ふらりと目の前で凪いだ体に、反射的に手が伸びていた。

「おっと、大丈夫?」
「だいじょーぶよ、ありがとう」

生徒会役員としてキビキビ動いているところをよく目にしていたから、こんな風に気の抜けた柏手さんは初めて見る。

「こらこら、ストップ」

やはりふらりと離れようとする柏手さんが離れないように、体温の低いその腕を少し引いた。

「海くん?なにか私に用事でもあった?」

きょとりと見上げてくる柏手さんは、どことなく顔色が悪いように見える。

「そんなフラフラして、どこに行くつもりなのかな?」
「もうすぐ生徒会選挙があるから、その準備を」

普段からしっかりしていて真面目な印象はあったけど、どこまで真面目なのか。

「他にも役員はいるでしょうよ」
「でも会長は私だし」
「会長じゃなきゃできない仕事なの?」
「えっと、たぶんそんなことはないと思うけど」
「ならちょっと俺に付き合ってくれる?」
「…え?」

たぶん言っても素直に頷いてくれるとは思えない。それならばと、柏手さんの腕を引いて保健室を目指した。

「かっ海くん?!どこに、」
「んー?ちょっとね」

保健室に行くと言って、素直についてきてくれる確証はなかった。だから行き先は言わなかったんだけど、それはそれでダメだったかな。

「私が行くと思ってるから、せめて誰かに連絡しなきゃ」
「急ぐの?」
「早い方がいいと思うわ」

一理ある。でも廊下で立ち止まって携帯を出したら先生に没収される可能性が高い。
…後でにしてもらおう。

「じゃあ着いたらすぐに連絡しようか」
「え、あの、そうじゃなくて」

腕をつかんだまま歩き始めると、困惑しながらもおとなしくついてきてくれる。思っていたより流されやすいのかな。それとも体調が悪くて判断力が鈍っているのか。

「柏手さんは座ってて」

連れ込んだ保健室の扉を開いて丸椅子に座らせる。先生はいないけど、札がなかったからすぐ戻るだろう。

「あの、海くん…?」
「気分は悪くない?念のために熱計っておこうか」

保健室に来ることはほとんどないけど、運動部だとお世話になる機会もそれなりにある。だから体温計の場所くらいならわかる。

「どうして?」
「顔色が良くないから、もしかしたら体調が悪いんじゃないかと思ったんだけど」
「え?あ、ありがとう。でもね、大丈夫よ?」
「無理はしていない?」
「ええ。今日はちょっと貧血気味だっただけだから」

そう言って恥ずかしそうに笑う柏手さんは、確かに大丈夫そうに見えた。

「だったら余計なお世話だったかな」
「そんなことないわ。心配してくれてありがとう」

貧血の時はどうするのがいいんだろう。
あいにく女子とそれほど交流があるわけでもないので、対処法が全くわからない。

「正直に話すとね、ちょっと休んだ方がいいかなぁとは思ってたの。だから本当に助かったわ」
「余計なお世話になってなくてよかったよ」

貧血ってことは血圧が下がるけら、体温が下がるのか?教室に上着置いてこなければよかったな。

「冷えるならベッド使う?」
「本当に大丈夫よ、そんなに酷くないもの」

そう言われてはもうなにもできない。

「海くん達は、まだ引退してなかったわよね」
「え?ああ、そうだね」

一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに部活のことだとわかった。

「受験は大丈夫なの?」

受験戦争が厳しくなることがわかっていて、夏が過ぎて引退しないやつは少ない。

「部活を言い訳にしたくないからね、出来る限り努力はするよ」

それでも、引退の選択肢はなかった。
後輩のテストの心配をする余裕は、正直あんまりないかもしれないな。

「勉強なら力になれるから、いつでも声をかけてね」
「それは助かるな」

かといって、柏手さんに頼りきるのも忍びない。授業を真面目に受けていればわからないものでもないから、本当にどうにもならなかったら頼らせてもらおうかな。

「時期が時期だから公に応援はできないけど、応援してるわ」
「ありがとう」

生徒会長の応援があるんだ。みんなにも教えて、今年こそ全国一になろうじゃないか。

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