西谷

それはベッドでゴロゴロしながら携帯片手に雑誌を眺めてる時だった。

「鳴子!でかけるぞ!」

西谷が部屋に乗り込んできた。
伊達に10年以上の付き合いをしてるわけじゃない。こうして突然乗り込んでくるのは慣れた。

「ドア開けるときはノックしてって言った」
「悪い!でもほら!行くぞ!」

なんの回答にもなってない。これもいつものこと、わかってた。

「やだ、行かない」
「なんでだよ!」
「どうせトンボ取りに行くんでしょ?」
「わかってんじゃねーか」

だから嫌なんだってば!なんでわかんないのよ!あとその網と虫かご見たら嫌でもわかる!

「ちょっとやだ、来ないでよ」
「行くぞ!」

遠慮なんて欠片もない西谷はズカズカ近寄ってきてあっさり私をベッドから引き起こしてしまう。

「ちょ、ちょっとまって!」
「なんだよ、急がないと取れるもんも取れなくなるだろ?」
「急いでも変わらないから!着替えるからちょっとまって!」

いくらなんでも部屋着で外とか出れない!あと素っぴんとかマジムリ!

「おい着替えたか?!」

虫取りだからと中学のジャージと部活Tを着たタイミングで、西谷が勢いよくドアを開けてきてビックリした。

「ちょっと!ドア開けるときノック!」
「なんだ、着替え終わってんじゃねぇか」
「待って化粧してない!」
「そんなのしてもしなくてもかわんねぇよ」
「はあ!?」

なにそれ!ホントさいあく!

西谷に引きずられるまま、素っぴんの私はサンダルを引っかけて玄関から連れ出された。お母さんは「夕くん、晩ご飯までに帰ってきなさいよ」なんて呑気に声をかけてきた。
ねぇ、こいつウチでご飯食べるの?

「よし!取るぞ!」

到着したのはいまだによく来る河原。夏はここにザリガニ取りに連れてこられた。あと、森林公園まで蛍を捕まえに連れていかれた。蛍を捕まえるのは全力で止めたけど。
今目の前で1人でテンション高く捕まえようとする西谷を、私はただ眺めるだけ。だってトンボ捕まえるとかムリ。恐い。

「鳴子ー!こっちこいよ!」
「やだ!」
「なんでだよ!」
「その虫かごをおいて!やめてムリ来ないでホントムリ!」

なんで既にうじゃうじゃ入ってるの!?そんなもの見せないでよさげてないでよ気持ち悪い!!

「やだやだやだ!ムリいやー!来ないでやめてー!」
「なんでだよー。かわいいだろ?」
「わかんない!理解不能!」

手で掴んでるそれはまだいいとして、そんなうじゃうじゃしてるのはホントムリ!

「ほら、置いたぞ」
「でも、ムリ、いけない」
「しょがねーなー」

しょうがなくないから!当たり前でしょ?!

「ガキん時は平気だったじゃねーか」
「平気じゃないから!」

昔っから虫取りが好きな西谷に連れ出されては、こうして虫を見せられてた。それが1匹や2匹ならかわいいもんだと思うけど、虫かごいっぱいに詰めるんだもん。気持ち悪いったらありゃしない。
こんなこと昔からされてたら虫嫌いになっても当たり前でしょ。

「なんだよー。好きなやつには好きなもん教えたいだろ」
「嬉しくない!虫は嫌い!」
「わかったよ」

西谷はようやく諦めたのか虫かごを置いてから近付いてきた。

「飛んでるのは平気だよな」
「平気じゃないよ。ムリだけど虫にも生活があるから諦めてんの」
「そうなのか?蛍の時は平気そうだったよな」
「あれは暗くて光しかみえなかったから。明るかったら絶対ムリ」
「ふーん」

そもそも女子とは虫が苦手な生き物だ。みんながそうとは言わないけど、西谷にはこの認識を刷り込んでおきたい。

「じゃあなんならいいんだよ」
「え?水族館とか?」
「ふーん」

なんか納得してない。納得しなくてもいいけど聞いておいてその態度はちょっとイラっとする。

「バレーは?」
「バレーボール?」
「おう」
「嫌いじゃないよ。下手だけど」
「じゃあバレーやるか!」
「は?」
「ボール持ってくる!」

西谷は虫かごを雑に取り上げると、子供は風の子を体現する勢いで走っていった。
西谷のイノシシみたいなところはもう慣れたけどさ、1個だけどうしても気になるんだよね。

…虫かごに詰め込まれた大量なトンボ、そんなに振り回して死んでないよね?後で報告なんてしないよね?

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