▼ 雨は降ってないよ、ただ


「最近よく会うね」
「そうですね」

たまに話に行くことはあるけど、月曜は和泉さんに会うようになってるのかな。そう思うくらい遭遇率が高い。

「家こっちの方なの?」
「雪ヶ丘です」
「え、遠くない?」
「慣れました」

3年も通えば慣れるか。

あまり口数の多くない和泉さんといると、必然的に無言が続くことがよくある。俺も元々口数が多いわけじゃないし、和泉さんと共通の話題がそもそもない。後者が主な原因。

「そう言えば、一静さんもご存じでしたか?」
「なにを?」

話しかけられることはおろか、こうして和泉さんから話を振られることすら珍しい。ほんの少しの緊張を隠して、できる限り平静を装って返す。

「私が人を殺したと言う噂です」

そう聞いた瞬間、自分がどんな顔をしたかわからない。
この間そんな話をしたから、本人も噂を知ってるんだろうとは思ってたけど、まさか本人から直接聞くことになるとは思わないべ。

「聞いたことはあるけど、信じてないよ」
「なぜですか?」
「元々信じてなかったけど、こうして話せば和泉さんが誰かを殺すなんてあり得ないって思ったからかな」

話せばわかる、和泉さんが素直で真面目なことくらい。あんな噂を鵜呑みにしてるのは和泉さんときちんと話したことがないからだ。

「一静さんは優しいですね」
「そんなことないさ」

及川の事がなければ和泉さんに興味を持つこともなかっただろう。同じクラスだったことも、同じ学校だったことも忘れて思い出さない。話題に上がって「そんな人もいたか」と思うくらい。
俺は、誰にでも優しくできるようなやつじゃない。

「そんな一静さんに、またお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なに?」
「以前、死んでしまったらどう思うかと言う質問にお答え頂いたので、図々しいことを承知でお伺いしたいと思います」

そう言えばそんなこともあった。なんて思うにはまだ早い。

「うん、いいよ」

こうして和泉さんから相談されることは、きっとそうないこと。数少ないだろう相談相手に選ばれていると言うことは、素直に喜んでいいだろう。

「死んだ方がいい人間がいると思いますか?」

…そう思ったのに、またストレートになんてことを言い出すのか。

和泉さんとは歩きながら話すことが多いから、目が合うことはそう頻繁にあることじゃない。今みたいにガラスみたいな目と視線が合うと、妙な緊張をするのは許してほしい。

「そりゃあ大量虐殺とかしたようなやつは死刑であってほしいとは思うけど、そうでもないならそこまで思うことはないかな」
「ですが、クラスの男子はよく笑いながら悪意を吐いてます。死んだ方がいいと今日も言ってました」

言葉に重みがなくなってるのはわかるけど、俺の周りで軽々しくそんなこと言うやついないからなぁ。

「本気じゃないと思うよ?たぶんだけど、そいつはもう言ったことも忘れてるだろうし」
「そうですね」

言われた方は忘れないってよく言うけどな。
言ったその瞬間はなにも考えてないんだろうよ。だからこそ「後悔」って書くんだろうし、そもそも考え抜いて行動するやつなんてどれだけいるのか。もしそんなやつがいたら、後悔なんてしないのか。

「では、自分は死ぬべきだったと思うことはありますか」

その言葉を聞いて、嫌な寒さを感じた。

「死にたくなるくらいキツいことはあるけど、死ぬべきだとは思ったことないよ」

動揺を悟られないように、ありきたりで嘘のない言葉を返す。あいにく、俺はそこまで思い詰めたことはまだない。へこんでる暇があるなら練習した方が有意義だと思えるかどうかは個人の問題。でも和泉さんがこんなありきたりな返答を求めているわけじゃないこともわかってる。
わかっていたら、和泉さんの次の言葉にこんな緊張はしない。

「一静さんもご存じかと思われますが、私は人を殺しました」

今まで不思議なほどに触れられなかった、いや、無意識とはいえ触れないようにしていた話題を本人からストレートにぶちこまれるとは思ってなかった。

「事故だったって聞いてるよ」

教えてくれたのは及川だった。

「それでも、私が殺したことと変わりありません」

今回も和泉さんの考えを変えさせることはできないんだろうなと思う。そんな考えは改めさせたいけど、和泉さんは見た目よりずっと頑固だ。

「あのとき、死ぬべきは私でした」
「そんな言い方はよくないよ」
「これには良いも悪いもないです。ただの事実です」

自分のことには恐ろしく無頓着で鈍いのに…だからこそなのか、けして折れてはくれない。いや、折れることができなかったのか。

「私はおかしいですか?」

おかしいとは思わない。俺が和泉さんの立場だったら、同じように考えたかもしれないから。

「忘れたくないと、今も好きだと思うことはいけないことなんですか?」

聞いた通りなら、和泉さんの言葉を信じるのなら、目の前で好きな人が死んだんだろう。幸いなことにまだ身内すら亡くしたことがない俺には想像もつかないけど、それはきっとショックなんてものじゃない。

「たった1人を、今も好きでいることは罪なんですか?」

それを否定なんてできるわけがない。

「和泉さんは…」
「はい」
「いや、」

好きだったからこそ、和泉さんは動けなくなったんだろう。

「今も好きでいるってのはいいと思うよ」

そう言うと、和泉さんの目の奥になにかがちらついたように感じた。ただの勘違いだろうけど。

「そうですか」

誰が誰を好きになっても仕方ない。意識的に好きな気持ちを変えられるなら、それは相手のことが好きでもなんでもなかったってことなんだろうから。


  
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