その後無事に帰省して、年末年始は実家で過ごした。今回の話題はもっぱらイレギュラーゲートのことばかりだ。ゲートとやらはボーダー本部付近の警戒区域の中だけで開くんじゃないのかだのなんだの言われたけど、そうじゃなかったからイレギュラーなんだろうに。とにもかくにも原因が判明して事態は無事に収束したんだから、今更どうもこうもないだろう。私が卒業する時までは大きな騒ぎが起こらないといいなぁ。うん、初詣のお願いはこれにしよう。
そうして迎えた新年。松の内も過ぎて授業に出るために三門市に戻ったものの、週末はすぐにとんぼ帰り。なぜって、今年は特別なイベント、成人式があるからだ。この日のために早めに振袖もレンタルして、そのためのお金も稼いだ。仲良しの子とかは長期休みの時に会ってるけど、他の同級生たちとは久々の再会。今なにしてるの、なんてお決まりのやりとりをして、昔話に花を咲かせて、近況報告で盛り上がって。
――ようやくいつもの日常へと戻ってきた、今年初バイトの日。
「店長、終わりました〜」
「ありがとう。そうしたらもう上がっていいよ」
はい〜、と伸びた声で返事をしつつ、タイムカードを切る。久々のバイトって身体がついてこなくてしんどい。やっぱお正月にだらけ過ぎたかなぁ、いやいや、休みは休むためのものだし。それにまた遅刻らしい西岡先輩と比べたら、私まだ頑張ってる方だと思う。
とはいえ疲れたし、何か買って帰ろうかなぁと陳列棚を睨んで……考える。お正月でちょっと……食べ過ぎ……いやまぁ、バイトでカロリー消費したしプラマイゼロかも。なんて葛藤と戦っていると、今日もタイミングよく響く入店音。
「お、湊川さん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
自己紹介もしてしまったからか、遊真くんとはすっかり顔なじみって気分だ。礼儀正しく今年もよろしくお願いします、と頭を下げられたので、私も同じように頭を下げる。店長とはいつも通りこんばんは、と挨拶してることから、どうやら私が帰省している間も変わらずコンビニ常連だったようだ。
「遊真くんはいつもコンビニに来てるんだね」
「湊川さんはしばらく見かけなかったな」
「実家に帰省してたり忙しかったんだよ。成人式もあったし」
ゆったりと私の隣、陳列棚の前へと歩いてきた遊真くんはセイジンシキ、とオウム返し。なんだか不思議そうな顔をされるのは不本意なんだけど。
「こう見えて私も大人になったんですよ」
「なるほど? おめでとうございます」
「え? あ、ありがとうございます」
ちょっと言い返したくらいのつもりだったのに、思ったより真面目に受け取ってくれた遊真くん。再びぺこりと頭を下げられたので、新年の挨拶に続いて私も慌ててまた頭を下げる。
「だから湊川さんは、おれに早く帰れっていうのか」
「だからっていうか……ちょっとは心配するからね」
「ふぅん」
今回は特に何も言われなかったけど、やっぱり他人のお節介って思われてるのかな。まぁ、この前みたく怖い眼で見られなくてよかったとほっとする。だとしたら、もうちょっとお節介しても大丈夫かな、と様子を見つつ尋ねてみることにする。
「遊真くんは大丈夫だった?」
「なにが?」
「この前の三人組の男の子達。学校でなんかされたりしなかった?」
「会ってないな。学校もまだだし」
あれ、もう冬休みは終わってるはずじゃなかったっけ。そう疑問に思った瞬間に脳内で蘇る三門中学の名前。そっか、中学生なら学校は始まってるけど、三門中学は去年のイレギュラーゲートの影響で休校になってる、って話だったっけ。
「そっか、ごめん。三門中学なんだっけ?」
「そうだよ」
「イレギュラーゲート、怖かったでしょ。大丈夫だったの?」
「平気だよ。おれも……ボーダー隊員に助けられたし」
