がクラス、学年、学校へと広まっていった。

「カナちゃん風邪引いてたの?」
「大丈夫?」

登校してきた和泉さんは人が変わったように大人しくなった。同時に笑うことも泣くこともなくなった。今まで和泉さんと仲のよかった友達は次第に離れて、気付いた頃には和泉さんは独りになっていた。

「和泉さん、大丈夫?」
「大丈夫」

俺はそんな和泉さんを無視することもできずたびたび話しかけていたけど、和泉さんから距離を取られた。
それからは距離感を間違えないように、それとなく気にする日が続いた。偶然にも和泉さんは比較的近所に住んでいたから、集団登校があれば一緒に登校することもあった。

そうこうしているうちに小学校の卒業も間近。この頃には和泉さんもようやくなついてくれて、なんとか会話はできるようになった。和泉さんは髪をあの日から伸ばしていたのか、ずいぶん長くなった。もともとかわいらしいと大人の中で話があったが、今では友達間でもそんな話が出るようになっていた。教室では相変わらずひとりだったけど、俺が話しかけるからと声をかける人は少し増えた。

「和泉さん、中学でもよろしく」

この小学校は中学の学区で大きく2つに分かれるけど、和泉さんとは同じ中学に上がるはず。
そう思って、中学のことを聞いたときだった。

「中学はいかない」

それだけ言って、和泉さんはひとりで帰ってしまった。
意味がわからなかった。中学に行かないと言う選択肢があるのかどうか自体わからなかったし、また同じ学校だと信じて疑わなかったから。

和泉さんの言葉の意味がよくわからないまま、卒業式を迎えた。体育館の外では別れを惜しんで泣く人が多い中、和泉さんはひとりで泣くことなく立っていた。
場違いとも言える和泉さんがそろりとその場を離れるとき、ふと目があった気がしてなんとなく追いかけた。
図工室の裏側。校門から反対のそこは誰もいなかった。和泉さんは、ほとんど初めて目を合わせて口を開いたら。

「中学は、違う」

言いたいことは中学のことらしい。

「引っ越すから、違うところに行くの。だから海くんと同じじゃない」

そう言われてようやく意味がわかった。ずっと和泉さんが言っていたことはこの事だったんだ。

「どこにいくの?大中?」
「遠くにいくから、わかんない」
「そっか」

遠くと言うのがどれくらい遠いのかわからないけど、これから入学するだろう中学がわからないくらいなんだから、かなり遠いんだろう。

「淋しくなるな」
「そんなこと言ってくれるのは、海くんだけだよ」
「そんなことないと思うけど」
「だから海くんだけには伝えようって決めてた」

じゃあこの事は俺以外のクラスの誰も知らないのか。そう思うと、なんとなくむず痒さを感じた。

「海くん、またね」
「うん。またね、和泉さん」


△ ▽ △


それから、1度も和泉さんには会ってない。連絡先も知らないから、どこにいるのか何をしているのかまったくわからない。親に聞いたらどうやら東北の方に引っ越したらしいと言われた気がする。会えないほど遠くはないけど、会えるほど近いわけでもない。
東北と言うくらいだから、東京と比べたら冬は寒いだろう。夏はいくらか涼しいのだろうか。
答えてくれる人はここにいないけど、和泉さんが笑えるようになっていたらと切に思う。


  
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