なんだかんだとランク戦が楽しくて、私たちは合同訓練以外でも頻繁にボーダーへ通うようになっていた。けれど一月下旬ともなれば、そろそろ受験に向けて神経が尖ってくる人多数。私と友人は自然と、学校内でボーダーの話をしないようにしていた。
だから、私も友人も普通に過ごして、お昼休みを迎えた後のこと。
「沙智、ちょっといい?」
私はちょうどお弁当を食べ終わったところだったので、空のお弁当箱を片付けながら友人を見やる。普通に話を待っていたのだけど、友人もまた私を見るだけ。痺れをきらしたのか友人は、トイレ行こうよ、とだけ言って立ち上がる。
「なに、いいけどさ」
「ちょっと確認したいことが――」
友人がそう切り出したのと、喧噪のどこからか悲鳴のような声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。異常を感じさせる声色、その発信源を探している内、教室の窓の向こうで空がじわじわと黒に染まっていくのに気づく。
「なにこれ……」
「沙智、これってまさか……」
――大規模侵攻について説明があったことは記憶に新しい。
近々、近界民からの大規模侵攻が予測されていること。訓練生は実戦でのトリガー使用が禁止されているが、市民の避難や救助支援時のみトリオン体の使用を許可する、と。あの通達は本当に、この異常事態を予測してのことだったのか。
警報がけたたましく鳴り響いている。大規模なゲート発生、直ちに避難せよ、と繰り返される緊急アナウンス。この教室だけじゃない、隣の教室や廊下、あちこちからざわめき声が響いてくる。
「ちょうど沙智と相談しようと思ってたけど、先に実践が来ちゃったね」
「これ、学校で換装するのちょっと恥ずかしくない?」
「言ってる場合?」
窘められて、アイコンタクト。私たちはお互いにトリガーを握って声を上げる。
「「トリガー、起動!」」
私たちの掛け声に、クラスメイト達のざわめきが一瞬止んだ。換装した私たちの姿を見て、ボーダー、と小さく呟いている。
「みんな、避難するよ!」
「シェルターに移動しなきゃ!」
恐慌状態寸前だったクラスメイト達が、私たち“ボーダー”の声を聴いて落ち着きを取り戻したようだ。さらには慌てて現れた担任が「避難するぞ! 廊下に並べ!」と声をかけるので、クラスメイト達もざわめきながら教室を出る。
私と友人は担任に声をかけ、自分たちは市民の避難や救助支援に向かうからと断った。了承を得た後、私たちは学校から飛び出す。
「沙智、どうする?」
「時枝先輩に言われたじゃん。市民は、ボーダーがいれば安心するって」
「ってことはさっきみたいに、避難の呼びかけからかな」
「本部の周辺、絶対ヤバそうだもんね。とにかく市民の人たちを警戒区域から離れさせないと」
オーケー、と友人の了承を確認して、私たちは学校から一番近い警戒区域の境界を目指す。もちろん、それまでにも私たちは避難を呼びかけ続ける。
そう走り続けて、警戒区域と市街地との境目まで来た。学校付近はまだ明るかったけど、ここまでくると本部を中心にどす黒い雲が広がっていて薄暗く、気味が悪い。
「緊急事態です! 避難をお願いします!」
「警戒区域から少しでも離れてください! お願いします!」
一生懸命に呼びかけるいっぽうで、避難が大変そうな人を手伝っていく。足の悪いおじいちゃん、赤ちゃんを抱えたお母さん、最近怪我をしたばかりなのか松葉づえをつくおにいさんに、留守番をしていたのか一人で一生懸命弟妹を避難させようとする女の子まで。
「大丈夫、手伝いますからね」
「大丈夫だよ。シェルターに行って、お母さんを探そう」
一番近くのシェルター辺りにまで避難させ、再び警戒区域の近くまで戻って、を繰り返す。トリオン体だから疲れはない。
とはいえ身体は疲れた感じがしないけど、心情としては気が滅入りそうだ。
「沙智! あれ!」
友人の焦ったような声色。指さした先を慌てて振り返ると――本部基地に、巨大な空飛ぶ近界民が特攻を仕掛けていた。
ちかりと小さな光が見えて、大きく破裂。数秒の間を置いてから地面が割れてしまったんじゃないかと疑うほどの激しい爆発音が響いてきた。普段、警戒区域から聞こえてくる爆発音とは迫力が違う。まるであの近界民の体全部が爆弾だったみたいな勢いだ。