……なんと。遊真くんまさかの、イレギュラーゲートの被害者だった。
「ほ、ほんとに大丈夫だったの?」
「うん。それはもう、優秀なボーダー隊員のおかげでな」
「そっか。良い人に助けてもらえてよかったね」
おう、と頷く遊真くんの表情は、この前と同じ笑顔。三門市の人は危ないところから助けられたことをきっかけに、ヒーローのごとくボーダー隊員に憧れるようになるとも聞く。遊真くんにとってもそんな感じなんだろうか。
「今年はもう危ないことがないといいねぇ」
「どうだろうな」
「え?」
同意の相槌を予想していた私は面食らってしまって、遊真くんを見つめる。視線に気づいたのだろう、同じようにこちらを見た遊真くんは穏やかな笑みを浮かべたまま静かに呟いた。
「戦争中なんだ。用心はしといた方がいいと思うよ」
妙に大人びたような、それでいて自然な雰囲気。子供ながらに背伸びしているだとかそういう雰囲気じゃない、等身大のまま告げられた言葉だ。それを年下に言われているのはどうなんだと思わなくはないけど、ただ、すっと胸に染み入るような言葉に妙な心地がする。
「……そうだね、気を付けないと」
どうにか返事をすると、遊真くんは穏やかに笑った。そしてくるりと首を捻り、テンチョーさんも、と声をかける。店長は笑顔で、最寄りのシェルターの位置は把握しているよ、だとか、遊真くんも気をつけてね、だとか返事をしている。
感心した、というのはちょっと上から目線だろうか。でも、たとえるならそんな感情が近い。凄いと思ったのだ。イレギュラーゲートも体験して、きっと身に染みて危険さも恐怖も知っているのだろうに。それでいて脅えるでもなく、ボーダーがなんとかしてくれると投げるわけでもなく、当たり前のように気を付けようと言えるのは……なんか、大人だな、と感じる。
「私も大人にならないとなぁ」
「うん? 湊川さんはもうなったんじゃないの?」
独り言の決意表明に遊真くんが首を傾げたので、笑ってその場を誤魔化した。なった、と言い切れる気がしなかったからだ。年をとったって大人になれるわけじゃないんだと改めて気づかせてくれた遊真くんに、大人になったと言い切るのはちょっと恥ずかしいし。
私は買うものを決めてレジへ移動し、店長が会計してくれるのを待つ。店長は今の私たちの会話に何か思っただろうか。けれど表情にはそんな様子をおくびにも出さず、そういえばと唐突に声をかけられる。
「湊川さん、今月のシフトはいつまで入れそうかな?」
「え?」
「月末からテストだろう? 西岡くんからシフトの相談をされたんだ」
そういえばそうだった。私は頭の中で教授たちが言っていたことだとかテストの日程だとかを思い出しつつ答える。
「来週までは普通に来ます。けど、その次の週はできればお休みいただきたいです」
「そうだね。次のバイトの時までに予定確認して、シフト表に書いておいてね」
「わかりました」
電子マネーで会計を終えて、商品の入ったレジ袋を受け取る。さてさて、今回のテストも頑張らなければ。後期期末だし、さすがに単位を落とすわけにはいかないもんね。
いつの間にか私の後ろに並んでいた遊真くん。私はレジの前を譲ると同時に声をかける。
「それじゃあ遊真くん、またね」
「うん。おやすみなさい」
遊真くんは穏やかな笑顔で挨拶を返してくれた。さっき私が誤魔化したのは気にしていないようで、よかったと思いつつ私は気を引き締め直す。
とりあえず、帰ったらまたシェルターの位置くらいは把握しておこう。それから、いざという時にと家族からもらった災害セットの中身もチェックしておかないとなぁ。防災は私にはどうにもならないけど、減災は心がけ一つ。年下にあれほど真剣に言われた以上は、私もきちんと用心しよう。そう決意を新たに、私は夜道を家へと急ぐのだった。