笹谷
「笹谷、これってどうするんだっけ?」
「あ?あー、ちょっと待て」
少ない女子のなかでも、柏手とはそれなりに仲がいいと思う。
「あった。これ見ていいぞ」
「さんきゅー」
こうしてわからなかったところを聞きに来てくれるくらいには。
因みに逆は全くない。あったとしても、柏手には絶対に聞かない。これは男としてのなけなしのプライドだ。
「なぁ、初めて溶接やったときのこと覚えてるか?」
「あの線引いたやつ?」
「そうそう。後輩がさ、アーク出ねぇってテンパったらしい」
「初めての実習だったら焦るわー」
「同じ班の女子から言われて出たってよ」
女子はそう言ってテンパるやつ少なかったな。目の前のことに一直線だからか。
「でも、もうそれもなくなるのかと思うと寂しいよねぇ」
「柏手離れるの?」
「いや、推薦で受けて絶対受かる」
「スゲー自信」
ちらっと聞いただけだけど、取れる免許は時ほとんど取ったらしい。時間があれば選択肢の少ないバイトもしていたとか。
「柏手は進学だろ?」
「うん」
「なんで車作ろうと思ったんだ?」
「好きだから」
「乗る方は考えなかったのか?」
ウチではたいして珍しくもない工業女子でも、世間的には少ないだろう。実際女子の数は少ない。
「今はもうやってないけど、ウチ元々自転車売っててさ、その中にバイクもあってよく整備してるの見てたんだよね」
「ほー」
「全然知らなかったんだけど、じいちゃんが結構いろいろ持ってたみたいでさ。車もちょいちょいいじってた」
「それで作る方に興味持ったのか」
「そんなとこ」
柏手が作る方を選んだのには、家庭環境があったのか。確かに身内に作り手がいたなら、興味を持ってもおかしくはない。
「機械オイルって洗ってもなかなか落ちないでしょ?私よくそれで汚れててさ、じいちゃんと一緒に怒られてばっかりだったよ。じいちゃんも汚れるから来るなとは言っても、結局側で仕事を見せてくれたんだ」
そう話す柏手がじいちゃんを好きだったことはすぐにわかった。
きっと子どもの時から今の性格だったんだろう。それで、じいちゃんも嬉しかったんだろうな。素直に尊敬して後をついて回ってくれたら、そりゃあ甘やかしたくもなるもんだろう。
「後継ごうとかそんな大層なこと考えてなかったけど、なにやりたいって考えたらこれだった」
でも、女の子がそんな男みたいな仕事を選ぶことはないって、反対もあっただろう。もっと普通の仕事につけとか女の子らしくとか。
そう一瞬でも思ったことは間違いじゃなかったらしい。柏手は俺のノートを見たまま、淡々と話してくれる。
「私の生活の中に整備士があったから選んだだけで、それが普通じゃないと言われるのは堪えられなかった」
世間一般の大きなくくりに纏められるのは、仕方ないことなんだろう。それに逆らうことは、どれだけたいへんなことだろうか。
「だから、例え死んだとしてもこの道を選んだことを後悔しないよ」
その風当たりの強さを、俺はきっと、一生わからない。
「マジでかっこいいよな」
「そう?これこそ普通だよ。私は私がやりたいことをやって生きていきたい。それだけを考えてるんだから」
「それがかっこいいんだよ」
きっと負けそうになったこともあっただろう。折れて楽な道に進む選択肢もあっただろう。それなのに、その反対を押し退けて自分のやりたいことを選んだ。
それがかっこよくないわけないだろ。
「笹谷は就職だっけ?」
「いや、進学にした」
「やっぱり?」
「作る道を目指すなら進学しとけって」
「工業高でも限界はあるからね」
「まぁな」
「ノートありがと。マジ助かった」
「助けになってなによりだよ」
帰ってきたノートを見ながらぼんやり思った。こうして話せるのは、あとどれくらいだろう。
こんな女々しいこと考えてるなんて、柏手には知られたくねぇなぁ。
「進学先のことならいつでも聞いて。資料めっちゃあるから」
「マジで?なら後で行ってもいいか?」
「いいよー」
「助かる」
当面は進学について。
それと、卒業して終わりにならないために、どうしたらいいか少ない頭で考えることにする。笑って後悔できるように。
