記憶を辿って今を指す
 思い返す過去の遠征。交渉の顛末からその後のことを話しはじめることにする。

「交渉が決裂した後、離脱する最中に敵の攻撃でベイルアウト発動範囲の外に吹っ飛ばされた。転送装置に嵌められて、そのまま捕虜捕獲用の場所に飛ばされたんだ」
「……それでトリガー反応がロストしたと? 捕獲用の場所とはなんだ? お前のブラックトリガーを持ってなお逃げられないような場所だというのか」

 鬼怒田さんが不審げに眉根を寄せるので、さらに情報を捕捉。

「ボーダーにある仮想訓練モードとは反対の場所かな。トリガーの反応を読み込んだ上で無効化する施設って感じだった」
「……生身の人間同士であれば、数が多いだけでとりわけ問題はなく捕獲できる、と」
「そう。それで、傭兵になればある程度の自由を保障するってことで交渉を持ち出されたんだけど、話を聞いてる間に気を失った」

 オサムを筆頭に、何人かが表情を変えた。ボスだけじゃなくて、城戸司令や忍田さん、鬼怒田さん辺りもおれの身体の事情を知っていたんだっけか。おれの推測を裏付けるように、ブラックトリガーに何かあったのか、とボスが核心をぼかしつつも口を挟むので一つ頷いて答える。

「トリガーの機能を抑制されたかららしい。戦闘でトリオンを使った後にトリオン供給まで制限されたから、そのままスリープモードとやらになったとか」
「空閑、おまえ、それ大丈夫だったのか?」
「まぁな。ただ、向こうの技術者がそれを不審に思ったらしくて、おれが知らない間に色々調べられて全部バレたんだ。それで、おれにはさらに取引条件が追加された」

 相変わらず心配ばかりのオサムの問いかけに返事をすれば、おれの零した取引の言葉にいち早く反応した城戸司令がぴくりと眉を引きつらせた。僅かに空気が張り詰める感じがしたけど、やましいことはないのだからと話を続ける。

「まだ研究中の技術だけど、治療できるかもしれないってさ。寿命は保障できないけど、開発途中の技術の被験体になるという選択肢が増えたわけだ。まぁもちろん、数年間の傭兵勤務も前提条件にあったけど」
「……戦力に拘るのには何か理由があったのか」
「敵対国と開戦する直前だったみたいだ。おれへの治療技術とか人体に扱う特殊なトリガー開発を進めてたのが原因らしい。ボーダーへの協力や停泊、支援を強い姿勢で断ったのも、とにかく他に情報を漏らしたくなかったんだってさ」

 とん、とこめかみを指先で叩く仕草を見せる城戸司令。おれの話を整理しているのだろうか。けれど視線は逸らされることがなかったので、そのまま報告を続ける。

「話を聞き終える頃には、遠征艇がとっくに転送区域から離脱したと教えられた。捕虜として施設に留まれば、トリガーの機能制限のせいでいずれ死ぬ。治療を受けても必ず助かる保障があるわけじゃなかったけど、隊長からは無事に帰還するようにと言われていたから、おれの判断で向こうの条件をのむことにした」

 隣に立つオサムの肩がぴくりと跳ねる。どうして、と言わんばかりにおれを伺うオサムこそ、おれが交渉を承諾すべきだと決めた理由だった。
けれど、無事に遠征から戻ることはあくまでオサムから下された命令であり、遠征任務――つまりは城戸司令からの命令と同義だ――にある指示ではない。おれは遠征任務を放棄してネイバーと協力関係にあったともいえる身だし、ネイバーに寝返ったと取られる可能性もあるだろう。
 ボーダー上層部はどう判断するか、が問題だ。城戸司令の反応を伺えば顔色を悟らせない無表情のままゆったりと口を開く。

「……お前が敵国へボーダーの情報を提供したのなら、規律違反にあたるが」

 ぴり、と張り詰める空気。どこの国においても、トリガー技術とは機密事項だ。

「提供してない……と言いたいところだけど、確信は持てないな。スリープ状態の時にトリガーを探られていない、とは言えない」
「意図的、あるいは取引材料として自ら情報は提供していない、と」
「もちろん。停泊時の交渉で提示した情報以外は何一つ」
「……報告を続けたまえ」

 どうやら始末書は書かなくて済みそうだ。相槌代わりに頭を下げて了解を表しつつ、早く終わらせようと口を開く。

「被験体として、生身をトリオン体で補う技術を施された。多少問題はあったけどその度に調整を続けて……それから二ヶ月くらいで戦争が始まった。調整を続けつつ傭兵の仕事もやって、一応は終戦条約が結ばれたから、その機会に国を出たんだ」
「被験体そのものが貴重な情報源だろう。向こうが簡単にお前を手放すとは思えないが」
「うむ、正確には逃げてきた、だな。もう調整もほとんど必要ないくらいには落ち着いてたし、戦後処理でごたついてる間が一番逃げやすいだろうと思って」
「それを我々に信用しろ、というのか」
「どうかな。少なくとも“貴重な情報源”をどう利用するかは、ボーダー次第だろ」

 互いに探るような視線を絡ませて、間。城戸司令は指を組むとそのまま考え込むように黙ってしまった。司令の視線の先がようやくおれから外れる。
 それを、尋問の主導権が譲られたと判断したのだろう。おそらく一番に反応するだろうと予想していたが、口火を切ったのは案の定鬼怒田さんだった。

