入隊してからの数日はあっという間に過ぎていった。なにせ朝から学校に行って授業を受け、放課後はボーダー、夜には帰宅してと忙しいのだ。部活もとっくに引退していたから、久々の忙しさにオーバーヒート寸前だ。
そんなこんなで週末は家で休息もしつつ。もちろん、受験に備えて勉強するのも忘れずに。そうしてまた英気を養って迎えた月曜日は、再び合同訓練が行われる予定だ。
集合場所は訓練室ホール。この前の入隊式の後に連れていかれた場所だった。
「今日の合同訓練は戦闘訓練だ! まずは、入隊日と同様に近界民との戦闘訓練を行うぞ!」
今日も監督は嵐山隊が行うらしい。爽やかな嵐山さんの掛け声と、時枝先輩、木虎さんの誘導。案内された訓練生達はぞろぞろと各訓練室へ自然に別れていく。
私は友人と近くの訓練室前にできた列へと並んだ。前よりは人が多く、同期以外の訓練生も参加しているからだろう。順番はまだ先のようだ。
「沙智、今度は私が先に行くよ」
「え? いいけど、いいの?」
「先に終わらせて、私は沙智の戦いぶりを観戦しようかな〜と」
「うわ、いいよ見ないでよ」
じゃれている内に順番が回ってきて、友人はさっさと訓練室に入っていく。ここからだと、友人がどんな風に戦ってるかは見えづらいんだよな。と、思っている内に決着したらしい。記録、四十二秒とのアナウンスが響いて友人が出てくる。
「早くない?」
「順当でしょ。次、頑張れ〜」
友人は足早にホール上の階段へと昇っていく。私の訓練を見逃さないようにしてくれているわけね。ありがたいけど、そんな気合入れて見られるの、ちょっと恥ずかしいな。
まぁ笑われないように頑張りますか、と私もまた訓練室へと足を踏み入れる。見上げれば、この前と同じ巨体がぎょろりと私を見下ろした。
「どうしようかな……」
開始、のアナウンスがかかる。私はとりあえず、この前できなかったことをやろうと思い立つ。つまり――壁を踏み台にして、近界民の背中に乗ったのだ。
「これ、絶対硬いなぁ……」
踏んだ感覚だけでわかる。この近界民、本当に全身が硬そう。だから前回はカウンターを狙ったけど、今回はできれば安全な方策をとりたい。
と、考えている内に近界民が大袈裟に身体を揺さぶる。背中にいる私を振り落とそうとしているのだろう。こいつ、首から上は案外柔軟に、俊敏に動くんだな。まぁだからこそ、地面にいた獲物に食いつこうとする動きは素早かったんだろう。
「……だとして、どうしようこれ……」
友人があっという間に近界民を撃破できたのは、友人のトリガーが弾丸系であることと、友人が動きながら的を狙えるだけの技術があるからだろうということに思い至る。
狙うべきはあの目玉のようなもの。おそらくあれがこの近界民の核なのだ。それを壊すことを考えた時、リーチを考えれば弾丸系の方が比較的やりやすいはず。近界民の攻撃さえ避けられれば、核を狙って集中的に撃つことによって壊すまでそう時間はかからないのだろう。
だとしたら、リーチのない剣で倒すにはどうすればいいのか?
「……やっぱりあの時の空閑くん、凄かったんだな……」
空閑くんのこれまでの記録を見ていればわかる。空閑くんは動きが速い。それでいて、相手の攻撃も、自分の攻撃がどこに届くのかも完全に見切っている。だから敵の眼前にとびかかるなんて非常に危険な真似を、あれほど安全にやってのけたのだ。
「っ、と」
考えている間にも激しく暴れる近界民に、いよいよ勢いよく振り飛ばされてしまった。私は受け身を取ろうと、宙に浮いたまま反射で体勢を整える。それはまさに、合同訓練からランク戦まで繰り返し練習していた壁キックの応用だ。
いつの間にやら感覚が身についていたようで、流れで訓練場の壁に着地――いや、着地とは言わないかもだけど――してしまった。足はしっかりと壁にかかっていて、いつでも蹴れる。ならば移動も容易い。見据えるは眼前の近界民の核で、高さも十分だ。
「よし」
思い立ったが吉日。私は弧月を握りなおし、勢いよく壁を蹴った。近界民は飛び掛かる私を避けようとして顔を逸らすが、それも予想済み。私の弧月の剣先はしっかりと、近界民の中から核を抉り取るように軌跡を描く。
『――終了。記録、一分二秒』
うわ、惜しい。一分切れなかったとは。
まぁ前回の記録を思えば、ランク戦を経て少しは上達してると思うべきだろう。私は訓練室を出て友人の姿を探し、とっととホール上の席へと移動する。
「おつかれ、沙智。普通によかったじゃん」
「ほんと?」
「攻撃手、って感じの動きだった」
弧月を使っている今の私にとっては誉め言葉だ。ありがと、と言いつつ私は友人の隣に腰を落として一息つく。
訓練室を見下ろせば、いまだたくさんの列をつくる訓練生たち。あとどれくらいかかるんだろうか。そう思っただけなのに友人は次だよ、と私に囁く。
「え?」
「二号室」
言葉少なに友人は視線で二号室を示す。倣ってみれば――なるほど、空閑くんの番だ。
