不意に近付いた宍戸くんにあたしは、瞬きも、動くことも、なにもできなかった。
ゆっくり宍戸くんが離れていく。なんだか、名残惜しいなんて思うあたしはおかしくなったの?
「わ、悪い!」
「いえ!や、気にしないで!じゃなくて!あの、えっと」
「いきなり…あんな…」
「いやいやいや!」
「忘れてくれ」
「わっ忘れないよ!」
「え」
たぶん、罪悪感とかそう言うので、そんな言葉が出たんだと思う。だけどね、
「忘れたく、ないよ…」
忘れたくないの。
あたし、やっぱりおかしいのかも。胸の奥がいたい。でもあったかくなる、不思議な痛み。
「…また来る」
「うん、待ってる」
「じゃあ」
「またね、宍戸くん」
今だかつて感じたことがない、あったかい苦しさ。もしかしたら忘れてるだけなのかもしれない。
忘れる前、あたしはどんな毎日を過ごしてたんだろう。
そうして、ただぼんやりしてる間に看護婦さんがきてた。
「昊罹ちゃん、お友達が来てからぼんやりしてるじゃない」
「そうですか?」
「ええ、それでも全部食べたみたいだけどね」
本当だ。果物も食べたのに、食い意地はってるのかなぁ?
「ご馳走さまでした」
「いえいえ」
はぁ…どうしちゃったんだろう…苦しい…
「ふふ、昊罹ちゃん恋でもしてるの?」
「え?」
「そんな顔してる」
恋…これが恋?こんなに苦しくていたいものなんだ。
「はぁ…」
消灯時間が過ぎてもずっと考えてた。
こんなことを考えてることも忘れてしまうのだろうか。今日みんなで訪ねてきてくれたこと。鳳くんが大きいのに弟みたいなこと、つっけんどんなのに優しい日吉くんのこと。病室だってことを忘れそうになるくらい元気な向日くんに、無邪気でいて空気を壊さないようにしてる芥川くんのこと。ちゃんとお話しできなかったけど、看護婦さん顔負けなくらい気を使ってくれた樺地くんのこと、今日来てくれたみんなの誰より優しいのにちょっと毒舌な滝くんのこと。大人っぽいのにどこかかわいい忍足くんのこと、思ったよりずっと無邪気だったけど、見た目以上にしっかりしてた跡部くんのこと。
それに、宍戸くんのこと。
宍戸くんどうしたんだろう、意味もなくあんなことする人には見えないんだけど…
でも、宍戸くんも衝動的だったのか、ずいぶん戸惑ってた。ちょっとかわいかったなぁ。
とりとめもなくそんなことを考えていたら、ふと視界が明るくなってきた。
あれ?外、いつの間にか朝になってる。
宍戸くんがあ、あんなことするからいろいろ考えちゃって…や!へんな意味じゃなくてね!?普通だよね?びっくりして考えちゃっただけなんだから。普通だよ、普通!
…あれ?
「あたし、覚えてる…?」
昨日のこと覚えてる。跡部くんが部活仲間を連れてきてくれて、そのなかには忍足くんと宍戸くんもいて…
これって、寝なければ忘れないってこと?
「そっか」
ならあたしがすることはひとつだけ。