遠い日の記憶

苦しそうな彼女を目の前にした僕は、無力だった。大切な幼馴染みの力になれない。
情けなくて悔しくて、泣きたくなった。でも泣けなかった。僕は【男の子】だから、苦しんでいる彼女を目の前にして、どうしても泣きたくなかった。


「え、どうしたの?」
「おねーさん…っ」


1番最初に通りかかったのは、学校帰りの学生。大人に会えた安心感で涙が込み上げてきたのをはっきり覚えてる。


「この辺でよく見かける子達だね…うん、君はもう少しだけ、泣くの我慢ね」


お姉さんが小さく縮こまる彼女の姿勢を、少し無理矢理正した。


「大丈夫だよ、落ち着いて…怖くないよ、お姉ちゃんがいるからね」


彼女の背中をゆっくり擦りながら、お姉さんはなにもできずにただ手を握りしめていた僕を見た。


「君は大人を呼んできて」
「でもちぃちゃんが」
「ちぃちゃんは私に任せなさい。まだ大人じゃないけど、君よりは大人だよ」


今だからわかる。当時はすごく大人に見えたお姉さんだけど、まだランドセルを背負ってた。

あの人もすごく焦ったと思う。パニックで泣きそうな僕と泣きながら咳き込むちぃの手前、すごくしっかりして見せてたけど、内心は不安だっただろう。

僕はお姉さんの言う通り、大人を探しに走った。なにか彼女にしてあげたかったけど、なにも思いつかなかった。彼女のために大人を探す


「あ!」
「おうボーズ。いつも一緒の嬢ちゃんはどうした」
「おじさん!ちぃちゃんをたすけて!」
「なんかあったのか?」
「ちぃちゃんが死んじゃう…!」
「どこだ」
「こっち!」


散歩のおじさんに泣きついて彼女のもとに戻る。


「おねーさん!」


ちぃは地べたに座り込んだお姉さんに完全に体を預けていた。
咳もさっきより落ち着いてる。


「どうした!?」
「たぶん喘息かなにかかと。すみませんがお茶か水を買ってきてもらってもいいですか?」
「ちょっと待ってな!」


いつもゆっくりと散歩を楽しんでいるおじさんは、近くの自販機に驚く速さで走っていった。

大人がいるからか、不思議とさっきまで感じていた漠然とした不安は薄くなっていた。それでも不安がなくなった訳ではないけれど。


「ちぃちゃん…」
「大丈夫だよ。ちょっと疲れちゃっただけだと思うから」
「ぼくが、はしったりしたから…」
「違う違う。そんなんじゃないって」
「でも」
「君が泣いてたら、この子も泣いちゃうぞ?」
「ないてない!」
「うん。君はかっこいいね」


どうしてお姉さんがそんなことを言ったのかは、僕にはわからなかった。それにこれからもわからない。どこの誰かもわからないから、お姉さんの答えはもう永劫聞けない。


「これでいいか?」


おじさんの手にはミネラルウォーター。


「すみません。開けてもらってもいいですか?」
「ぼくがやるっ」


彼女を支えるお姉さんに開けることは難しかったから、僕が開けた。同級生の中では力がある方だったからか、いつの間にか1人でペットボトルの蓋を開けられるようになっていた。

やっと彼女の役に立てた。


「ちぃちゃん、お水飲める?ゆっくりね…いっぱい飲んじゃダメだからね」
「ごほっ!げほっ」
「大丈夫大丈夫。ゆっくりでいいよ」
「救急車とか呼ぶか?」
「たぶん大丈夫だと思います」


彼女は何度か噎せて水を吐き出していた。それでもお姉さんは気にすることなく、ゆっくりとずいぶんと長い時間をかけて彼女に水を飲ませていた。


「もう大丈夫かな?」


真っ赤になった目に、涙でパリパリになった赤い頬。お姉さんが優しく撫でると、彼女は本格的に泣き始めた。


「え、どうしたの?」
「ごめんなさいっ」
「え?」
「おねーさん、おようふく、」
「ああ、いいのいいの。気にしないの」


彼女が気にしたのはお姉さんの事だった。
知らない人、しかも大人は怖いものだと教わってきた彼女は、きっと怒られるとでも思ったのか。


「でもおねーさん、」
「さて、また苦しくなる前におうちに帰ろうね」
「おっちゃんも送って行くよ。大変だろ?」
「すみません」


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