強かに狙う獣の目
「ほんと、そのブス治さないと彼氏なんでできないだろ」

 しゅんとのランク戦帰りに聞こえたのは、そんな男の声。よく言うな、と聞き流そうと思ったけど、答えたのはよく聞きなれた女の――苗字先輩の声。

「はぁ? 余計なお世話なんですけど」

 言葉はきついが、少しだけ冗談っぽく笑い声も滲んでいる。そういえば苗字先輩とその男は同じ学校だと聞いていたような……どうだったか。
 あたりを見回して、ようやく二人の姿を見つけた。自動販売機の近く、座って休憩できるスペースがあるというのに、先輩たちは隅のほうで話している。おれと同じようにランク戦帰りに偶然会って、とでもいう雰囲気だ。

「かわいげね〜の」
「別にかわいくなくて結構です〜」

 ――ウソだ。それも、どっちも。
 あの男の『かわいげない』がウソだということは、普通に考えれば『かわいい』っていうことだろうか。苗字先輩は彼氏がほしいんだろうか、それでいて『余計なお世話』だと突っぱねる様がかわいい、とでも言いたいのだろうか。
 だけどそれより大事なのは苗字先輩のウソだ。『かわいくなくていい』がウソなら、たぶん『かわいいほうがいい』とか、『かわいくなりたい』という話だろう。けれどあの男にそう言うのは気恥ずかしいのか、ウソをついてみせた。
 なるほど、と内心で頷きつつ、おれは気づいてないフリをして自動販売機の前に立つ。さて、なにを買おうか。そう悩んでいる風に見せて二人の様子を伺おうと思ったのだけど。

「――あれ、遊真だ」
「あ、噂の?」
「そうそう、ちょっと行ってくる」

 かすかにそんな声が聞こえて、気づかないのもおかしいかと顔を向けた。予想どおり、苗字先輩がこちらへ歩いてきていて、目があった瞬間ににっこりと笑顔。

「おつかれ、遊真」
「うん、おつかれさま」
「ランク戦帰り?」
「そうだよ」

 そんな会話の中で自然に財布を取り出す苗字先輩。そうしてお金を自動販売機に入れておれに笑いかける。

「今度またランク戦してね」
「……先払い?」
「そうそう、人気者だから予約しておかないと」
「わかった、ありがとう」

 お礼を言えば苗字先輩は「どういたしまして」と笑う。いつもだったらそのまま素直におごられるんだが――さっきの話を聞いたあとでは、どうにも静かにしていられなくて。

「苗字先輩は優しいな」
「――へ?」
「いつもおごってくれるし」
「え、あぁ……まぁほら、先輩だしね、一応」

 普段そんなことを言わないからか、苗字先輩はぎょっとした雰囲気だ。けれど『おごってくれるから』という理由に納得したのか、ぎこちない笑顔を浮かべながらもつらつらと言い訳を続ける。

「それにランク戦っていう見返りもあるわけだし」
「あんまりできてないけど」
「あー……それはまぁ、しょうがないよ。お互い予定もあるわけだからさ」
「苗字先輩は損してないか?」
「いや別に、ジュースくらいで気にしないし」
「うん、だから優しいなって話だ」

 我ながら大袈裟だとは思うが食い下がってみれば、苗字先輩は困った様子。なかなか返事がなくて、あー、だのえっと、だの言うものだから、とりあえずおれはジュースを買う。ごとん、と落ちてきた一本を拾い上げて、話の続きだ。

「別に、そんなに否定しなくてもいいんじゃないの?」
「えぇ? いや、だってさぁ」
「照れてるのか」

 確信を持って訊けば、いよいよ折れたらしい苗字先輩は視線を逸らして小さく呟く。

「……いやまぁ、そりゃ、ちょっとは照れるけど」
「そっか、かわいいな」
「っ、え!?」

 にっこり、苗字先輩を真似て笑顔を返す。
 一度しか言わなかったおれの「かわいい」はしっかりと届いたようだ。驚いた顔のあとでまじまじと、聞き間違いかと疑うようにおれを見つめている。
 けれど年上、先輩にあまり「かわいい」と言いすぎるのもよくないだろう。引き際が肝心だと、おれはジュースを片手に手を振る。

「ジュース、ごちそうさま」
「え、あ、うん」
「それじゃあ、またな」
「――待って!」

 言うことは言ったしと満足して帰ろうと思ったのに、引き止めたのは苗字先輩だ。どうしたのかと足を止めれば、苗字先輩はしばらく視線を泳がせた後で、おれを見据えておそるおそる口を開く。

「あ、りがと?」

 それは優しい、と言われたことに対してか、かわいいと言われたことに対してか。
 どちらにしても「ありがとう」と言うならきっと、おれが言ったことを受け入れたということで。

「うん、やっぱりかわいいな」
「……そ、それはもういい!」

 ――ちょっとだけ、ウソ。照れはするんだろうけど、満更でもないようだ。
 帰る間際でふと、視界の隅にさっきの男が見えた。おれ達のやり取りをどう眺めていたかは知らないが、複雑な気持ちだったらしい。少しだけ眉間に皺が寄った表情のままでおれを見るもので、ついおれは笑顔を返してしまった。
 おれに、先輩を口説くチャンスをくれてありがとな。なんて、直接は言わない。

強かに狙う獣の目

(いつでもその時を待っている)(#好きな人がブスって言われてるのを見たお相手の反応 から着想を得ました)
 

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