尾長
朝から天気はぐずついていて、体育館は嫌になるくらい蒸してる。夏はまだこれから。更に暑くなるのに、今から熱中症の心配をしないといけないのはめんどくさい。
じとりと汗ばむのを無視して、私は用具室でボールの点検をしていたそんな時、突然地面が割れたのかと思うくらいの音が響いた。ビックリしすぎて声もでなかった。
「鳴子ー!」
「はいっ」
先輩の声に驚くほど元気に返してしまった。
単純にビックリしてだけなんだけど。
「天気、更に悪化するらしいから今日は終わりだって」
まだ悪くなるのか。既にかなり近くで雷がなってる気がするのに、これ以上なにがどう悪化するのか考えたくもない。
私はボールをさっさと手放して、先輩の後に続いて着替えるために走った。
「帰りはー、同じ方向の人と一緒に帰れって言ってたよー」
「え、マジで?」
「マジマジ」
どうせ方向が一緒なら、1人で帰るよりも安全だからだろうか。先生の言うことには納得できる。
「うわー、木葉と一緒ってことか」
「家近かったんだってねー」
「そうなんだよね」
無口って訳じゃないけど、先輩の話にうまく口をはさめるわけもなく。私は黙々と着替えるしかない。
「鳴子は傘持ってる?」
「はい、持ってます」
「2本持ってたりはー?」
「しませんけど…もしや忘れたんですか?」
「置き傘してたと思ったんだけどー、今日来たらなかったのー」
ああ、うっかり使ったあと持ってくるのを忘れるやつですね。
「すみません、今日は1本しかなくて」
「もう諦めたら?」
「そーするー」
どうやら雪絵先輩は途中まで鷲尾先輩と一緒になるらしい。そうなると傘にいれてもらうことになるわけだが、それが嫌なんだとか。
「ほら!諦めて帰るよ」
「えー、でもー」
「はいはい!鳴子も困ってるから」
「いえっそんなことは!」
困ったと言うより、打開策がすぐに見付けられない不甲斐なさと焦りと言いますか。折り畳みも持ってくるべきだったと後悔しかできない。
「ごめんねー?」
「いえ、すみませんお役に立てず」
「謝らなくていいんだからね?」
「はい」
「ハーイ!帰るよー!」
先輩が2人でひとつの傘に入るのを、私は後ろから見てる。
雷鳴と雨が傘を打つ音でほとんど声が聞こえない。近くにいるのに、ひどく遠い気分だ。
校門では部員の人が固まって待っててくれて、申し訳なさが募る。だって足元濡れてるんだもん。もっと急げばよかった。
「鷲尾ー。雪絵傘忘れたみたいだからよろしく」
「え、マジかよ」
「よろしくー」
嫌がってたわりに仲が良いように見える。
あれが女子特有の物なのか本当は嫌がってなかったのか、どっちなんだろう。
「柏手さんの家ってどの辺り?」
そんなことを考えてたら、赤葦さんに話しかけられた。主将が自由人だと副主将はしっかりするんだろうか。
「神奈川寄りです」
「じゃあ尾長が一緒か…尾長」
「はい、なんですか」
「柏手さんと方向一緒っぽいから、よろしく」
「はい」
駅を数えるのも面倒で適当に答えたら、まさかの尾長くんとの帰宅フラグ。
「はい皆さん、これ以上雨足が強くなる前に帰りますよ」
赤葦さんの仕切りでやっとみんなの足が駅へ向かう。いや、一部は徒歩通学だから別方向だったり別の駅へ向かったりだけど。
「柏手さん大丈夫?」
「へ?ああ、うん…」
雨足がよりいっそう強くなって、傘を持つ手に力が入った。私が震えてるのか、雨に負けて揺れてしまうのかもわからない。
「…柏手さん?」
「あ!ごめん!なに?」
打ち付けてくる雨で傘が重くて、できる限り低く持ってたことと雨の音で尾長くんの声が聞こえなかった。
「柏手さんの家ってここから…」
尾長くんの声は途中でかき消えた。
つんざくような雷鳴。雨の勢いはより増していく。
「柏手さんっ?」
