国見

「あ、国見ー!」

ひどく懐かしいわけではないけど、久しぶりに俺を呼ぶ声に振り返る。短い足を必死に動かして俺の横に並ぶ柏手は、相変わらず小さい。
へにゃりとした、既に懐かしいと思う笑顔を横目に歩き始めると、柏手もちまちまとついてくる。

「久しぶりー。元気してた?」
「そこそこ」
「よかったよかった」

そこそこでよかったのか?
そんなことを考えても意味なんてない。柏手は基本的にあまり深く考えて言葉を発することがないから。

「やっと秋になったねぇー」
「全然秋じゃない」
「確かにまだ暑いけどさ」

柏手のリュックについたストラップがチャリチャリ音を立てる。何故かリュックが背中で跳ねる、中学の時と変わらない歩き方。
たぶんこれは柏手の癖。他の人もそうなのかと思って観察してた時はあったけど、柏手みたいに常にリュックを跳ねさせながら歩いてる人なんていなかった。

「夏休みなんかした?」
「部活」
「ずっと?」

部活してればみんなそうだと思う。盆や正月に少し休みがあるくらいで、授業がない分朝から晩まで部活とかありえない。
…やってたけど。

「今年の夏休みずっと雨だったでしょ?どこにもいけなかったよ」

そう言えばそうだった。体育館が蒸し風呂状態で何人か吐いてたな…単純に練習量がいつもより多くてキツかったのもあるんだろうけど。

「金田一は?」
「いつも一緒にいる訳じゃないし」
「でも同じ部活で家近かったら一緒に帰らない?」

そんなのどうでもよくない?

「金田一は自主練」
「国見は?」
「帰る」
「国見らしー」

ケラケラ笑う柏手は、確か影山と同じ…

「柏手だって1人じゃん」
「私1人で帰るの好きだもん」
「あっそ」

いつも誰かと一緒にいるイメージがあるから、少し意外だった。
柏手は、言わば典型的な人気者。及川さんとはまた違ったタイプの人を惹き付ける魅力がある。

「今友達いないボッチとか思ったでしょ!?」
「思ってない」
「1人で帰るのには意味あるんだからね!」

だから友達いなさそうとか思ってない。

「1人で帰ると好きなことできるでしょ?道端のお花見つけたり野良猫と遊んだり」
「子供かよ」
「まだ子供ですー」

中学の時、高校生は大人だと思ってた。でもそんなことは少しもなかった。及川さんは相変わらずだし、大人だと思ってた松川さんもそんなことはなかった。

「それにね、空は毎日違うんだよ!」

言われて見上げると、遠く沈みかけた夕陽が空を紫に染めている。

「空なんて久しぶりに見た」
「ずっと見ててもあきないよ。1秒毎に変わっていくから」

言いすぎだろと思いながら、足を止めた柏手と一緒に紫の空を眺める。確かに、こうして止まって眺めているとじりじりと紫が減って、ゆっくり夜になっていくのがわかる。

カシャリと、シャッターを切る音に振り返る。

「あ、国見入った」
「やめてくんない?」
「ちょっと来ないでフレームに入る」

いつになく真剣な柏手に文句を言うのは後回しにした。文句を言ってる間も空は待ってくれない。柏手が手元に残したいと思った表情を刻一刻と変えてしまうと思ったから。

もう1度シャッターを切ると、柏手はいつものしまりのない顔を見せた。

「ごめんねー」
「帰りながらいつも撮ってるの?」
「気に入った時だけかな」

画像の確認をするのかと思ったけど、案外すぐに携帯をしまった。後で見るのか?そうだよな、そのための写真だし。

「それってどんなとき?」
「んー、綺麗だなーって思ったり、私の気持ちを揺さぶったとき?」
「ふーん」
「あ!全然わかってない!」

あいにくそういう感性はよく分からない。全くわからなくもないけど、必要ないかなと思う。携帯のフォルダ逼迫するし。

「まぁ国見にはバレーがあるからそういうのないかぁ」

それがどういうときのものかはわからないけど、全くわからない訳じゃない。

「お?国見も撮りたくなった?」
「うん」

切り取って残してもいいなら。

「なに撮ったの?どんな感じになった?」
「見せない」
「えー、別になんか言う訳じゃないからいーじゃんっ見せてー!」
「やだ」

離れてしまった君を、ここに残してもいいだろうか。

prev / next