「親父、こいつだよ」
「お、かわいいヤツだなぁ」
遊真くんに抱っこされたままの私。その頭を撫でくりまわす、遊真くんが『親父』と呼ぶ人。初めて見る顔ではあるけれど、この人が空閑有吾さんらしい。
さらに状況を補足すると、私をここまで連れてきた遊真くんは黒髪だ。私を抱える左手の人差し指にはブラックトリガーが嵌められていない。連れているレプリカは、まんまる炊飯器がぷかぷかと浮いているよう。
つまり推測するに今は、昔の遊真くんが参加していたというカルワリアの戦争時代。
「おれ、ネコの本物なんて初めてみた」
「家畜ならまだしも猫とは……珍しいな」
そしてカルワリアでは私のような猫は珍しいと。だから遊真くんに抱っこしてもらって、有吾さんに撫でくりまわされるほどに可愛がってもらってるのだろうか。
ぼんやりとした記憶が確かなら……近界の国というのは人が少なく、土地ほか環境もマザートリガーによる、とかいう話だったような。そうなると資源を確保することも容易ではなかった可能性が高い。
『しかし、このネコは人への警戒心がないな』
「首輪がついてるんだ、どこかから逃げてきたんだろう」
そういって有吾さんは私の首辺りを優しく撫でる。自分からは見えないが、私は首輪をしているようだ。誰かに飼われていたなんて記憶はないのだけど……いやだから、そもそも私は人間だったはずなのだけど……。
困惑しっぱなしの私だが、それは有吾さんたちも同じらしい。穏やかな笑みを絶やさないままだが、有吾さんは遊真くんに視線をやりつつ密やかに口を開く、
「……さっき避難所に聞き込みもしたが、この国の猫でもないらしい」
話を聞いた遊真くんは、途端に眉根を寄せて考える様子をみせる。
現状明らかなのはふたつ。首輪をしている以上、私は飼い猫だったであろうこと。けれど、カルワリアには少なくとも猫を飼っていた人がいないこと。
つまりは突然この国に、いるハズのない猫が現れたとしか考えられない。それって普段ならまだしも……戦争中だと余計な火種にならないだろうか。
「……じゃあ、敵が連れてきたとか?」
「可能性はゼロじゃないが……連れてくる理由がわからないな」
「スパイとか。籠城するおれたちの資源を少しでも使わせようとか」
「トリガーを仕込まれてるって感じでもない。資源を消費させたいなら……一匹だけじゃなくて大量に連れてくるだろうしな」
「なるほど。それに、その気になればこいつも食えそうだしな」
……遊真くん、今はまだ少なくとも十一歳になるかならないか、くらいじゃないだろうか。もうこの時点で戦争についてずいぶん色々と考えているんだな。っていうか食べないでほしいんだけど、大丈夫かな。
私としては、敵意はないですよと伝えたい。けれど所詮は猫なので、にゃあんと鳴き声が響くだけだ。有吾さんと遊真くんも、それを聞いたところで特に反応もない。やはり、私は二人とレプリカが話している内容を理解できるけど、私の鳴き声が言葉として聞こえる、みたいなことはないらしい。
それでもやっぱり猫だからか。有吾さんは「よし」と結論を出したようだ。
「とりあえず、しばらくはお前に任せる。レプリカと一緒に面倒をみてやれ」
「おれが?」
「そろそろ面倒をみたりできる年頃だろう。帰る家があるなら勝手にいなくなるさ。猫っていうのはそういう生き物だからな」
有吾さんは遊真くんに私の世話を言いつけると、戦場での報告があるからと言ってその場から去っていった。立ち尽くす遊真くん。腕の中にいる私を見下ろす顔は怪しんでいるようで、けれど見慣れない生き物への興味も見え隠れしている。
ふと、傍に浮いていたレプリカがなにかに気づいたように動いた。そのあと、しゅるりとどこかへ消えていく。
どうしたのかと思ったが、今度は遊真くんの背後から「ユーマ!」と元気な声が響いてきた。聞き覚えがあるような、ないような男の子の声。それから声をしたほうに目を向ければ、隣には見覚えのある女の子。
「ユーマ、ねこ! ねこがいるって」
「ん、あぁこいつだ」
「わぁ、小さいのね。まだ子どもなの? かわいい!」
我先にと駆け寄ってきた男の子は、興奮した様子で遊真くんの腕の中にいる私を見ている。それから追いついた女の子も、可愛いと私を見て満面の笑み。うわ、猫って人気者だ。
そして思い出した。二人はカルワリアにいた遊真くんの友達。名前は、確か……。
「ヴィッターノも触るか?」
「うん!」
遊真くんはそう言って男の子の前にしゃがみこむ。返事をしたのは少年のほうで、弟くんがヴィッターノという名前だったことを思い出す。ぎこちない手つきで私の背中を撫でるので、私は大人しくヴィッターノくんが満喫するのを待つばかり。
「ユーマ、次、私に抱っこさせて!」
「おう」
……すごい、猫ってこんなにもてはやされるんだ……。私が警戒する様子がないからか、遊真くんも平然と私を差し出すし、少女もにこにこしながら私を受け取って腕の中に抱えてくれる。
「私はイズカチャよ、よろしくね」
わ、猫にも自己紹介してくれた! なんと可愛い女の子だろう。
嬉しくて、よろしくねと答えたつもり。だけど変わらず私の口からは、にゃあんと鳴き声が上がっただけだ。それでもイズカチャちゃん……イズカちゃんでもいいかな……は嬉しかったようで、私を抱えてにこにこしたまま遊真くんを伺う。
「ユーマ、この子の名前は?」
「わからん」
「つけないの?」
「飼うって決まったわけじゃないんだぞ」
「いいじゃない、面倒見る間だけでも名前がないと不便よ」
イズカちゃんに促され、考えることにしたのか遊真くんはうぅんと眉根を寄せる。名前、あるんだけどな……人間の時のだけど……。まぁさすがにそれを伝える術がない以上、大人しく名付けられるしかないだろう。
「……ネコじゃだめか?」
「ねこ!」
「あのねぇ……。この子、女の子みたい。可愛い名前にしてあげようよ」
単純明快な名前を付けられそうになったが、イズカちゃんの一言で却下された。ありがとうイズカちゃん……その気持ちが嬉しいよ……。
そのまましばらく、三人でうんうん唸ってああでもないこうでもないを繰り返す。そうして最終的に遊真くんの口から出た名前が。
「……リア」
「リア?」
「うん、なんとなく」
遊真くんのインスピレーションが由来らしい。ヴィッターノくんもイズカちゃんも特に反論はない。となると、それが新しい私の名前?
リア、と自分でも音を確かめようとすれば、にゃあんと私の鳴き声が響く。それに応えるように、不思議そうな顔をした三人が私を見下ろした。
「今、返事したな、こいつ」
「気に入ったのかな?」
「リア、リア?」
ヴィッターノくんが呼ぶので、もう一度にゃあんと鳴く。するとヴィッターノくんの目がきらきらと光って「今日からリアだ!」と嬉しそうに言ってくれる。
「なるほど。じゃあよろしくな、リア」
「ねぇユーマ、はやくなにかあげようよ。喉が渇いてるかもしれないし、お腹が空いてるかもしれない」
イズカちゃんに急かされた遊真くんは「そうだな」と言って先陣を切る。私を抱えたイズカちゃんが後に続き、その周りからそわそわと私を覗き込みつつ一緒に歩くヴィッターノくん。
こうして、リアとしての私の新たな猫生がはじまったのです。