「別に、そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「いいじゃん。ほら、生で見れるいい機会だよ」
友人はそう言うけれど、これだけ遠いとよくわからないんだけどな。まぁ、それでも気になるから見るんだけどね。
なんとなく周りもざわついているような気配がする。もしかして、空閑くんのウワサを知っている人たちだろうか。新入隊員は空閑くんの凄さを目の当たりにしているわけだけど、他の訓練生もまた空閑くんに注目しているのかもしれない。
なんて、考えている間に訓練終了のアナウンスだ。
「終わったね」
前回見ている私としては、もはや驚きもなにもない。友人もうわ、と若干引いたような声を上げたくらいで、記録に対してはあまり感慨もないらしい。
しかし、さすがに周りはそうもいかなかったようだ。きっとウワサだろうと話半分に聞いていた人たちもいたはず。それがまさか、本当だと証明された目の前の記録を前に動揺せざるを得ないのだろう。ざわめきが起こり、あちこちからひそひそ声やら感嘆の声が聞こえてくる。
「ランク戦やったあとだと、余計に少年の凄さがわかるね」
友人はポツリと呟く。同感だ。そう言う必要すらないだろうと、私はため息で応える。
訓練室からでてきた空閑くんは、またしてもなにやら囲まれている。けれど空閑くんは特に喜ぶでもなく浮かれるでもなく、彼らを適当にいなしつつ人込みから出ていく。
「声、かけてくれば?」
黙って私が空閑くんを眺めていることに想う所があったのだろうか。友人は、そんなことを言ってのけた。
「なんて言うのさ」
「あなたのファンです! って」
「だから? って感じでしょ……」
急にファンです、なんて言われたって何事かと思うだろう。ボーダーのアイドルである嵐山隊ならまだしも、相手はまだ入隊したての訓練生だと言うのに。
そんな他愛のない話を続けている内に号令がかかった。訓練生たちはどうやら全員戦闘訓練が終わったようで、皆それぞれにホールの席を陣取っている。
「今日は、訓練生の皆に大切な話がある」
例えるなら、アイドルがこれから引退宣言を行う直前。妙な雰囲気に訓練生はしんとなり、ホール中央に並ぶ嵐山隊を見つめる。そう視線を集めても怯むこともなく、嵐山さんは真剣な表情で口を開いた。
「現在ボーダーでは、近いうちに大規模な近界民侵攻が起きると予見している」
ホール中の訓練生が一斉にざわめく。多くの訓練生は四年前の大規模侵攻のことを覚えているだろうし、動揺するのも当然だ。私自身、まさか、という思いとなんとも言えない恐怖が湧き上がる。
嵐山さんは、訓練生の動揺も意に介さない。凛としたまま、ハッキリとした声で訓練生の動揺を鎮めつつ話を続ける。
「ボーダーも今、対策のために万全を期している。四年前と同じ悲劇を繰り返すわけにはいかない」
「そのために、皆さんにも協力していただきたいことがあります」
嵐山さんの話を引き継いだのは木虎さんだ。木虎さんの声も、嵐山さんと同じように凛としていて、ホール中に響き渡る。
「訓練生は、訓練以外でのトリガー使用を禁止されています。そのためボーダー本部の外でトリガーを使用することはできません」
木虎さんが話す内容は、仮入隊時にトリガーを配布された時と同じだ。決して外でトリガーを使ってはいけない。トリガーを使っていいのはボーダー本部に入る時、本部内での訓練のためだけ。
「ですが来たる大規模侵攻に備えて、訓練生でも緊急時のみ、トリガーの使用を許可することになりました」
「ただし! トリガーを使った戦闘は禁止だ」
木虎さんのトリガー使用許可の宣言に被せるように、さらに嵐山さんがきっぱりと宣言する。訓練生たちの動揺は続いていて、各々で大規模侵攻と限定的なトリガー使用の許可について話しているのだろう。
説明を補足するように声を上げたのは時枝先輩だ。
「キミたちには市民の避難誘導や救助支援を担当してもらう。隊服はボーダー隊員としての目印になるし、市民もボーダー隊員がいるとわかれば安心するからね」
「訓練生たちの重要な任務だ。その時がきたら、心してかかってくれ!」
嵐山さんはそう話をまとめると、今日はこれで解散だと号令をかけた。
集会の緊張感が緩んで、訓練生たちのざわつきは激しくなる。今告げられたばかりの大規模侵攻について話題にしているのだろう。それは私たちも例外ではない。なんとなく顔を見合わせつつ、必要もないのに声を潜めて友人を伺う。
「ボーダーがあぁ言うってことは、確実なのかな」
「だろうね……沙智、どう思う?」
「正直ちょっと怖い」
「だよね。私も」
不安から、次に振るべき話題も見つけられない。なんとなく息苦しい空気の中、私はぼんやりした怖さを誤魔化すように友人をランク戦に誘うことにする。
考え込んで気が滅入る前に、身体を動かしてしまおう。少しでも考えを前向きにするべく、考え込んで腰が重くなっている友人を、ランク戦ロビーへと引っ張っていった。