エピローグ
 三月早々に私たちはまた運命の日を迎えた。高校受験、後期日程のその日だ。

「は〜、終わった終わった〜」
「お疲れ〜。あとは結果を待つだけだね」

 夕方になって、六頴館の後期試験を終えた友人から唐突に呼び出さた。いわく「ボーダーに行くから着いてきて」と。珍しい誘いだとは思ったけど、私は言われるがままに合流し、ボーダーへの道を友人と共に歩く。
 とにもかくにもあとは神のみぞ知る。やり切ったような友人に少し安心していると、友人は唐突に話を切り出した。

「沙智には言っとこうと思ったんだけどさ」
「……ん、なに?」
「受験の結果がどうであれ、ボーダー続けていいって言われたよ」
「え!? ほんと!? おめでとう!」

 思わず祝ってしまったけど、友人は苦笑いで「気が早いでしょ」なんて言っている。まぁ確かに、まだ受験の結果が出たわけではないのだからお祝いには早すぎる。
 けれどそもそも、友人が六頴館に挑戦する理由はボーダーを続けたいからだったわけで。そう一つの目標が達成できたとなれば、やっぱり嬉しいことだ。
 だからと自然と頬が緩んでしまう私。一方で友人は急に真面目な表情で呟く。

「だからさ、私も強くならなきゃ」

 そう宣言した友人は、不思議なほどに真剣な表情だった。受験中に何かあったのだろうか。どうしたのかと返事もできずに伺えば、友人は自嘲気味に笑った後で私を見やる。

「ごめんね、沙智」
「――え?」
「私、ちょっと後悔してたんだよね。沙智をボーダーに誘ったこと」

 友人の口をついて出たのは謝罪の言葉。つまりは『私をボーダーに誘ってごめん』と。

「大規模侵攻があった時、ホントに思った。死んじゃったのも、攫われたのもボーダーの人だったでしょ。そんなところに友達誘っちゃって、私、バカだったなって」

 暗くならないように、自嘲の笑いを交えながらも友人の独白は続く。
 過去の大規模侵攻ではたくさんの市民が攫われて、死んでしまった。そこへ現れたボーダーは近界民へと対抗する術を持っているという。戦うことが、できるのだという。
 友人はずっと憧れていたらしい。何もできないままが怖かったから。それで、危ないからと家族に反対され続けていたのを、高校入学を目前にして再度説得したのだと。
 ボーダーの戦闘員は、訓練と育成のために学生を勧誘している。若いほどに才能を伸ばせる、という話も聞く。だから中学生最後の年、ここがチャンスだとボーダーの門戸を叩いたと。

「皆が受験に頑張ってる時に、一人だけ違う所に行くような感じで……怖かった。沙智は受験前でも全然ピリピリしてなかったし、だからダメ元で誘ったんだよ。嬉しかった。応募してくれたのも、一緒にボーダーに採用されたのも」

 私はただ、友人の話を聞くしかできない。相槌を打つことすら気が引けるくらいだ。
 それでも、一人だけ違う所に行く怖さはわかる気がした。誰かの、将来あんな風になりたい、とかそういう話を聞くたび、私にも焦る気持ちがあったからだ。
 たぶん、みんなが行く先を決めている一方で、自分がどこに向かっているのかわからなかったから。わからないままに一人で違う方向に向かっているような、そんな足元の覚束なさが不安で……怖かったんだと、思う。

「大規模侵攻の時は本当に、沙智になにもなくてよかったなぁって思ったよ。それで私ももっと強くならなきゃなって思って、家族を説得するためにも受験頑張らなきゃって思ってたのに……」

 ふと話を切って、友人が私を見る。困ったような、けれど嬉しそうな、変な笑顔を浮かべて。

「沙智は沙智でやる気だしてるし、空閑くん目指してどんどん強くなってってるし。ちょっと安心したよね」

 口にできたのは、「なにそれ」なんて揶揄うつもりの相槌だけだ。笑ってしまえば友人も少しだけ吹き出して、それからまた真面目な顔で私を見つめる。

「次、なにかあった時は沙智の力になる。それで許してくれないかな。付き合わせちゃったせめてものお詫びで」

 ――ばかだなぁ、なんて。どうしてそんなに申し訳なさそうにしてるんだろ。

「別に、そもそも怒ってないよ。許すとかそういうんじゃないし……っていうかむしろ感謝してるよ。誘ってくれなかったらボーダーに応募しよう、なんて考えなかったと思うしさ」
「そうなの?」
「そうだよ」

 私にはこれといって将来の夢というものがなかった。正直、今でも見つかっていない。どういう職業に就きたいかとか、そんな将来のビジョンはやっぱり見えてこない。
 それでも新しい世界を見つけられたのは友人のおかげだ。これまでの私には高校という次の世界しか見えていなかった。けれどもう一つ、ボーダーという世界も見つけた。そうやって私に選択肢を増やしてくれたのは、友人の誘いがきっかけなのだから。

「だからお詫びじゃなくてさ。ボーダーの応募に付き合ったわけだから、今度は私に付き合ってほしいんだけど」 

 私はいよいよ、大規模侵攻を経てボーダーを続けると決めた時から温めていた提案をする時が来たらしい。「なに?」と不思議そうに私を訊ねる友人に、一度深呼吸してから話を持ち掛ける。

「私と部隊組もうよ。部隊組めばできること増えるし、B級ランク戦にも参加できるんだよ? 私、空閑くんと部隊戦でも戦ってみたい」

 我ながら現金だとも思うけど、正直な気持ちだ。部隊を組めば隊室がもらえるし、防衛任務も部隊単位でシフトに入れる。何より、これまでずっと見てきたB級ランク戦に自分たちも参加できるというのは魅力的じゃないか。ずっと見てきた先輩たちと――空閑くんとも――戦えるんだから。
 私の提案を聞いた友人は、まるで鳩が豆鉄砲を食らったように固まってしまった。あれ、ダメだったかな。手応えなしか――と、思いきや、友人は盛大に笑う。

「――っははは! もう、沙智、ここにきてまた空閑少年の話出すとかさぁ」
「な、なによ。いいじゃん、私の目標なんだから!」
「まぁでも、部隊に関しては大歓迎。っていうか私から誘おうと思ってたのに、先越されちゃった」

 友人は呆れ交じりの笑顔で応えてくれた。よかった、これでまた少しボーダーでの未来が見えてきた。友人と私。あとはオペレーターの人と、できればあともう一人くらい誰かを見つけて部隊を組めれば……ずっと見てきた、スクリーンの向こう側に行ける。

「私、空閑くんが好きだからさ。絶対追いつかないと!」

 未来の展望が開けて浮かれるままに口を滑らせてしまった。友人がまた、え、と驚いたような顔を見せる。ちょっと、なにそれ、本当に好きだったの、なんなの。そんな友人の怒涛の質問をかわしながらも、私は向かう先、ボーダー本部基地を見つめて心を決める。

 十六になる私には、手を伸ばしたい目標ができた。だから私の青春を、空閑くんに懸けるのだ!

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