7日間の仮入部期間

「ただいまぁ」
「おかえりー」


玄関を開ければいつもの声。
お母さんは帰ると、ほとんどの場合キッチンにいる。食べるのが好きだから作るのも好きなんだって。


「お母さーん」
「悪いんだけど、冷蔵庫からチーズ出してくれる?」
「え、ちょっと待って」


急いで靴を脱いでキッチンへ向かう。その途中、鞄はリビングのソファーに投げた。


「手とかいいからーっ」
「いやよくないって」


シンクで簡単に手を洗ってると、親らしからぬ発言にびっくりする。
昔からテンションは高いしいつも新しい話題を手に入れてるし…私より若いよね、出掛けると大抵姉妹って言われるし。


「今日の晩御飯ハンバーグ?」
「そ。チーズ入れようと思って。あ、エプロンして」
「はぁい…あれ?それって前に作って失敗してなかった?」
「今回は大丈夫!噴火しないわよー」


楽しそうに挽き肉を捏ねるお母さんは、成功したチーズ入りハンバーグしか頭にないらしい。またチーズ出てくる気がする。


「はい」
「ありがと」


スライスチーズを3枚、ビニールから剥がしてお皿に置く。このままお手伝いに突入することはわかりきっているので、キッチンの端にかけてあるエプロンをつける。


「なんか手伝うことある?」
「あ、じゃあお味噌溶いてちょうだいな。まだ大根さんしかいれてないのよ」


冷蔵庫の中からお味噌を出してお玉に取る。ついでに、お味噌を溶かす横でフライパンにバターを溶かす。


「ハンバーグの他は?ニンジンさんいない?」
「いないわよ。あってもあなた食べないじゃない」
「甘いニンジンさんは付け合わせにならないと思うの」
「お母さんも同意だわ」


お母さんがチーズを包み込んだハンバーグをフライパンに下ろしていくと、キッチンには美味しい匂いが立ち込める。小さいハンバーグは、きっと明日のお弁当に入る事になる。
じうじう鳴るフライパンに焦げ付かないよう小さく揺らしていると、同時にご飯が炊けた音がした。


「お父さんは今日も遅いの?」
「まだ暫く遅くなるって言ってたかしら。お父さんに話でもあったの?」


別にお父さんに話さなきゃいけないことではない。でも、言っておかないといけないかなと思った。


「部活入ろうと思ったから」
「あら、何にしたの?」
「まだ考えてるんだけど、やってみたいの…いい?」


お母さんに限ってないとは思うけど、もしかしたら断られるかもしれない。そう思うと、どうしても声が出なくなる。

そんな私の心配に気付いているのかいないのか、お母さんは底抜けに明るい声を返してくれた。


「もちろん!どんな部活にするの?吹奏楽?演劇?ラクロス?あ、蛍くんみたいにバレーやる?」
「バレーはやらない。あとラクロスってお母さんがやってた部活でしょ。そもそも烏野にラクロスなんてないし」
「バレた?」
「バレバレです」


笑いながらお母さんはフライ返しをひらりと1度振って、ハンバーグを崩すことなくひっくり返した。そう言えばチーズ出てきてない。
そのあとフライ返しは私の手に渡される。


「ラクロスはないけど…なんだっけ、ワン…ゲル?って部活があるんだって」
「なにそれ?」


小さいハンバーグをひっくり返しても、普通サイズのハンバーグもやることになるのはわかってる。
こういうのってひっくり返すの苦手なんだよねぇ。今回はチーズも入ってるし、崩れないといいんだけど…


「蛍ちゃんに聞いたら、山岳部って言ってた」
「ヘぇー」


意を決してフライ返しをハンバーグの下に滑り込ませた。


「あっ…あー…」


やっぱり割れた。おもいっきりチーズ出てきちゃってるし。


「あらま、くっつければ大丈夫よ」


どうしてうまくできないのか。

フライ返しで無理矢理ひとつに戻されるハンバーグを睨んでみてもわかるはずもなく。フライパンの中で狭そうに肩を寄せ合うハンバーグを、次々と返していくお母さんの手際の良さを羨むばかり。

慣れ、なのかな…

全部ひっくり返して少し火を通してから火を消してフライパンに蓋をすると、ここからは余熱に任せる。


「さ、千明はテーブルの準備お願いね」
「うん」


布巾を片手にキッチンから出ると、ソファーに投げっぱなしの鞄を見つけた。


「鞄置いてくるー」
「はぁーい」


手早くエプロンを外して、代わりに鞄を掴んで部屋に向かう。
机の上には、部活勧誘のチラシが置きっぱなしになってる。吹奏楽部やチアリーダー部の愛らしい書体が踊る中、無骨な文字の空手部や応援団のチラシが混ざる。もちろんこの中には、山の麓に笑顔でテントを張る部員が描かれてたワンダーフォーゲル部のチラシも入ってる。私が絶対に選ばない部活達。

制服を脱いで部屋着になる。まだ肌寒いからカーディガンも忘れない。制服をハンガーにかけて、重なるチラシの中から1枚、簡単に畳んでカーディガンのポケットに押し込んだ。


「そう言えば制服のまま手伝ってもらっちゃったわねぇ。袖汚れなかった?」
「大丈夫」


リビングでは、すでにお母さんがご飯の準備をしてくれてた。


「ごめん、ありがとう」
「どういたしまして。さ、食べちゃいましょ」


手を合わせて箸を進めていく。
チーズがはみ出してないハンバーグは、おいしかった。


「で、部活だけどね」
「うん」
「これ、にしようと思ってるの」


ポケットから勧誘のチラシを出して渡す。

たったそれだけのことだけど、私にはとても緊張すること。なにかしたいと主張するのは初めてだから。


「本当にやりたいの?」
「う、うん。クリスマスにもらったやつがあるから、新しく用意しなくていいし」
「他のやりたいことの代わりじゃない?」


他のやりたいこと…


「うん」


あるよ。あるけど、それで迷惑をかけることになるなら、私はこれで充分。
私は私のやり方でやりたいことをする。


「ならいいんだけど」
「いいの?」
「部活やりたいなんて初めて言ってくれたから、お母さんだって出来る限り千明の力になりたいよの」


お母さんはいつだって私の味方だった。無理して体調を崩しても、どうして無理したのか言わなくても解ってくれた。


「あ!でも無理だけはしないこと。少しでもきついと思ったらすぐ顧問の人に言うこと。あと必要なものがあったら必ず言うこと。それから」
「お母さん、わかったから、ご飯冷めるよ?」
「もー!お母さんは千明を心配してるんです!」
「はぁい。ありがとうお母さん」


私はきっと幸せ者だ。


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