ラインを引くのは自分次第!
 ばちり、世界が瞬く。
 どうしたんだろう、今日は定時だって言ってたのに。残業入って遅くなるのか、それなら迎えに行こうかな。夜の防衛任務にも間に合いそうだし、後は夜に入りそうな予定を先に片付けとくか。今日一日を何となく視て計画を立てた上でおれは重い腰をあげる。

 未来が視えるということはもうおれにとっては日常だ。それは多分とても凄いことなのだろうし、実際にこの能力は重宝されている。おれがどう立ち回るかを決める、その行動原理もやっぱり未来だ。
 だけどおれは観測者でもある。自分の望む未来、皆が望む未来、誰かが望む未来。それらが全て一致しているなら世界は平和なんだけど、そうじゃないからこの世は争いが耐えないし今も争っているんだろう。おれがどんなに願ったって、おれが望む通りの未来になるわけじゃない。未来を変えるのはいつだって、誰かの意志と、願いと、行動だ。

 意志は指針だ。どちらへ向かいたいかと考えること。人間は意志を持つ事でゆっくりと自らの行く末を意志の先へと変えていく。
 願いは希望だ。そうありたいと思い描くこと。願うだけでは何の力もないけれど、これがあるからたまにくるりと未来が変わる。
 そして行動は、明確な選択だ。一つ動けば、動かなかった場合の未来は消える。そういう取捨選択。

 未来が視えない人々はきっとそれら全てで未来を選んでる。だからこそ、おれが観測している未来をあっけなく変えたりするんだ。視えるハンデを貰っていても、自分の無力さに辟易することもある。だっておれの手の平じゃ、とりこぼすものだってたくさんあるんだ。

「あ、悠一だ」
「うん、迎えにきたよ」

 丁度会社から出てきた名前にひらりと手を振れば、柔らかく笑って手を振り返してくれて、それが少し擽ったい。

「やー参った。取引先が急に納品期日ずらしてきてさー」
「お疲れ様、ご飯どっかいく?」
「んー、面倒だけどまぁ悠一もいるし、いっか」

 あぁ、これでひとつセーフだ。面倒だからコンビニで買って帰るって言われてたら危なかったなぁ。家に上がっちゃうとおれも気が抜けちゃうし、色々とまずかった。さすがに恋愛にかまけて防衛任務遅刻ギリギリってのは避けたい。

「そうだ、ねぇ悠一、あたし今日思ったんだけどさ」

 ぱちり、これまでぼやけていた未来が突然台頭してくる。あー本当。おれの未来視なんて当てにならないなぁ。

「初めて会った時車に轢かれかけて、その後も色々ツイてなかったでしょ?」
「……入院したのはツイてなかったっていう話で片付けていいの?」
「いいの! だけどさ、ツイてなかったから私悠一に会えたってことじゃん?」

 ぱちぱち、うん、未来がぐるぐる映り変わってる。これは彼女が原因じゃなくて、多分おれが原因だ。何となく彼女の言いたいことがわかって期待している自分と、出来ればそのまんま上手く大人の対応で流したいなぁと思っている自分の大接戦。
 まぁ大抵はこういう時、大人になろうってのが失敗するから先は視えないようで視えてる。

「ってことはツイてないことこそラッキーだったんじゃないのかな?」

 ばちん、はい確定。

「はー、本当、名前さぁ」
「何? 悠一が言ったんだよ? 幸か不幸か何で決めるんだろうねって」

 そうだ、間違いなくおれがその話を彼女としたんだ。未来視とは何かという彼女の問いに、決して万能なものではないと答えながら、だからこその弱音をつい吐いてしまったのは記憶に新しい。

 おれが未来を誘導することは間違いなく誰かの幸と不幸を左右していて。でも、その線引きは一律じゃないから難しいなぁなんて些細な呟きのつもりだった。だけどまさか彼女はそれを拾って、今日まで考えていたのだろうか。その結論はおれにとっては幸せなことかもしれないけど、少し危ないことの気もする。

「あのさ、一歩間違ったら本当に死んじゃってたかもしれないんだよ?」
「でもそうならなかったらきっと、悠一は会いに来てくれなかったでしょ?」
「……それは、でも」
「いいんだよ、別に。悠一の選択で誰かが不幸になったって大丈夫」

 そういって、多分、おれと偶然に世界が交差してしまったばっかりに、車に轢かれかけたり、道端で水をかけられたり、情けなく転んで捻挫したり。あげく近界民に殺されかけるなんて最悪の不幸すらも享受した彼女は笑う。

「そうしたらきっと誰かがその不幸を幸福に変えてくれるんだよ」
「おれにとっての名前みたいに?」
「逆じゃない? 悠一が私を幸せにしてくれたんじゃん」

 でしょ、と屈託なく笑う彼女に惨敗だ。そうしておれの欲望にも、ね。

「やっぱ予定変更しよ。家行きたい」
「悠一くんは甘えただねー」
「誰のせいだと思ってるの」

 外にいるのはわかっているけど少しでも触れたくて、指を滑らせて絡めれば柔らかく微笑む彼女がそれをきゅうと握り返してくれる。おれが無意識の内に感じていた名前に対する負い目にも気付いていたのかな。だからおれが選んでしまった不幸で幸せになった、なんて言ってくれるのかもしれない。
 多分これからもずっとおれは未来を選んだ負い目を感じて生きていく。
 それでも隣に彼女が居てくれるなら。選んでしまった誰かの不幸だって、いつか幸せに変えてくれる誰かが現れるんだろうって奇跡みたいな可能性を信じられる。そんなおれにとっての希望を体現する彼女を守ることが、今のおれの願いだ。

「私のおかげ、でしょ?」
「はいはい……敵わないよホント」

 手を繋いでいた筈が、いつの間にか引っ張られるような感覚。お腹空いたから早く行こうと気が急いているんだろうな、きっと。彼女とのこれからだって決して平坦とは言えない道だけど、何とかしようと思える、おれと名前なら大丈夫だって思える。

 そう、だから。
 誰かの幸か不幸かを決めるものが何かと問われれば、きっといつか、ずっと先の自分だから、大丈夫なのかもしれない。今は不幸だと思ってたって、その先を幸せに変える何か、誰かが待っていてくれるかもしれないから。

不幸を抱えた青い鳥

(災い転じて福となす、ってね。)

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