有名な文学よろしく私は猫である、らしい。もちろん猫の私に名前はない。
だが、そもそも私は人間だったはずなのだ。それなのに今はどうしたことか猫になっている。気づいた時には見下ろしたところに猫の前足が並んでいて、(なんで?)という疑問がにゃぁんという鳴き声で響いたのだ。
(そして、ここはどこ?)
現実に抗いたくて呟いた疑問は、続けてにゃあ、と響くばかり。
しかし間をおいて、なんの前触れもなく地響きがして私は飛び上がる。本能からか全身を緊張させた私は、四つ足をしっかりと地にかけ、ともかく辺りの様子を伺った。
空は煙っていて、遠目にもあちらこちらに立ち上る筋のような黒煙が伺える。辺りには瓦礫が寄り添うように積み重なり、場所によっては地面が大きく抉れた痕。
――まるで、戦地真っただ中じゃないか。
どうやらそれは間違いではなかったようで、再び唐突に地響きが轟く。私は本能のままに駆け出した。ともかく、地響きとは反対の方へ。
夢の中だからか、私は勝手のわからない猫の姿であっても自由に駆け回ることができた。おかげで命からがら走り続けるばかり。逃げ惑う最中に擦り傷を負い、避けきれず爆風に吹き飛ばされ、瓦礫に身体を打ちつけながら。
痛くて、怖くて、泣きたい。けれど一向に夢は覚める気配を見せない。
(どこか、逃げたい、もうやだ、こんなの)
思わず零した弱気な鳴き声も、爆音にかき消されていく。なんて嫌な夢だろう。
必死で逃げ続けた私は、ふいに瓦礫の山にできた小さな隙間を見つけた。……猫の私なら、この中に隠れられるんじゃないか。もしかしたら爆撃が落ちてくるかもしれないし、そうして崩れるかもしれない。それでも、この身を戦場に晒し続けるよりはよほどいいと覚悟を決める。
私は隙間に身体を滑り込ませて丸まった。怖い、怖くてたまらない。けれど周りが瓦礫で覆われているからか、不思議な安心感があって私はただ耐える。
そうして潜り込んで震え、どれくらい経ったのだろうか。ふいに光が差し込んで、周りが明るくなるのを感じた。頭上からゆっくりと瓦礫がどかされ、同時に「おぉ」と誰かの声が降ってくる。
「おまえだな。ずっとうろちょろしてたやつ」
見上げれば、顔を覗かせたのは黒髪の少年だった。逆光の中でも際立つ、紅く輝く瞳が私をじいっと見つめる。なんだか、怖い。そう動けない私を見かねてか、少年はゆるりと腰を落としてから私にそうっと手を伸ばす。
触れられる瞬間、怖くて、びくりと身体が震えてしまった。少年の指先も同時にぴくりと震える。けれど少年は改めて手を伸ばし、じっと蹲る私の身体に触れる。柔らかく、優しく。
(……あったかい)
その呟きは、みゃぁ、とか細い鳴き声で響いた。少年は私を落ち着かせるかのように繰り返し、頭の後ろから背中までを撫でてくれる。恐怖で冷えきっていたらしい身体に少年の温もりが静かに沁みていく。
そうして私はようやく、いつの間にか爆音がすっかり止んでいることに気づいたのだ。
「さて、どうするか」
代わりに落ちてくるのは少年の困ったような声。ようやく緊張が緩んだ私は、おずおずともう一度少年の顔を見上げる。
――私は、この少年を知っているのではないだろうか。
じぃっと少年を見上げると、少年もまた私を見下ろす。けれど――私が猫だから当然ではあるけれど――言葉を交わすこともなく、されるがままに撫でられるばかり。
そう見つめ合っていると、少年の背後から妙な声が聞こえてきた。抑揚があるのにどこか機械のような、不思議な。
『ネコだな。この辺りに住んでいたのなら避難先に飼い主がいるかもしれない。連れていこう』
「うん、わかった」
(……まさか?)
私の疑問は、さっきよりしっかりとした鳴き声でみゃあと響く。それをどう感じたのかは知らないが、少年は「大丈夫だぞ」なんて声をかけながらも私を抱き上げた。
「おまえの主人のとこまで連れてってやるから、おとなしくしててくれ」
『今、ユーゴに連絡した。行こう、ユーマ』
「うん」
――私はもしかして猫になっただけでなく、空閑遊真少年とレプリカに拾われたのでは?