「だ、大丈夫っ。早く駅行こうか」
足元はもうぐしゃぐしゃ。足だけじゃない。スカートもエナメルも跳ね返りや横殴りの雨ですっかり濡れてる。
雷が怖いなんて、言えない。光るのも音もやだ。間隔が短くなればなるほど近いって授業で聞いた。今はほとんど同じ間隔。それは、そう言うことだ。
「柏手さん!」
尾長くんに腕を取られた。そうすると腕は傘からはみ出すから、手も袖もあっという間に濡れていく。
見上げればちょっとびっくりしたような顔をしてたのに、すぐに人懐っこい笑顔になった。
「俺の方が身長高いし、大丈夫」
尾長くんとは部活の時にあまり話したりできなかったけど、周りをよく見てるタイプだったらしい。私の腕を引いたまま、さっきより少し早足で駅までの道を歩き始めた。
私はもはや傘をさしてる意味があるのかわからない状態だけど、閉じると言う選択肢もないのでせめて顔だけは濡れないようにしようと片手で傘を支えながら必死についていった。
駅についても、雨は少しも弱まる気配がない。しかも電車が遅れてるらしくごった返している。傘からはバタバタと音を立てながら水が流れて、足元に跳ねさせた。
「ごめん、濡れたよね」
「大丈夫。尾長くんの方が濡れてるよ」
お互いタオルは持ってる。だから拭くものに困ることではない。
申し訳程度に袖やらスカートなんかを払っているとき、後ろから飛び込んできた雷鳴に情けなくも小さく声が出てしまった。尾長くんにそれは届いてしまったようでまたびっくりしたような顔をさせてしまったけど、なにも触れずに「雨すごいねー」なんて声をかけてくれた。
初めて話した状態だけど、男子にしては意外だった。雨に濡れたことを気遣ってくれて、尚且つ私が雷を苦手としていることには触れないでいてくれる優しさ。
明日、尾長くんにはなにかお礼をしようと思う。
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朝から天気はぐずついていて、体育館は嫌になるくらい蒸してる。夏はまだこれから。更に暑くなるのに、今から熱中症の心配をしないといけないのはめんどくさい。
じとりと汗ばむのを無視して、私は用具室でボールの点検をしていたそんな時、突然地面が割れたのかと思うくらいの音が響いた。ビックリしすぎて声もでなかった。
「鳴子ー!」
「はいっ」
先輩の声に驚くほど元気に返してしまった。
単純にビックリしてだけなんだけど。
「天気、更に悪化するらしいから今日は終わりだって」
まだ悪くなるのか。既にかなり近くで雷がなってる気がするのに、これ以上なにがどう悪化するのか考えたくもない。
私はボールをさっさと手放して、先輩の後に続いて着替えるために走った。
「帰りはー、同じ方向の人と一緒に帰れって言ってたよー」
「え、マジで?」
「マジマジ」
どうせ方向が一緒なら、1人で帰るよりも安全だからだろうか。先生の言うことには納得できる。
「うわー、木葉と一緒ってことか」
「家近かったんだってねー」
「そうなんだよね」
無口って訳じゃないけど、先輩の話にうまく口をはさめるわけもなく。私は黙々と着替えるしかない。
「鳴子は傘持ってる?」
「はい、持ってます」
「2本持ってたりはー?」
「しませんけど…もしや忘れたんですか?」
「置き傘してたと思ったんだけどー、今日来たらなかったのー」
ああ、うっかり使ったあと持ってくるのを忘れるやつですね。
「すみません、今日は1本しかなくて」
「もう諦めたら?」
「そーするー」
どうやら雪絵先輩は途中まで鷲尾先輩と一緒になるらしい。そうなると傘にいれてもらうことになるわけだが、それが嫌なんだとか。
「ほら!諦めて帰るよ」
「えー、でもー」
「はいはい!鳴子も困ってるから」
「いえっそんなことは!」
