遠い日の記憶 (月島視点)

あれは、小学校に上がる前の秋だった。


「ちぃちゃんはやく!」
「まってけいちゃん!」


物心ついた時、すでに彼女は僕の隣にいた。
家は隣。アニメとかでよくある窓から行き来なんてできないけど、ほとんど同じようなもの。都会だったらアニメみたいになっていたのだろうか。
僕よりも早く誕生日が来るので、もう少ししたらまた僕よりひとつ年上になる。それなのに、体は僕よりもずっと小さい。あの頃はすぐに同い年になるのに、そんなことにいちいちこだわってたっけ。
何をするにも僕と一緒。2つにくくった髪を跳ねさせながら、いつも僕の後をついてきた。


「はやくしないとおいてくよ」
「やだー!」


それが嫌だった訳じゃない。むしろ、ついてきてくれるのが嬉しかった。彼女のことは好きだったし、同様に彼女も僕を好きでいてくれてる。なんて、根拠のない自信があった。


「しかたないなー」
「きょうはなにするの?」
「こうえんでブランコ!」
「するー!」


近所の人は幼馴染みだとわかってたけど、そうじゃない人にはよく兄弟と間違えられた。あまりに一緒にいたからか否定するタイミングまで一緒で「やっぱり兄弟だね」なんて笑われることもよくあった。
僕の兄弟は兄ちゃんだけで、ちぃは幼馴染みなのに。


「おちないようにね」
「おちないよ?」
「でもこのあいだおちてないてた」
「あれはここにてぇはさんで、びっくりしたからっ」
「はいはい」
「はいはいっかいなんだよ!」
「わかったから、きょうははさまないでよ」


甘やかしている自覚はなかった。
兄ちゃんにも「蛍は千明ちゃんとは仲良しだな」って言われてたけど、仲が良いのは当然だから否定しなかった。だって、ちぃは大切な幼馴染みなんだから、仲良しじゃないわけがないデショ。


「っわ!」
「ちぃちゃん!」


ガシャンとブランコが鳴って、僕はブランコから飛び降りた。それでも僕のブランコはそんな音をたてなかった。


「だいじょうぶ?」


飛び降りた反動で動くブランコを後ろ手に止めて、ちぃの頭を撫でる。


「うん。ブランコとめた」


そうだ。前回は派手に落ちて、起き上がった瞬間に戻ってきたブランコに頭を殴られてた。


「そうじゃなくて、けがしてない?」
「してない」
「たてる?」
「うん。だいじょぶだよ」


立ち上がって笑う姿をみる限り、確かに怪我はしていないように見えた。


「どっかいたくなったらすぐゆうんだよ。かくしちゃダメだからな」
「うんっ」


ブランコに厭きたら滑り台や鉄棒なんかで遊び倒して、時間が来たら帰る。ほとんど変わらないけど、公園に少しだけ近い僕の家で休憩。そのままご飯を食べて帰るか、迎えがきて帰るか。
それがいつもの流れ。


「ひゅ…?」


だけどこの日はいつもと少し違った。


「どうしたの?」


ちぃにとっても、僕にとっても、これが初めての発作。


「なんか、こえへん…」


あの時は知ってる言葉も少なかった。変だったのは呼吸なんだけど、声って表現は近かったと思う。


「そう?」
「うん、けほん」
「さむい?はやくかえらなきゃ」


咳を聞いて、僕は彼女の手を引いた。
風邪をひいたら遊べなくなる。それは子供の僕にとって、間違いなく死活問題だったから。


「けっ…ひっごほっ」
「ちぃちゃん!」


だけど、彼女は動けなくなった。蹲って咳が止まらない。風邪を引いて咳が辛いときお母さんがやってくれるように、ちぃの背中を撫でてもあまり変わらない。


「ど、どうしよう…」


大人を呼ばなきゃと思った。だけどちぃを1人にはできなかった。今だから対処法もわかるし、少し目を離したからどうこうなるものでもないってわかってる。
でも、この時は苦しそうにする彼女を僕がどうにかして助けてあげないとと確かに思ったんだ。


「だれか、」


いつもなら犬の散歩をしてる人や学校帰りの学生、買い物に出た主婦がいるのに。どうしてこんなときばっかり誰もいないのか。


「だれかっ…ちぃちゃんをたすけてよ!」


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