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「笹谷、これってどうするんだっけ?」
「あ?あー、ちょっと待て」
少ない女子のなかでも、柏手とはそれなりに仲がいいと思う。
「あった。これ見ていいぞ」
「さんきゅー」
こうしてわからなかったところを聞きに来てくれるくらいには。
因みに逆は全くない。あったとしても、柏手には絶対に聞かない。これは男としてのなけなしのプライドだ。
「なぁ、初めて溶接やったときのこと覚えてるか?」
「あの線引いたやつ?」
「そうそう。後輩がさ、アーク出ねぇってテンパったらしい」
「初めての実習だったら焦るわー」
「同じ班の女子から言われて出たってよ」
女子はそう言ってテンパるやつ少なかったな。目の前のことに一直線だからか。
「でも、もうそれもなくなるのかと思うと寂しいよねぇ」
「柏手離れるの?」
「いや、推薦で受けて絶対受かる」
「スゲー自信」
ちらっと聞いただけだけど、取れる免許は時ほとんど取ったらしい。時間があれば選択肢の少ないバイトもしていたとか。
「柏手は進学だろ?」
「うん」
「なんで車作ろうと思ったんだ?」
「好きだから」
「乗る方は考えなかったのか?」
ウチではたいして珍しくもない工業女子でも、世間的には少ないだろう。実際女子の数は少ない。
「今はもうやってないけど、ウチ元々自転車売っててさ、その中にバイクもあってよく整備してるの見てたんだよね」
「ほー」
「全然知らなかったんだけど、じいちゃんが結構いろいろ持ってたみたいでさ。車もちょいちょいいじってた」
「それで作る方に興味持ったのか」
「そんなとこ」
柏手が作る方を選んだのには、家庭環境があったのか。確かに身内に作り手がいたなら、興味を持ってもおかしくはない。
「機械オイルって洗ってもなかなか落ちないでしょ?私よくそれで汚れててさ、じいちゃんと一緒に怒られてばっかりだったよ。じいちゃんも汚れるから来るなとは言っても、結局側で仕事を見せてくれたんだ」
そう話す柏手がじいちゃんを好きだったことはすぐにわかった。
きっと子どもの時から今の性格だったんだろう。それで、じいちゃんも嬉しかったんだろうな。素直に尊敬して後をついて回ってくれたら、そりゃあ甘やかしたくもなるもんだろう。
「後継ごうとかそんな大層なこと考えてなかったけど、なにやりたいって考えたらこれだった」
でも、女の子がそんな男みたいな仕事を選ぶことはないって、反対もあっただろう。もっと普通の仕事につけとか女の子らしくとか。
そう一瞬でも思ったことは間違いじゃなかったらしい。柏手は俺のノートを見たまま、淡々と話してくれる。
「私の生活の中に整備士があったから選んだだけで、それが普通じゃないと言われるのは堪えられなかった」
世間一般の大きなくくりに纏められるのは、仕方ないことなんだろう。それに逆らうことは、どれだけたいへんなことだろうか。
「だから、例え死んだとしてもこの道を選んだことを後悔しないよ」
その風当たりの強さを、俺はきっと、一生わからない。
「マジでかっこいいよな」
「そう?これこそ普通だよ。私は私がやりたいことをやって生きていきたい。それだけを考えてるんだから」
「それがかっこいいんだよ」
きっと負けそうになったこともあっただろう。折れて楽な道に進む選択肢もあっただろう。それなのに、その反対を押し退けて自分のやりたいことを選んだ。
それがかっこよくないわけないだろ。
「笹谷は就職だっけ?」
「いや、進学にした」
「やっぱり?」
「作る道を目指すなら進学しとけって」
「工業高でも限界はあるからね」
「まぁな」
「ノートありがと。マジ助かった」
「助けになってなによりだよ」
帰ってきたノートを見ながらぼんやり思った。こうして話せるのは、あとどれくらいだろう。
こんな女々しいこと考えてるなんて、柏手には知られたくねぇなぁ。
「進学先のことならいつでも聞いて。資料めっちゃあるから」
「マジで?なら後で行ってもいいか?」
「いいよー」
「助かる」
当面は進学について。
それと、卒業して終わりにならないために、どうしたらいいか少ない頭で考えることにする。笑って後悔できるように。