困ったと言うより、打開策がすぐに見付けられない不甲斐なさと焦りと言いますか。折り畳みも持ってくるべきだったと後悔しかできない。
「ごめんねー?」
「いえ、すみませんお役に立てず」
「謝らなくていいんだからね?」
「はい」
「ハーイ!帰るよー!」
先輩が2人でひとつの傘に入るのを、私は後ろから見てる。
雷鳴と雨が傘を打つ音でほとんど声が聞こえない。近くにいるのに、ひどく遠い気分だ。
校門では部員の人が固まって待っててくれて、申し訳なさが募る。だって足元濡れてるんだもん。もっと急げばよかった。
「鷲尾ー。雪絵傘忘れたみたいだからよろしく」
「え、マジかよ」
「よろしくー」
嫌がってたわりに仲が良いように見える。
あれが女子特有の物なのか本当は嫌がってなかったのか、どっちなんだろう。
「柏手さんの家ってどの辺り?」
そんなことを考えてたら、赤葦さんに話しかけられた。主将が自由人だと副主将はしっかりするんだろうか。
「神奈川寄りです」
「じゃあ尾長が一緒か…尾長」
「はい、なんですか」
「柏手さんと方向一緒っぽいから、よろしく」
「はい」
駅を数えるのも面倒で適当に答えたら、まさかの尾長くんとの帰宅フラグ。
「はい皆さん、これ以上雨足が強くなる前に帰りますよ」
赤葦さんの仕切りでやっとみんなの足が駅へ向かう。いや、一部は徒歩通学だから別方向だったり別の駅へ向かったりだけど。
「柏手さん大丈夫?」
「へ?ああ、うん…」
雨足がよりいっそう強くなって、傘を持つ手に力が入った。私が震えてるのか、雨に負けて揺れてしまうのかもわからない。
「…柏手さん?」
「あ!ごめん!なに?」
打ち付けてくる雨で傘が重くて、できる限り低く持ってたことと雨の音で尾長くんの声が聞こえなかった。
「柏手さんの家ってここから…」
尾長くんの声は途中でかき消えた。
つんざくような雷鳴。雨の勢いはより増していく。
「柏手さんっ?」
「だ、大丈夫っ。早く駅行こうか」
足元はもうぐしゃぐしゃ。足だけじゃない。スカートもエナメルも跳ね返りや横殴りの雨ですっかり濡れてる。
雷が怖いなんて、言えない。光るのも音もやだ。間隔が短くなればなるほど近いって授業で聞いた。今はほとんど同じ間隔。それは、そう言うことだ。
「柏手さん!」
尾長くんに腕を取られた。そうすると腕は傘からはみ出すから、手も袖もあっという間に濡れていく。
見上げればちょっとびっくりしたような顔をしてたのに、すぐに人懐っこい笑顔になった。
「俺の方が身長高いし、大丈夫」
尾長くんとは部活の時にあまり話したりできなかったけど、周りをよく見てるタイプだったらしい。私の腕を引いたまま、さっきより少し早足で駅までの道を歩き始めた。
私はもはや傘をさしてる意味があるのかわからない状態だけど、閉じると言う選択肢もないのでせめて顔だけは濡れないようにしようと片手で傘を支えながら必死についていった。
駅についても、雨は少しも弱まる気配がない。しかも電車が遅れてるらしくごった返している。傘からはバタバタと音を立てながら水が流れて、足元に跳ねさせた。
「ごめん、濡れたよね」
「大丈夫。尾長くんの方が濡れてるよ」
お互いタオルは持ってる。だから拭くものに困ることではない。
申し訳程度に袖やらスカートなんかを払っているとき、後ろから飛び込んできた雷鳴に情けなくも小さく声が出てしまった。尾長くんにそれは届いてしまったようでまたびっくりしたような顔をさせてしまったけど、なにも触れずに「雨すごいねー」なんて声をかけてくれた。
初めて話した状態だけど、男子にしては意外だった。雨に濡れたことを気遣ってくれて、尚且つ私が雷を苦手としていることには触れないでいてくれる優しさ。
明日、尾長くんにはなにかお礼をしようと思う。