愛しいあなたを捕まえた
※後味が悪い可能性が高いです。ご注意ください。

 目に見えない内臓によって生成される、より高次のエネルギーたるトリオン。これを根幹としてトリガー技術は発展し、近界は進化を遂げた。
 それは玄界と呼ばれる日本でも同じだった。近界民が研究・発展させていったトリガー技術は、不可能を可能にしていったのだ。もはや人間の科学技術とは別次元の存在である。
 ゆえに、トリオンを用いてトリガー技術により生成された、トリオン体もまた別次元の存在だ。走査による人体の再現、科学技術では歯が立たないほどの丈夫さなど、挙げればきりがないほど。
 ――だから、私は。強大なトリオンをより高度なトリガー技術でもって変換すれば、あるいは、と――



 廊下の向こうに見慣れた背中を見つけた。しかし、普段なら隣にいるはずの友人がいないのはどういったことか。探し人の居場所を求め、私はその背中に声をかける。

「ねぇねぇ三雲くん、遊真知らない?」
「ん? あぁ、えっと、さっき数学研究室に行ったけど……」
「そっか、ありがと」

 軽く手を挙げて挨拶すれば「あ、あぁ」とたどたどしい返事。三雲くんは、私に声をかけられると微妙な反応をするんだから困ったものだ。友人の彼女でもあるのだから、そんなに緊張しないんでほしいんだけど。
 それとも友人の彼女だから、か。私はさっさと彼氏である遊真を探しにいく。数学研究室ってことなら、呼び出しか、はたまた提出物を出し損ねたか。ともかく長引かないといいなぁ、と思いつつ足を急がせる。

 数研に向かう途中の渡り廊下に差し掛かると、部活の練習中であろう声が響いてくる。吹きさらしなので余計に隣接した校庭からの声がよく聞こえるわけだ。
 そんな渡り廊下の向こうに見慣れた白い髪を見つけた。手にはなにやらプリントの束を持っていて、難しい顔で睨みながらもこちらに歩いてくる。どうやら私には気づいていないようだ。
 まったく、危ないだろうに。思わず「遊真!」と声をかければ、遊真ははっと気づいたように顔を上げた。

「あれ、なんでここに?」
「なんでじゃないでしょ。今日の放課後はデートって、約束したじゃん」
「悪かった。次のテストに向けて特別課題を出されてな」

 プリントの束の正体は、どうやら特別課題らしい。足を止めた遊真の腕からプリントを数枚つまみあげれば、なるほど、今学期までの単元毎に課題が用意されたようだ。

「そんなに成績ヤバいの?」
「やばいな。このままだと留年もあるって言われた」
「ヤバイじゃん、勉強しないと」
「頼んだぞ」
「他人頼りなのはよくないんじゃないの?」
「違うな、彼女頼りだ」

 ホント、こういう時だけは彼女、だなんて強調するんだから。ずるいよなぁ、遊真って。
 とはいえ満更でもないのでニヤけそうになるのを堪えていると、遊真はそれを見透かしているようなにんまり顔。なんだか悔しいので、ともかく教室に戻ろうと声をかけようとした矢先。
 目の前の遊真の肩に、飛んできた何かがぼこんと音を立ててぶつかった。ぽん、ぽんと軽快な音を立てて地に落ち、数回弾んだサッカーボール。

「ゆ、遊真、大丈夫!?」
「……ってて……」
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」

 驚くことに、遊真は衝撃に耐えてプリントを落とさず済んだらしい。それでも痛そうな表情を浮かべる遊真が心配で、私はそっと遊真に寄り添う。
 一方で、校庭からは慌てて生徒が走ってきた。サッカー部だろうか、遊真を確認するや否や頭を下げ、私と一緒になって様子を伺う。

「すみませんっした、バーに当たって変な方向に飛んじゃって……」
「うん、大丈夫です。肩だったから平気」

 遊真は肩をさすりながらも、そう言って笑う。生徒はもう一度深々と「すんませんっした!」と頭を下げ、転がっていたボールを拾うとまた校庭へと戻っていった。

「びっくりした……ホントに大丈夫? 保健室にいく?」
「ちょっとじんじんするけど、まぁそれくらいだから大丈夫」
「ならいいけど……」
「それよりほら、早くしないと時間なくなるぞ」
「……それ、呼び出された遊真が言うの?」

