月島

お休みを合わせて、久しぶりのデート。去年よりも暑く感じるけれど、実際はどうなんだろう。気温としてはたいして変わらないんだろうか。

「ちょっと、なにボーッとしてるのさ」
「最近暑いなぁと思って」

目の前の水槽の中で泳ぐ魚も、気温の変化を感じ取ってるんだろうか。

「8月なんだから当たり前でしょ」
「そうだね」

蛍くんと一緒にいるようになってどれくらいの時間が経っただろうか。わかりやすい喧嘩はあまりなかったけど、よく言い合いにはなってた。割り勘にするしない、手を繋ぐ繋がない、思い返せばそんなくだらないことばっかりだった気がする。

「ほら、早く行くよ」
「うん」

ゆるく引かれる手は離さないと言われてるようで、少し嬉しくなる。単純に混んでるから迷子防止かな?

「ねぇ、なんでほどこうとするわけ?」
「わかった?」
「僕がわかんないわけないでしょ。バカにしてるの?」

繋いだ手がほどかれないように、強く握り直されるのがかわいい。
付き合いはじめの時はどんなに手を繋ぎたいって言っても、暑いからやだなんて言ってたのに今では逆だもん。蛍くんから手を繋いでくるし、ほとんどほどくのも許してくれない。

「あんまりふざけたことしてると縫い付けるよ」
「そんなことしたらお仕事とかバレーできなくなっちゃうよ」
「その時だけほどく」

なんて都合のいい。でもバレーと同じくらい好きでいてくれてるって言うのが嬉しくて仕方ない。

「ねぇ、蛍くん」
「なに」
「好き」
「僕の方が鳴子のこと好きだね」

そんなこと今まで言ってくれなかったのに。なんでこんなときだけ言うんだろう。

「絶対私の方が好きだもん」
「そんなの比べられるものじゃないんだからわかんないデショ」
「えー」
「でも絶対僕の方が好きだよ」
「比べられないんじゃないの?」

蛍くんを見上げると、少しムッとしてるのがわかる。そのまま言い返されてどうしようかなって思ってる顔。それがふと、なにかに気付いたような顔をしてから笑った。イジワルするときのあの顔。
あ、やばい。なんて思ったときにはもう遅い。蛍くんの顔が近付いてあっという間に唇を奪われた。

「蛍くん、ここ、人いる」

キスするときに、たいして眼鏡は邪魔にならないって蛍くんと付き合って初めて知った。漫画とかでは邪魔だって言ってたのに、蛍くんはなんてことないようにキスしてくる。

「どうせ誰も見てないよ」
「そうじゃないよ」

いつもなら外でこんなことしないのに、なんで今日はこんなことするんだろう。

「別に外だからしたくないとかじゃないよ。あんまり見られたくないからしないの」
「…なにを?」
「鳴子の顔」
「は?」
「キスしてる時と、した後の顔」
「はあ?!」

そんなこと今言わなくてもいいって!

「ちょっと」
「わっ」

いきなり抱き寄せられて蛍くんの鳩尾辺りにぶつかった。
今日の蛍くんはいつもより積極的で、付き合いはじめの頃みたいにドキドキする。あの時の蛍くんがこんな感じじゃなくてよかった。もしそうだったら私の頭はキャパオーバーでパンクしてたかもしれない。

「どうしたの?」
「君はなにも知らなくていいよ」

動揺を隠して聞いてみたけど、なんだか不機嫌な返事が返ってきただけだった。なんだったんだろう?

「…まだなんか見るの?」
「片ヒレちいちゃい子と、忘れん坊見たい」
「クマノミとナンヨウハギね」
「さすが物知り!」
「それくらいわかるから」

手を引かれて、私はどこに向かうのかわからないまま蛍くんについていく。熱帯魚のところわかるのかな?

「でもね、1番好きなのはツノダシなんだぁ」
「なんでそれはちゃんと知ってるの」
「昔から好きだったの。平で白黒で角があるから」
「そう言えばイシダイも好きだったよね」
「うん。白黒な魚好き」

本物はそこまで好きじゃないけどね。

「じゃあイシダイも見る?」
「んーん、いい」
「そ。じゃあ熱帯魚見たら帰るよ」
「えー」
「本当はもう少しあとにしようと思ったんだけど、君には早めに言った方がいいと思ってね」

んん?蛍くんの言ってることがよくわかんないぞ?

「なんのことかわかってないでしょ」
「うん」
「わかってなくてもいいけど、ちゃんと覚悟しててね」

なんの覚悟をしたらいいんだろう。
よくわかんないけど、何を言われても大丈夫な覚悟はしておこうと思います。

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