青年が踏みしめる地球
 おれが一歩踏み出した先は、昔と変わらない異世界だった。
 開いたゲート、一段と目立つ見覚えのある建物のシルエットに溜息をつく。ぼんやりと眺めてしまったのは懐かしさからだろう。勢いを増した心臓を押さえれば、今更緊張しているということに気づく。情けない話だ。
 はやる気持ちを落ち着けながらもゲートを踏み越えた。背後に残されたゲートはあっという間に閉じていく。到着地点は少し開けた空き地で見晴らしもいいし、待っていればすぐにでもゲートを感知したボーダー隊員が来るだろう。できれば攻撃されないといいが、どうだろうか。

「――空閑」

 時間にしておそらく一分も経っていない頃だった。遠目に現れた見覚えのある人影が、口の動きだけでおれを呼んだ気がした。運が良いな。まさか最初の目的がこうも簡単に達成できるとは思っていなかった。
 目の前に着地した、初めて見る隊服に身を包む見覚えのある顔。きらりと光る眼鏡の向こう、驚きに見開かれている瞳と視線が絡むが敵意は感じない。

「……本当に、空閑、なのか」

 確かめるように呼ばれた名前は間違いなくおれのもの。昔より身長が伸びた。髪もすっかり真っ黒だ。それでもおれだとわかるのかと、思わず笑みがこぼれる。戻ってきたのだという実感。少し前までの癖か、体は自然と敬礼のポーズを取って答える。

「遅くなってすまん、オサム。今、帰還したぞ」

 オサムはおれの返事を聞いた途端にぎゅうと眉根を寄せて、それから笑った。ボーダーではあまりしないのだろう。少しだけ不恰好な答礼をおれに返して、一言。

「おかえり、空閑」
「おう、ただいま」

 ようやく。長い、長い任務の一つが完遂できたとおれは息をついた。

   *

「……本部にも報告した。とりあえず一緒にきてくれるか」
「うん。よろしく」

 オサムは何やら共に防衛任務にあたっていた隊員に指示を出し終えると、先導して歩きはじめる。相変わらず隊長なのだろうか。現在こちらがどうなっているかわからないので、とりあえずは言われるがままに本部へと向かう。

「チカも任務中か?」
「いや、千佳は玉狛所属の別の部隊なんだ」
「オサムは?」
「ぼくは今、本部に所属している。正確には運営側の人間だ」

 どうりで隊服が違うはずだ。事情は後でゆっくりと聞こうかと考えながらもオサムの後をついて歩く。オサムも、話は後でと思っているのだろう。口数も少なく、おれは連れられるまま、辿り着いた本部の単調な廊下を歩き続ける。
 案内されたのは、見覚えのある会議室だった。わざわざ集まったのか、それとも集まっていたところにおれが連れてこられたのか。注目を浴びながらも正面に座る変わりない強面を見据えて、まずは挨拶を済ませようと口を開く。

「長期遠征任務から帰還したよ、城戸司令」

 かすかに動揺したような声を漏らしたのは、鬼怒田さんと根付さんだろう。というか表情が、何を言ってるんだこいつと言わんばかりだし。忍田さんは少しだけ驚いた表情を見せたけどすぐに穏やかな笑顔に変わって、その隣に座る新たな顔ぶれの東さんは、静かな表情で頷いている。唐沢さんは真意の汲めない笑顔を浮かべたままで、ボスは、おれが会議室に踏み込んだ最初からずっと笑顔だったのは言うまでもない。
 けど、空気が緩んだのはほんの少しの間だけ。城戸司令がいよいよ重い口を開く。

「……ご苦労だった」

 どうやら、帰還とおれが言ったことは追求しないらしい。ちょっと拍子抜けだな。しばらく向こうにいたのだし、もう少し詰問されるかと思っていたんだけど。
 城戸司令は鬼怒田さんを一瞥し、気づいた鬼怒田さんは咳払いをして呆けていた表情を整えた。厳しい顔で姿勢を正したあと、鋭い眼差しをおれに向ける。

「お前が持っているトリガーを出せ」
「はい」

 ポケットから取り出したボーダーのトリガー。目前の机に置いて待てば、城戸司令の眼差しが鋭くなる。

「……お前の持つ全てのトリガーを、だ」

 隣からオサムが小さく息をのむ音が聞こえた。何か言い出しそうだったから左手を見せてそれを制しながらも、人差し指に嵌っていた親父のトリガーを抜き取る。

「ボーダーのトリガーと、親父のトリガー。この二つで全部だ」

 再び沈黙が落ちる。疑っているのか、おれの気づかないどこかで本当かどうか見定めているのか。どちらにせよ真実だからと反応を待てば、鬼怒田さんの目配せを受けた城戸司令が話を進めるためか口を開く。

「遠征先でトリガー反応がロストしてから、今日ここに戻ってくるまでの報告を」
「後で報告書も書いてもらうから、今は大体の流れでいいぞ〜」

 城戸司令の指示に、ボスが茶々を入れるように言葉を挟む。頷いて改めて城戸司令を見据えるも、鋭い眼差しは逸らされることはなかった。真摯に見える姿は果たして、おれを隊員として扱い、最高責任者として振舞うからか、それとも。
 おれ自身も城戸司令の反応を探りながら、これまでの話を始めることにした。

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サヨナラの引力

 

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