「生身をトリガーで補っているといったな。もう少し詳しく説明しろ」

 おれは鬼怒田さんへと身体を向けつつ、右手をひらりと見せる。

「身体にトリガーチップを埋め込んであるんだ。欠損部分だけトリオン体を作り出す、って感じかな。おれは右足と左手が無事だったから、そっちの生体情報を定期的に解析して左足と右手のトリオン体を調整してる」
「生身とトリオン体を同時に操作しているということか!」
「おれはその仕組みを詳しく知ってるわけじゃないけど、たぶん」
「……つまりはネイバーフット産の義手、義足と……」

 鬼怒田さんにとってはとても興味のあるものなのだろう。今もおれの右腕を凝視しているので、試すようにひらひらと手を振ったり握ったり開いたりと見せてみる。やはり、じっくりとおれの手が動く様を睨んでいる表情は真剣そのものだ。
 他の面々に関しては、特に今確認すべきこともないらしい。少しの間、会議室に沈黙が落ちる。各々が判断を仰ごうと順番に城戸司令へと視線を移していけば、長い間考えを巡らせている様子だった城戸司令がようやく重い口を開ける。

「……ネイバーであるお前が、ここに戻ってきた理由はなんだ」

 会議室の注目が再びおれに集まる。だから、素直な答えを口にした。

「ここには、会いたい奴がたくさんいたから」

 筆頭である相棒をちらりと横目で伺えば、きょとんとした次の瞬間にはひどく穏やかな笑顔をおれに返した。大人びたものだと思うけど、きっとオサムからしたらおれもそうなのだろう。以前より少しだけ目線が近いことを改めて実感していると、ふぅ、と城戸司令の溜息が落ちる。

「……長期任務ご苦労だった。通常任務に戻る前にお前にはやることをやってもらおう」
「やること?」
「その義手、義足の技術は有用価値がある。鬼怒田室長監督のもと肉体の検査及びトリガーの解析に協力してもらう。構わないな、鬼怒田室長」
「空閑の生身も確認しないことには安心できん。今日これから簡易的な健診を行い、結果を確認してからトリガー解析を始めることにしよう」
「また今の報告に関して、正式な報告書を作成するように。三雲隊員には限定的に隊長としての権限を与える。空閑隊員の申告をまとめて報告したまえ。期限は来週までだ」
「了解しました」
「ほか、空閑隊員の隊員復帰に関しての処理は忍田本部長並びに東局長に委任する」
「了解」
「了解しました」

 最終的には歓迎すると決断が下され、会議は終了した。一旦預かると言った鬼怒田さんの手によってボーダーのトリガーは回収されたけど、ブラックトリガーはあっさりと返される。さらに、ケンシンの手配を済ませるから三十分後には医務室に向かえとの業務連絡。頷けば、役に立ってもらうからな、との言葉を残して去っていく。
 オサムに連れられて廊下へと出れば根付さんが、明日の朝一で隊員への内部掲示をしますとおれ達に声をかけつつ通り過ぎていった。後に続いた唐沢さんも、無事で何よりだ、またよろしくとだけ言って去っていく。呆然としていれば今度は忍田さんと東さんが出てきてオサムへと声をかけ、今日はおれに付き添うようにと指示を出した。向き直った忍田さんには、よく無事だったな、と笑顔で頭を撫でられ、東さんにも、大きくなったなぁとこれまた頭を撫でられる。
 生身で生活するようになってから少しずつ肉体は成長をし始めていたし、オサムの隣に並ぶことでよりそれが目立つのだろう。これからもよろしく、と人の良い挨拶を残して二人も廊下の向こうへ消えていく。
 城戸司令だけはおれ達に何も言うことはなく去っていき、最後に現れたボスはおれを見るなり満面の笑顔でがしがしと頭をかき回し始めた。

「遊真〜、よく帰ってきたな」
「うむ、ただいまボス」
「さっそくウチの奴らにも知らせないとな。歓迎会するぞー歓迎会!」

 歓迎会とは、なんとも玉狛らしい提案だ。そう頷きかけたところでオサムが口を挟む。

「あ、あの、林藤支部長」
「わかってるって、みなまで言うな。明日な明日。準備するように言っておくから」

 そんじゃ、とおれの予定を聞いたようで聞かないまま、ボスもひらひらと手を振って去っていった。相変わらずの賑やかさに懐かしさを覚えていると、オサムは困ったように少し頬をかいてから、とりあえず、と切り出す。

「……医務室へ向かおうか。落ち着いて話もできないし」
「あぁ。けどその前に、一応オサムに聞いておきたいことがあるんだけど」

 そう声をかければ、踏み出しかけていたオサムの足がピタリと止まった。オサムはなんだか不安そうにおれを見つめるものだから、なんだかまた少しだけ緊張が蘇る。いつもより早く、強く鳴る心臓に気づきながら、おれは口を開いた。

「あいつ、もう結婚したか?」

 廊下に立ちすくんだまま、少しだけ沈黙が落ちる。けれどすぐに困ったような笑顔で、してないはずだ、との返事が耳に届いた。思わず漏れたため息は、きっと安心してしまったからだろう。そうか、と我ながら弱々しい返事しかできなくて、自嘲の笑みが浮かぶのをどうにか噛み殺した。

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サヨナラの引力

 

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