ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ、
計測機は相変わらず一定の間隔で音を鳴らす。鬼怒田さんはディスプレイを見て不満気に顔を顰めると、おもむろに私に繋がるコードを外し始めた。
「今日はもういい。会議室に行くぞ」
最後のコードが外されて、私はゆっくりと身体を伸ばす。結局一週間以上も開発局に通うハメになっていたのだが、ここにきてまさかの召還命令とはどういうことだろう。
「城戸司令からの命だ。迅も来る」
やれやれと言わんばかりに鬼怒田さんは溜息をひとつ落す。乱雑に計測機器をまとめて片付けを早々に終わらせると、来いと言わんばかりに私を見て部屋の入り口に立った。嫌な予感しかしないけど逃げるわけにはいかなそうだ。
鬼怒田さんに率いられるまま会議室へ足を踏み入れれば、目の前で見慣れた青色の背中がくるりと翻る。
「よう、B級ソロプレイヤー」
「お疲れ様です、実力派エリートさん」
にこり、いつもの笑顔が明らかに何かを企んでいる。これから絶対に面倒なことがあるなと確信を持って、勧められるままに椅子へと腰をおろした。
「……迅によれば、およそ未来が定まってきている」
城戸司令の開口一番で名前の挙がった人物へ横目で視線を投げれば、同じように横目で細められた視線が此方へ向けられていた。つまり大規模なネイバーによる侵攻が現実味を帯びてきているということか。
「……お前の敵も来る可能性が高い」
唐突に落とされたその一言はぞわりと私の全身を逆立てさせる。目付きが鋭くなるのも自覚しながら、私は城戸司令から目を逸らすことが出来ない。しかし私のような小娘の尖った視線など彼には刺さりもしないのだ。私と城戸司令が無言で睨みあう間に鬼怒田さんが言葉をはさむ。
「ここ暫くの計測値が臨界点に近いのは間違いない。これ以上は危険だと判断せざるをえんのだ」
一度鬼怒田さんを見て、もう一度城戸司令を見据える。理解する感覚から恐らくその推測は当たっているのだろう。つまり、いつブラックトリガーに主導権を握られてもおかしくはない。だから無効化する必要があると考えたのか。
「今夜、太刀川隊の防衛任務と並行して区域内での模擬戦闘を許可する」
「……え」
「ラインAまで使用許可を出そう」
城戸司令はそう言ってまた静かに私の様子を眺めて黙る。相手に不満はないとはいえ、どうしたって万が一の不安は消えない。しかしそこまで見越しているらしい司令は返事を待たずに言葉を続けた。
「立会人に迅を向かわせる」
最早私に選択の余地はないらしい。だが万が一の手前で迅さんがストッパーになるのなら多少は安心だ。
「……了解、しました」
「大丈夫だって、おれがついてる」
隣から胡散臭い笑みを向けられて思わず息を吐いた。迅さんは既にこの未来を視て舞台を整えていたんだ。しかし言い換えればその必要があったということ。
「話は以上だ。下がっていい」
城戸司令の命を受けて席から重たい腰をあげる。渋々と部屋を後にすれば後に迅さんも続いて出てきた。
「……迅さん、出水君を釣りましたね」
「B級は卒業だって言ったろ?」
にやにやとした笑みに毒気を抜かれてもう一度溜息。防衛任務の開始時刻まではまだしばらくあるから一度休んだ方がいいだろう。
「仮眠してきます」
「おう、また後でな〜」
ひらひらとのんきに手を振る迅さんを尻目に、私は不貞寝を決め込むべく仮眠室へと足を急がせた。
ザン、と空気が彼の一閃に震える。攻撃手一位が両手に握る弧月は刹那きらりとその刀身を煌かせると、トリオン兵は一瞬で残骸へと変わってその場に崩れ落ちた。
「あー、太刀川さん、これで今日は大丈夫そう」
その様子を少し離れた所で見ていた私の隣で、同じく眺めるだけだった迅さんが耳元を押さえて通信を繋げる。その声を受けて太刀川さんは暗い瞳をちらりとこちらへ向けた。
「なぁ、本当にお前戦わないのか」
「しつこいなー。今日は和音とって言ってるでしょ」
ひょい、と軽々やってきた太刀川さんはじとりと迅さんを睨みつけ、その不満気な態度に迅さんも疲れた表情で突っぱねる。
「だってこいつ、B級だろ?」
