プロローグ
 誰にだって、将来の夢はあるのだろう。アイドルになりたい、スポーツ選手になりたい、医者になりたい、教師になりたい、エトセトラ。
 けれど十五になった私には、特にこれといった夢がなかった。学年上位になるくらいには勉強できたけど、学者になる気はないわけで。スポーツは、体育の評定が最低限もらえるくらいで得意じゃない。音楽、美術、ほか様々、楽しいし嫌いではないがそこからなりたい職業は浮かんでこない。
 好きなものを職業に、とも考えた。けど私が好きなものと言えば漫画とかゲームだし、漫画家なんて芸能人みたいなものだから論外。ゲームで遊ぶのは好きだけど、ゲームを作ろうとまでは考えないし、お手上げだ。
 高校に行ったら、そうしてもっと勉強したら、私にも将来の夢ができるだろうか。

 とは言え学年上位なものだから、受験目前の面談でも担任は余裕顔。金子なら、六頴館も問題ないでしょうと。ここまでの成績と内申があれば、前期での合格も視野に入る。そんなこんなで私はのんびりと中学三年生を満喫していた。
 だからだろうか、秋の終わりになって友人が私をボーダーに誘ってきた。高校受験に余裕があると見込まれて、一緒にボーダーに応募してくれないか、と。彼女の志望は三門高校。現状維持さえできれば問題ないと、私同様に信頼されているらしい。

 四年ほど前の大規模侵攻以降、三門市を近界民から守り続けている組織、ボーダー。三門市においてボーダー隊員はヒーローであり、アイドルみたいなものでもある。
 嵐山隊なんかがいい例で、そんなものに自分がなれるだなんて想像できなかった。けどまぁ、応募してみるだけいいかな、なんて。ほら、よくあるじゃない。友達に誘われてオーディションに応募したら、自分も受かっちゃった、みたいなの。
 家族も、まさか私がボーダー隊員になれるだなんて思ってもいなかったんだろう。受験前だし、二学期期末のテスト結果が良ければ書類を書いてくれるとの条件。言うまでもなく、私は苦労せずにその条件をクリアした。

 結論から言おう。事実は小説より奇なり、だ。採用通知が来てびっくりしたし、家族も若干失敗した、って顔してた。友人も合格して、私たちはそろってボーダー入隊が決まったのだ。
 年末も目前。仮入隊手続きを行えば、渡されたのは訓練用のトリガー。ワクワクした気持ちを胸に年を越し、あっという間にはじまりの日がやってくる。

「沙智、トリガー持ってきたよね?」

 友人の問いかけに、私は「もちろん」と答えつつ自分のトリガーを取り出した。仮入隊式で配布されてから、言われたとおり肌身離さず持っている関係者の証。友人は友人で、自分のトリガーを取り出して通路入り口の脇にあるタッチパネルにかざす。
 ボーダー本部基地に入るための連絡通路は何ヶ所か存在している。そのどれも、通路の扉を開くにはトリガーが必要だ。『関係者以外立ち入り禁止』だから、関係者かどうかをトリガーで判別しているらしい。――そう、今の私たちはもう『ボーダー関係者』なのだ。
 ぴぴ、と電子音のあとに目の前の扉が開く。友人と共に中に入れば、少しして、背後で扉が閉まる音。広いのだろう、その音は通路内にわずかに響いている。

「中に入っちゃえば、換装してもいいって言ってたよね」
「しかも入隊式、訓練生は隊服で参加、だったよね」
「つまり……」

 にまり、と互いに顔を見合わせて笑う。さっきからワクワクが抑えきれない。表情を見るに友人も同じだろう。
 頷き合って、私たちはトリガーを握ったまま口を開く。

「「トリガー、起動!」」

 私たちのユニゾンに、トリガーは応えた。ボーダーにおいては“換装”と呼ぶらしいが、気分はまさに、ヒーローへの“変身”だ。頭はそのままなのに、手足から身体全部が自分じゃないものに置き換わる不思議な感覚。なんだか無敵の自分になれちゃいそうな。
 私たちの門出の日、一月八日。今日は、ボーダー隊員正式入隊日だ。


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