▼ 夜が明ける
大切な人がある日突然居なくなってしまったら、あなたならどうしますか。
△ ▽ △
「ねぇねぇ和泉さん!」
「うるさいんですけど」
「じゃあまた名前呼んで?」
視聴覚室の使用権を獲て、及川の持ってきたDVDを見ようとパソコンを立ち上げているときも及川がうるさい。
今日だけじゃない。今日までずっとこの感じ。幾度となく岩泉と一静さんが止めようとしてくれたけど、あまり効果はない。
こんなことになるなら、血迷ったりしなければよかった。いや、こうなることはわかってたはずだ。わかっててやったとか、私はバカだったんだろう。
「うるさいからやです」
「えー」
しつこいけど、ふざけてるけど。バレーに関してはどこまでも真面目でまっすぐ。今だってパソコンが立ち上がればすぐに動画を再生するべく操作している。
「あ、気になったんだけどさ」
「なんですか」
「岩ちゃんといつ仲良くなったの?」
そんなもの、お前が原因だ。なんてストレートには言えない。原因とは言っても、それは悪いものじゃない。それに、話すようになったのは岩泉だけじゃない。他のクラスの人とも少しだけ話すようになった。
「他の人とも話すようになりましたよ?」
それもこれも、及川が関わるようになってから。
「それって女の子?」
「そうですね。及川はクズだからやめておくようにとよく言われます」
「なにそれ!みんなひどい!」
前に進むきっかけをくれた。
私が及川に言われて自分の感情に初めて気付いた日、透くんと会った。透くんには「加奈枝は頭いいくせにバカだよな」って言われて、なにも言えなかった。まさか自分の感情がわからなくなるとは思ってなかったから。
「はい、できたよ」
「ありがとうございます」
「俺は見飽きるくらい見てるから、気になることがあったらいつでも聞いて」
「はい」
及川はバレー以外にもまっすぐ。
透くんの事を話したのは及川が初めてだった。話したくなかったのもあるけど、なにより誰も信じないことがわかってたから。透くんの否定を私に許せるはずがないし、それで双方不快になるなら、初めから話さない方がよっぽどいい。
「おれが言ったとおりだったろ?」そう言って笑った透くんが嬉しそうで、私はまた泣いた。
透くんは何度も私に教えてくれていた。「加奈枝はひとりじゃない」と「ちゃんと生きろ」と教えてくれていた。それを聞き入れなかったのは、私。
「…あの、」
自惚れるようで嫌だけど、こんな私のことを「一途で優しい」と評するくらいだ。あげく「透くんの代わりでいい」とまで言ったくらいだ。これを疑ったら、それこそ透くんに怒られる。
「どこか気になった?」
「及川に、言わないといけないことがあります」
いつまでも返事をしないわけにいかないとわかってるけど、急かすことなく待っててくれる。
「うん」
傷付けるだけかもしれない。でも、いつまでもズルズルと先延ばしにするのも違う。
いつか変わるのか、それともいつまでも変わらないのか。それはわからないけど、少なくとも。
「及川のことは、嫌いじゃない」
これは、間違いなく私の気持ち。
「好きかどうかはわからない。今も透くんがいたらって思うので、たぶん透くんが1番」
「それは仕方ないよね。ずっと好きなんだもん」
「でも、透くんに今すぐ会いたいかと聞かれたら、今はそうじゃない」
及川には、少なくともお礼はしないといけない。
「ちゃんと生きて、そのあとにもし透くんと会えたら、笑って久しぶりだねって言えるようになりたいって思った」
「その方がきっと喜ぶよ」
「その時は、みんなのことを紹介したい。透くんの言うとおり、私はひとりじゃなかったんだよって」
「うん」
△ ▽ △
大切な人が居なくなってしまうのはとても悲しいことだけど、悲しいと言って泣いてもいいと気付くのに、私は10年も経っていました。今思えば簡単で当たり前のこと。そんな当たり前のことに気付かせてくれたのは、私のことを好きだと言ってくれた友人でした。
私は17歳の晩夏、あの時とは違い早くも風が冷たくなり始めた頃。ようやく前を向いていきたいと思えるようになった。
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