「……え、すごい。あれでも壊れないんだ」
「さすがボーダーだね……」
三門市にそびえたつボーダー本部基地はとても大きい。それこそ、警戒区域から離れて避難誘導している私たちの目でも簡単に捉えられるほどだ。
つまり今の爆発は住民たちにも見えていて、さらには、本部基地がビクともしていないことも見えているハズなのだ。
「大丈夫です! 本部基地はビクともしていませんよ!」
「他の隊員たちが近界民討伐に当たっています! みなさんも避難しましょう!!」
いつもより激しい爆発音は、これもまた一部の半パニック状態だった市民の間に轟いたのだろう。驚きのあまり一度呆然とした市民は、私たちの声にはっと我に返ったようにして避難を再開しだした。
そうして呼びかけを続け、避難を促し、手伝いを続けてどれくらい経ったか。およそ避難も済んだだろうと友人と辺りを見回している時だった。
これまで避難を呼びかけ続けていたアナウンスの声色が変わる。内容が変わったのだろうと、私は耳をそばだててアナウンスに集中する。
『避難の遅れている東部より、隊員合同部隊が近界民討伐に向かいます。住民の皆さまは引き続き避難してください』
付近には市民がもういない。この辺りはほとんど避難が済んでいるハズだ。ならば、正隊員の人たちはここには来ないのだろうか。
私たちと同じようなことを考えたのだろう。次にどうするべきか、迷った訓練生たちがじわじわと集まってきた。名前は知らないが、顔はなんとなく合同訓練やランク戦で見た記憶がある人達ばかり。それは向こうも同じようで、まるで顔見知りとでも話すように私たちは情報交換をはじめる。
「今の、どういう意味だろう?」
「っつーか東部ってどっちだよ」
「ここは基地の西側だから、ちょうど反対じゃない?」
「みんな四中の人?」
「俺たちは三中」
情報をまとめると、まず私たちの所属する三門市立第四中学校は基地から見て北西部にある。ちなみに三中は南部だけど、分担して誘導している内に北上してしまったとか。それはここに集まってる四中生も同じで、都市部を誘導している内に南下しており、現在のここはおよそ基地西部だろう、と。
さらには他の訓練生の目撃情報によると、西側の警戒区域は一部更地みたいになってしまっていて、近界民がいなかった、とのことらしい。そうなると、避難が遅れているという東側に近界民が向かっている可能性はある。
「正隊員の人、うちらの方には来てくれないってことかな?」
「近界民がいないのに来てどうすんの」
「東まで手伝いに行った方がいいのかな?」
場の空気がなんとなく、避難の遅れている地域を手伝いに行こうか、という雰囲気に。
最中、警戒区域の方から知らない人が一人歩いてきた。ゆるっとした白いパーカーを着たその人は、平然とした表情で私たちの顔を端から端まで見まわす。
「きみたち、四中の訓練生?」
「あ、俺たち三中っす」
「そう。本部長からの指示で、君たちの保護にきた」
マイペースなその男の人は、指示を出して私たちを並ばせる。この場にいるのは私たちを含めて十人程度。数え終わったその人は――はぁ、とため息をつく。
「このまま三中の方を回って東に向かうから、ついてきて。途中で市民を見かけたら、対応よろしく」
小さく、めんどくさい、と聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。この大規模侵攻の切迫した中で、ずいぶんと気が緩むような雰囲気の人だ。誰だかよく知らないけれど、これだけ余裕があるのだから強い人、なのだろうか。
他にも興味を持った人がいたのだろう。名前を教えてください、と言った訓練生にアモウ、とだけ答えると、やっぱりマイペースに歩き出すその人。私たちは大人しくアモウさんに引率されるまま移動していく。
アモウさんは定期的に私たちの足を止めてその場に待機させた。近界民が近くにいるから、少し待てと。訓練生は戦闘を禁止されているので、アモウさんが討伐に向かっているらしく、移動はひどくゆっくりとしたものだ。
その途中で暗雲が晴れた。近界民が撤退したようだとアモウさんは言う。そのまま、今度は住民救助を手伝うために、三門市南東部へと向かうのだった。