――守る為の力を、望んだ。
私の母親は他者に力を振るう事を良しとしない人だった。臆病者と揶揄られても母は必ず耐えていた。
――何かをすれば、それは自分にかえってくるの。
母はただ自分が弱いと考えていたのだろうと、最初はそういう意味なのだと勘違いしていた。だから私はそんな母を守らねばとすら思っていた。
だけど、母が死んでから真実を悟った。
母が受けるべき業が、娘である私へと向けられることもあると。自らへ向けられる敵意は時として自らの大切なものを蝕むと。きっと母はそれを知っていたから耐えていたのだ。
だから、母はあの日願った。
――守る力を。
――悪意を飲み込みそれを跳ね除ける力を。
母が決意を込めた祈りはトリガーに届いた。無差別に力を奮うようなそんな希望は必要なくて。ただ向けられた敵意に立ち向かえる希望を母は願った。
「旋空弧月!」
いくら弾幕を敷き詰めても彼の弧月は易々とそれを切り落とす。そうして拡張された斬撃は私にすら届いているが鈍い音が響くだけ。普通のトリオン体ならきっと見るも無残な有様であったろう。避け切れない攻撃は私をじわじわと追い詰めていく。
「……なんだ、気持ち悪いなぁお前」
手応えはあるのに斬れない。探ろうにも霧散する弾幕が邪魔をする。不快感を露にした太刀川さんはそう吐き捨てて私を睨んだ。路地裏から鋭い弾も飛んできて、私は何回も弾幕を張り直す。その隙に懐へ踏み込む太刀川さんの斬撃はとてもかわしきれない。じわじわとトリガーが熱を持つような錯覚が私を惑わせる。
「どういうからくりだ……?」
ずりずりと太刀川さんの猛攻を受けながら後ろへと下がっていく。さすがに私も弾幕を重ねるのにトリオンを消費し過ぎてしまった。かといってまだトリガーは次の起動段階へ移行する気配がない。目くらましに新しいルートで弾幕を放つけど、一瞬の隙にそれを見切った太刀川さんは瞬時に後ろへと飛び跳ねる。乱雑なルートを組み込んだそれは足と腹部を僅かに掠めただけだ。
「……おいおい、もっと殺す気でこいよ」
「十分そのつもりです」
「B級が生意気じゃねぇか」
段々と弧月の太刀筋が粗くなってきている。恐らく一向に揺るがない均衡に苛立ちが募っているのだろう。かといってこちらの出方を探られるようでは困る。はやく、起動してもらわないといけないのだから。
「こうしたら本気が見れるか?」
突如割って入った出水君が宙にひらりと飛び上がった。両脇に浮かべたトリオンキューブはここから見上げると、まるで夜空に浮かぶ満天の星空のようだ。
「アステロイド!」
いっせいに降り注ぐそれはまるで流れ星。瞬間ばちんとブラックトリガーが開放される音が聞こえた。第三起動段階への移行完了。
――トリガー内部に蓄積されたトリオンが放出される。
“誰だって間違えることはあるのだから、耐えなさい。それでも向かってくる敵意には、相応の力を持って立ち向かいなさい。”
まるで走馬灯のように懐かしいお母さんの声が頭の中で呼応する。私は膨大なトリオンを感じながらも振り回されないよう意識を集中させる。隙間無く広げた弾幕全てに込められる桁違いのトリオン量。
「なっ!!」
出水君の瞳が大きく見開かれる。反射的にさらに弾を追加した出水君の反射はさすがと言ったところか。大量の流星同士がぶつかりあって、激しい爆音が耳を劈いた。
私のブラックトリガーは弾幕を放って攻撃を行う。トリオンの消費が激しいそれは、人並みのトリオン器官を持つ私では、殆ど威力のないただの目くらまし程度の能力しか持たない。第一段階はあくまで換装体で身を守る為だけの起動だ。
そして第二段階が起動すると、ブラックトリガーはトリオンの吸収を始める。相手の攻撃トリガーや戦闘体からじわじわとトリオンを吸収しはじめるのだ。最近ではラットが私と似たような吸収機構を持ってゲートを開いていたらしい。
この段階でもあくまで相手の無力化が最終目的の能力だ。変わらず弾幕を張るには私のなけなしのトリオンを使うしかない。
“それでも襲ってくる悪意には、立ち向かいなさい。”
そうして迎える第三起動段階。ブラックトリガー内部に蓄積されたトリオンの放出が始まる。桁違いのそれが注入された弾幕の威力はそれまでの目くらましとは別物だ。攻撃の意志を持った弾幕で相手を殲滅する。
ボーダーはカウンター型ブラックトリガーと分類した。それが私の母のブラックトリガーの能力だ。
響いた爆音が木霊して段々と小さくなってゆく。最中ばしゅん、と光の道が本部へと一筋導かれていった。
「……うわ、太刀川さん落ちたのか」
どさりと地面に膝をつく出水君は呆然とその光を眺める。あまりに激しすぎたその爆発にのまれたようで、膝から下は不恰好に吹き飛んでトリオンが漏れだしている。
「やっぱり出水のトリオンは凄いなぁ」
すたりと出水君の傍に迅さんが着地する。私と出水君の間に降り立ったそれは模擬戦闘終了の合図だろう。一気に気を抜いた出水君はばたりと大の字になって地面に倒れこんだ。
「なんすかそれ、皮肉ですか」
「いいや、出水じゃないと、こうはならなかったんだ」
いつの間にそこまでの未来を見ていたんだろう。なんて私が詮索してもわかるはずもないからただぼうっとそれを聞き流す。どうしても自分の持つトリオン器官以上のトリオンを消費するのは、思った以上に自分の精神や体力を削られてしまう。
「なぁ、大分すっきりしただろ?」
「……そうですね。おかげさまで」
ここしばらく不安定だったトリガーが随分落ち着いている。内包したトリオンは無事に臨界値を十分に下回ったらしい。ようやくこれで肩の荷がおりる、と深く息を吐く。
「なぁ水沢、なんでB級なわけ?」
出水君は多分、私がブラックトリガーを持っていることを確信している。その上で私に何故S級ではないのかと言外に問うているのだ。私はその疑問の視線を受けて静かに首を振る。
「そういう約束でボーダーに入隊したからだよ」
あぁそう、と気の抜けた返事をよこした出水君は、一足先に本部に戻ると告げてベイルアウトしていった。
「おれ達も戻るか。鬼怒田さんとこ行かないとな」
「計測値、落ち着いてればいいんですけど」
残念ながら今日は玉狛には遊びに行けそうもない。迅さんの後を追って私も、本部への道を歩き始めた。