 遊真は私を心配させないようにか、それとも本当に平気なのか、けらけらと笑って歩き出した。私は遊真のあとに続いて一度教室に戻り、遊真が荷物をまとめるまでを見守る。お互いに鞄を持てば、今度は下駄箱へ。

「さっき遊真探してて、三雲くんに声かけたんだけどね」
「ほう? オサムも帰ってなかったのか」
「遊真からも言っといてよ、気にしなくていいって」
「オサムとしては、おれの彼女と思うとどうにも緊張するんだと」
「だから、そこをさぁ」

 ふんわりとした会話をしつつ、ようやく着いた昇降口。下駄箱を前に靴を履き替えて、いざ、と顔を上げると違和感。
 遊真はどうやら、まだ靴を履き替えていないらしい。どうしたのか、様子を見れば下履きを手にぼうっとしている遊真。

「……遊真?」
「…………ん? あぁ、悪い」

 すぐに我に返ったような遊真が、私に笑顔を返す。下履きを床に放り、履いていた上履きを脱いで下駄箱へ。そうして靴を履けば、いよいよ外へ繰り出す。
 つまり、ようやく本格的な放課後デートのはじまりだ。二人で学校からの帰り道を歩く。もう少し人気のないところに行ったら手をつないだりして。そういうデートを――

「……なぁ、おれ、ここにいていいんだっけ?」
「え? なに、突然」

 足を止めた遊真は、私に話しかけるような口振りであるにも関わらずぼんやりと宙を見つめている。私の返事も耳に届いていないかのようで、紅の瞳はここではないどこか遠くを想っているかのよう。

「部活? ……いや、違う。でもおれ、学校が終わったら、いつもどこかに……」

 ――行かせない。

「遊真!!」
「うおっ!?」

 遊真の腕を掴んで、無理矢理引っ張って。バランスを崩したことに慌てた遊真が体勢を整えた頃には、ようやく私を見てくれるようになった。

「な、なんだ、イキナリ大声出して」
「もう、ただでさえ遅れてるんだよ! 今日は新商品試してみたい、って話したじゃん! 売り切れたらどうするの!?」
「あぁ、そうだったっけ」
「そうだよ! ほら、行こう!」

 引きずるように遊真の腕を引っ張ろうとする。けれど遊真は、そう急かす私の腕を引き止めた。
 今度はなにかと伺えば、ちょっとだけ申し訳なさそうな笑顔を浮かべた遊真。私が掴んでいる腕を揺らして、手を放すよう促されてしまう。痛かったのだろうか、渋々と放せば……遊真はそっと手を繋いでくれて。

「悪かったって、今日はおれがおごるから」
「……家庭教師代と思っとくね」
「そうしてくれ」

 ふっといつものように笑った遊真と、気を取り直して帰り道を歩く。手を繋いで、いつものように。放課後デートはまだ始まったばかりなのだ。

 ――だから、ボーダーのことを思い出させるわけにはいかない。
 私はトリオンも近界も存在しないこの世界を切り取った。そうして、空閑遊真という存在の一部も切り取って、箱庭の中に閉じ込めた。
 遊真が大好きだったトリガーでの戦闘も、仲間達と切磋琢磨しあうボーダーも、奪った。

 それでたとえ悪魔だと罵られようと構わないのだ。遊真が生身の身体で普通の人生を一から十まで終えるよう願った。そのために私は、この世界を守り続けると決めたから。
 これが一時の夢に過ぎずとも。私は、私の愛のため。

愛しいあなたを捕まえた


拙宅の連載では原作の時間軸を繰り返してるなぁ→つまり夢因果の中心には空閑遊真→ならば夢主という概念の集合体はいつか……と想像したら残念ながら滾りました(某アニメ映画のオマージュだと察しがついた方は握手)



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