年末も目前、今年最後のバイトの日だ。私はいつも通りの夜間シフトに入っていて、そろそろ深夜シフトの店長も来るだろうかと引き継ぎ準備を進めているところ。そうして現れた店長から指示を受け、一緒に入っていたパートさんと私で退勤の支度にバックヤードへ戻った。一足先にお疲れさまと帰っていったパートさんを見送り、私もタイムカードを切る。さて、私は買い物してから帰らないと。
「湊川さん、またお土産かい?」
「明日の朝ごはんです。帰省するのに冷蔵庫空っぽなので」
レジカウンターに入って釣銭の確認作業を始めた店長を尻目に陳列棚を眺める。はてさて、今日は何にしようか。普段ならあまりカロリーが高いものは気が引けてしまうんだけど、朝ごはんならいいかな。新商品はやっぱり気になるし、と誘惑に負けて奇跡的に残っていた最後の一つを手に取りつつ。
そう買い物をしていると入店音が響いて、いらっしゃいませと店長が声を上げた。釣られて挨拶を続けそうになったが、どうにか堪えて。
「こんばんは、テンチョーさん」
続いて聞こえた声に、思わず自動ドアの方へと顔を向けてしまった。やっぱり予想に違わず少年が来店していて、私とぱちり目が合った少年はお、と声をこぼす。
「湊川さんも、こんばんは」
「こ、こんばんは」
会うのはこの前、中学生の不良(?)三人組に絡まれた時以来だ。怒られたことを思い出してしまってなんとなく気まずいけれど、少年は気にしている様子もなくスタスタと陳列棚へ――つまりは私の隣に――歩みより、立ち止まる。
「うぅむ……」
自然にこぼれたらしい声は悩ましく、横目で伺えば商品を見つめて真剣に悩んでいる様子。そりゃあ店長とも西岡先輩とも親しくなるくらいだから、少年は頻繁にコンビニに来ているのだろう。そうなるといつものラインナップから選ぶのは大変だろうなぁ、なんて。
――考えていたら、少年の視線もまた、ちらりと私へ。
「なに?」
「え、あ、ごめんなさい」
「……? 別に怒ってないけど」
挙動不審になってしまった私を不思議に思ったらしく、まじまじと私を見つめる少年。その視線が、私の手元で止まる。
「それ新しいヤツか」
「う、うん」
「いいなぁ」
少年はちょっとだけ唇を尖らせて、いかにも羨ましい、と言った表情だ。そんな素直さに少し緊張が解けて、私は声をかけてみる。
「これ、好きなの?」
「食べたことないからわからん」
「……今、いいなぁって言わなかった?」
「うん。新しいヤツは試してるんだ。けど、それはまだ買ったことなかったから」
続けてもう一度いいな、と零した少年。けれどその割には未練なんて感じさせず、あっちには新しいのあるかな、なんて小さく呟いて違う陳列棚へ歩いていく。なるほど、コンビニ常連の少年は新商品を試すタイプらしい。まぁそうでもしないとラインナップに飽きるだろうしね。
それならと思い立った私はよし、と小さく気合を入れた。まずは私も手早く自分の分を物色し、悩む時間が勿体ないからとそのまま店長の待つレジへ。会計が終わるころには私の後ろに少年が並んでいたので、内心でガッツポーズ。
「店長、レジ袋もう一つください」
「どうぞ」
商品の詰められた袋に追加されたレジ袋。受け取って、ありがとうございますと言ってからレジを離れた。そうして少年が会計を済ませている間に、出入口の近くで新商品だけ取り出して、もらったレジ袋に詰めなおす。
「それじゃあな、テンチョーさん」
「はい、気を付けてね」
どうやら少年も無事に会計を終えたらしい。店長と別れの挨拶を済ませて自動ドアへと歩いてきた少年に、ちょっとだけ緊張しつつも声をかける。
「あの」
「うん?」
「これ、どうぞ」
レジ袋を差し出せば、少年は不思議そうにしながらも受け取ってくれた。そうして中身を見て、それがさっきの新商品だと気づいたのだろう。改めて少年は私へと視線を戻す。
「これ、もらっていいの? なんで?」
「この前のお礼、してなかったからさ」
「この前?」
「えーと、キミの知り合いの子たちが道に迷ったって時」
さすがに店長がいる手前、バイトに来る時に変な子たちに絡まれたとは言いづらい。絶対ものすごく心配してくれるだろうし。と、ちょっとぼかした説明になってしまったけど、首を傾げていた少年は少しして合点がいったらしい。あの時、と零したので詳細を言われる前にありがとう、と告げる。
「別になにもしてないけど」
「キミに声かけてもらって助かったし、その後ここまで送ってもらったでしょ」
「ふむ、たしかに」
釣り合いがとれたのか、少年はわかったと言ってそのままレジ袋を持つ手を下げた。よし、これで気がかりがなくなった。思い立ったが吉日とは言ったもの。今年のお礼を今年の内にできてよかったと、少しだけスッキリした気分だ。
「それじゃあね」
「なぁ」
そう安心して帰省できると思った矢先。帰るために別れを告げた私は、なぜか少年に呼び止められる。
「キミじゃないよ、空閑遊真だよ」
「……え?」
「名前」
これまで名乗られたことはなかった。だって少年は店長と知り合いで、先輩とも知り合い。目立つ風貌だから名前を知らなくても他の誰かと間違うこともなく、少年が私の苗字まで先に覚えていたから名乗ることもなくて。唐突に名乗られたことに驚きながらも、私からも自己紹介を返す。
「え、えっと、私は湊川桐香、です」
「そっか。おれは遊真でいいよ」
「遊真、くん?」
促されたので戸惑いながらも名前を呼べば、少年はさっき渡したばかりのレジ袋を再び掲げる。
「これありがとうな、湊川さん」
初めて見る少年――遊真くんの笑顔。
お礼と言って強引に押し付けてしまったけど、思ったより喜んでもらえたらしい。見慣れない笑顔にどぎまぎしている間に、遊真くんはそれじゃあと言ってひらりと手を振る。そのまま、自動ドアをくぐって夜道へと消えていく背中を呆然と見つめる私。
「……名前、聞いてよかったのかなぁ」
私達店員は、ある程度仕方のない部分もある。レジ登録者としてレシートに苗字は載ってしまうし、そもそもが名札をつけて接客をしているから。常連さんの中にはそうして名札で名前を覚えたらしく、気軽に湊川ちゃん、なんて呼んでくるおじさんがいたりするし。
けど、総じてお客さんに名乗られることってあんまりない。それはそうだ、一介のコンビニ店員に名乗る必要なんてまずないし、荷物の受け取りとか公共料金とかで名前を見たりするけど敢えて覚えようなんてしないし。だから、名乗られることって初めてだったかもしれない。
「……遊真くん、か」
ちょっとしたお礼を渡したくらいできちんと名乗ってくれるとは。そんな真っ直ぐさを持つのはまだ中学生だからなのだろうか。私のことを危ないと怒る割に、深夜にも関わらず平然と出歩くことも、ましてや一介のコンビニ店員である私に名乗ってしまうこともなんだか危なっかしい。
けれど、あまりに純真な笑顔でありがとうと告げた遊真くん。その表情を思い返すほど、私はもう彼のことを非行少年とは思えなくなって、しまって。
「……いやいや、それでもやっぱり中学生が深夜に一人歩きするのはダメだよなぁ」
認識を改めつつも、とりあえずは私も遅くなりすぎる前に帰ろうと自動ドアをくぐるのだった。