遠い日の記憶

ちぃの手を引いて歩くお姉さんと、並んで歩くおじさんと僕。ただでさえ遅い子供の歩幅で更にゆっくり歩いてたから、とんでもなく遅い速さだったと思う。それでもひたすらゆっくり歩いて家まで向かった。

他の人からはどう見えてたかなんてわからないけど、たぶん怪しかったんだろうなと思う。


「おねーさん」
「ん?どうした?」
「ちぃちゃんをたすけてくれてありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
「おじさんも、ありがとう」
「いいってことよ!」


それからはちぃの家にみんなで行って、発作の説明をお姉さんとおじさんがして。
そうこうしてるうちにようやっと安心したのかちぃが泣き始めて、それにつられて僕も泣いて。騒ぎを聞き付けた母さんが合流して…

今だから言える。カオスだった。


「いえ、本当に大丈夫なので」
「でもなにもお礼ができないなんて…あ、少し待っててちょうだいな」
「それにしてもよく頑張ってたよなぁ。経験者かい?」
「偶然ですよ。友達がこう言うのに詳しくて」
「あなた名前は?」
「本当、大したことはしてないので」
「こりゃ未来の看護婦さんかな?」


お姉さんは大人に囲まれて困っていたと思う。ただでさえ話好きな母さんとおばさんに加え、見た目よりも気さくなおじさんも一緒になるから止めようにも止められないらしい。


「おねーさん」
「ん?」


現状を把握した僕はお姉さんの服を引っ張って、なんとか大人達のマシンガントークから離した。
母さん達は気にしないであーだこーだ言ってる。


「おねーさんは、なにちゃん?」


口をついて出たのはそんなこと。
まだ子どもの僕にたいした話なんてあるはずもない。ちぃを助けてくれたお姉さんを少しでも助けたかった。これが正解だったのかどうかは今もわからないけど、それでもお姉さんはどこかほっとしたようにやっと笑ってくれた。


「私は直ちゃんだよ」
「ありがとうなおちゃん」
「どういたしまして」
「なおちゃん?」
「うん」


どうやら落ち着いたらしい彼女もお姉さんの名前を呟く。酷く優しく笑ったお姉さんは、きっとカサカサになってるだろう彼女の頬に触れて、そっと涙の跡を拭った。

何故だろうか。その光景は僕に言葉に出来ないような衝撃を与えた。


「これ!よかったらおうちでご家族と食べてちょうだいな」
「そんな!申し訳ないです!」


1度玄関から引っ込んだおばさんがなにかをお姉さんに渡していた。

このときちぃのおばさんが持ってきたのは、多分焼き菓子の詰め合わせ的なやつだと思う。
この頃は頻繁にお互いの家を行き来していたから、色んなお菓子が僕の家にもあった。きっとちぃの家もそうだったはず。あれもその中の1つなんだろう。

せっかく話していたお姉さんを大人に取られて、なんとなく僕達は手持ち無沙汰になってしまった。
遊んだあとに散々泣いたちぃは疲れたのかまだ不安なのか、いつもよりずっとおとなしい。僕も僕で、子供なりに思うところがあったから黙ってちぃと並んで立っていた。


「ちぃちゃん」


小さく、でも確かに僕はちぃを呼んだ。

どんなに小さな声で呼んでも、ちぃは必ず返事をしてくれた。呼んでなくても僕の声には必ず反応を返してくれた。だから僕もちぃの言葉はどんな小さなことも聞き逃さないようにしていた。
それは今も変わらない。


「なぁに?けいちゃん」


ちぃは少し眠そうな目を僕に向けた。
今ほど身長差はないにしても、首をかしげながら僕を見上げるちぃは、庇護欲をこれでもかと言うほどに刺激してくる。


「あのね、」


あ、しまった。
この後のことはできれば見たくない。これ以上に恥ずかしいことなんて、今までもこれから先にも2度とないだろう。


「ぼく、ちぃちゃんをまもるよ。もっとつよくなって、ちぃちゃんのこと、ぜったいにまもるから!」


ああくそ。何度見ても恥ずかしい。


「あら!」
「まー!」
「やるなぁボーズ」
「なんか、聞いてるこっちが恥ずかしいですね…」


お姉さんに言われなくてもわかってる。なんかのアニメで聞いたんだろう。そうでもなかったらこんなこと、絶対に言わなかった。


「えへへ、ありがとーけいちゃんっ」


何度繰り返しても、恥ずかしくて仕方がないこんなことまで、僕はきっちり見てしまうのだ。僕の言ったことをきょとんとして聞きながら、泣いたせいで林檎みたいに真っ赤になった彼女が笑う瞬間までしっかりと。

それからはお姉さんとおじさんが帰るのを見送って、母さんとおばさんがなにやら話しているのをぼんやり聞いていたのかいなかったのか。その辺りでようやく目が覚める。


「はぁ…」


今日は中総体だって言うのに、こんな夢見たら疲れて仕方ない。寝た気がしないし、なにより彼女の持ち物検査をしなくてはいけないからだ。

枕元の携帯を確認すると、アプリの窓から彼女から送られた言葉と一緒に間抜けな絵文字が並んでる。僕はそれに簡単な返事と、忘れ物は絶対にしないようにと長々と書いてやった。
そうしてから、ようやくベッドを抜け出して支度を始められる。

着替えの合間に確認する携帯には「大丈夫!!」なんて言葉のあとに続く元気なスタンプ。
無意識にこぼれたため息には気付かないふり。その大丈夫に何度騙されたことか。

虫の知らせかなんなのか。この夢を見るとき、大抵ちぃは発作を起こすんだ。


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