目障りというよりは本当に興味が無いのだろう。なんで模擬戦闘なんか、とつまらなそうに値踏みをする瞳が私を付き刺す。当然、A級一位の隊を相手にB級ソロの私が挑むなんて無謀にも程がある。出来る事なら私も回避したいけど、城戸司令と迅さんが相手だからなぁ。
「つうか、訓練室じゃ駄目なのか? わざわざ模擬戦闘って」
ひらりと背後に降り立つのは出水君だ。ランク戦のような戦いではなく敢えて模擬戦闘という指令は、やはり普通に考えたら不可解なものだろう。
城戸司令の真意はその、実際にトリオンを消費する戦闘だ。
「ま、トリオンが切れるまで頑張ってもらって」
「そうか、何回切れるかな」
「太刀川さん、これクラスメイトなんでもうちょい優しくしてやってください」
本当に、B級がこのエリート揃いの中に混じるの辛すぎるでしょ……。太刀川さんは完全に私の事を舐め切ってるみたいだし、出水君は一応同級生のよしみで庇ってはくれるけど本音は太刀川さんと同じだと思う。
「無理だと思うよ」
突如零れた迅さんの低い声に太刀川さんと出水君が動きを止める。怪しさを含んだ笑みは完全に挑発する為のものだ。
「和音には勝てないよ、二人とも」
「……はぁ?」
「迅さん、それマジトーンじゃないっすか」
未だ半信半疑の二人に迅さんは言葉を重ねて二人を煽る。万が一和音が負けたら、おれが相手するよ、と。どちらかというと後半の言葉に興味を示した太刀川さんが、へぇ、と声を漏らしてぎろりと鋭い目線で私を見据える。
「じゃあ、とっとと始めるか」
チキ、と太刀川さんが弧月を構えた。まさに斬撃を飛ばす直前の構えで始まりの合図を待っている。出水君もあわせてトリオンキューブをふわりと浮かせる。
「和音、任せた」
「煽るだけ煽ってそれですか……」
仕方ない、と私は改めてブラックトリガーで換装を済ませる。とはいっても見た目は先ほどとほぼ変わらない私服姿だ。ラインAはブラックトリガーの起動及び攻撃の許可。そうはいっても今の私じゃ攻撃態勢には入れないというのに。
「……じゃあ、始めていいよ」
迅さんが言うが早いか、あっという間に太刀川さんが弧月を抜いた。刹那ギィイン、と鈍い金属音が辺り一体に響く。
「……は? 太刀川さんの斬撃防いだのか?」
「……なんだ?」
完全に終わった、と確信を持っていたらしい瞳がちらりと揺れる。間違いなく手応えも感じていただろうに、私は平然と彼らの目の前に立っていた。恐らく普段相手にしているトリオン体の感覚だと相当硬く感じるはずだ。
「和音、今日の調子は?」
「良すぎて気持ち悪いですね」
今の一撃は相当の威力を伴っていたらしい。恐らくそれに反応したブラックトリガーは既に第二起動段階へと移行し始めている。じわじわと辺りのトリオンが私の身体を通り抜けていく感覚。
「出水」
「トマホーク」
太刀川さんの声色が少し落ちる。探るようなそれに出水君は応えて即座に弾を飛ばしてきた。一見乱雑に見えるその弾道は出水君ならではのルートだ。
対抗してふわりトリオンキューブを敷き詰めた。花開くように広がった弾幕が出水君の弾を次々と打ち落していくが、その隙間から一発だけ、隙間を縫った弾道を走る弾が飛び出てきた。さすが、と大人しくそれを受ければドン、と破裂音。
「……当たってる、よな」
「手応えはあります」
二人の空気が段々と不穏なものに変わっていく。傷一つ負っていない私を見て彼らはやる気になってくれたようだ。
『言い忘れてたけど』
じじ、と迅さんから秘匿通信が入ってくる。
『あんまり吸い過ぎるとマズイ』
『わかってます。自覚もありますよ』
そうはいってもまだこれだけの攻撃と起動時間じゃ、恐らく第三起動段階に移行するまでまだしばらくかかりそうだ。それまでに相手の攻撃を受けすぎれば相手のトリオンを吸収し過ぎてしまう。そうなる前に止めてくれるとは思うけど、わざわざ事前に通告する辺り、思った以上にギリギリの綱渡りなのかもしれない。
改めて意識を太刀川隊の二人に向けて集中させる。
「おいおい、なんだお前、面白いなぁ」
「水沢反則じゃねーの。なんだそれ」
私を見据える二人の瞳に闘志の炎が宿る。危うくもそれでいて、新しい玩具を見つけた子供のように輝いている。好奇心を含んだその無垢な瞳を受けてぞわりと背筋が冷えた。気持ちを落ち着かせるためにふぅ、とひとつ息を吐く。
「……お手柔らかに、お願いします」
ふわり弾幕を身に纏えば、長い夜が始まった。