本来なら、夜遅くにこうして遊真くんを連れまわしてしまうのはよくないこと。わかっていて、それでも私は遊真くんに帰れと言わなかった。それどころか、夜歩きをしようと誘ってすら見せたのだ。これまで夜遊びはよくないと言い続けている私を知っている遊真くんからしたら、いつもと違う様子に不信感を抱くのも当然だろう。
じゃあ、どうして私は遊真くんを夜歩きに誘ったのか。とっても簡単な理由で、けれど赤裸々に話すには躊躇う気持ち。とは言っても警戒されてしまっている以上は告白するしかないと、私は一つ深呼吸をしてから口を開く。
「……私ね、三門市に越してきた日の夜、怖くて眠れなかったんだ」
遊真くんは、突然私が話しはじめたことに驚いたのか、不審げな表情のままだ。
「夜でもどこかで誰かが戦ってるんだよね。爆音が響いてくるのが怖くて、夜、家にひとりぼっちなのが怖かったの」
「……ネイバーのこと、知らずにきたのか?」
「いやぁ、知ってはいたんだけど、やっぱり自分で体験してみたら違うよねぇ」
何を言ってるんだ、と呆れたような遊真くんの表情に思わず苦笑い。遊真くんにとっては当たり前のことで、怖くもないだろうか。聞いてみたい気もしたけど、あんな大規模侵攻があった後じゃ聞くに聞けない。だから私は、そのまま自分の話を続ける。
「私が三門市にいる間にあんな大規模な侵攻があるなんて、思ってもいなかったんだ」
「……ほう」
「だからね、もう大丈夫なのかもしれないけど……落ち着かないというか、怖くて。ひとりでいたくないからバイトのシフトも増やしてるの」
ふむ、と頷く遊真くん。その平然とした表情からは大規模侵攻に何を思ったのかはわからない。私が勝手に、遊真くんの静かな笑顔にシンパシーを感じてしまっただけなのだ。もしかして、遊真くんも寂しいとか怖いとか、思ってるのかもって。勝手にそう期待して付き合わせようとしてしまったんだと、私は静かに頭を下げる。
「一人の家に帰りたくなくて、遊真くんを付き合わせちゃった。ごめんなさい」
夜も遅いこんな時間に自分をどこに連れていく気かと、怖がらせたかもしれない。誤解が解ければと素直に白状したものの、信じてもらえるかどうか。怯えつつも上目で様子を伺えば、いつの間にかきょとんとしていた遊真くんが――突然ふわりと優しく笑う。
「いいよ。別に、おれも暇だったし」
「…………あ、りがと」
「なぁ、湊川さんは明日用事あるのか?」
どうやら許されたらしいと安堵していると、続けられた質問。明日は土曜日。テスト前だからと店長に説得されてしまったので、土日はバイトもなく暇だ。まぁ、月曜日からのテストに向けて勉強はするべきなんだろう。とはいえ。
「用事らしい用事はないけど……」
「それなら、朝まで一緒にいよう」
遊真くんの突拍子もない提案に、え、と思わず声が溢れる。
「一人が嫌なんだろ? 暇だし、付き合うよ」
「だ、だって家の人が心配するでしょ?」
「朝には戻るって言ってあるから問題ない」
ほ、本当に…? 朝まで出歩いてもオッケーってどういう家庭…? それとも、あんまりそうは見えないけど反抗期まっさかりとかなのかな。
「さ、さすがに朝まで保護者の許可なく未成年を連れまわすわけにはいかないんだけど……」
「許可?」
「お家の人が知らないまま、私が遊真くんを勝手に連れまわしちゃまずいでしょ」
「ふむ。じゃあ連絡する」
え、とまた驚いて変な声を漏らしてしまう。いや、だって何だこの流れ。なんかこう、連れ去りとか誘拐とかそういうのを警戒されたんじゃなかったの? それなのにこんなホイホイついて来ようとしてる遊真くん、大丈夫?
「待って待って、だって寒いでしょ? さすがにずっと外にいるわけにもいかないし、かといってファミレスとかお店に何時間も居座るわけにもいかないし」
「ほう」
「私の家ってわけにもいかないし……場所がないよ」
「なんで湊川さんの家はダメなんだ?」
まさかの、自宅に食いつかれて面食らう。いやそれ聞いちゃう? だって私が遊真くんを自宅に連れて行くのって普通に誘拐だと思われるでしょ。ダメじゃない?
「あのね、一応誘拐とか疑った方がいいし、家に上がって変なことされないか、とか」
「変なこと? なんかするのか?」
「しないけど! ちゃんと警戒して?!」
「おれは別にいいよ。湊川さんになんかされるとは思えないし」
……それってどっちの意味で、かなぁ。私はそういうことしないだろう、って信用されてるのなら嬉しいけど。どことなく私がそんなことできるわけないっていうか、自分に敵うはずがないだろうみたいな妙な自信を感じる。湊川さんが寒いなら仕方ないじゃん、なんて呟いている様子からも、これはもう遊真くんを説得するのは難しそう。仕方なく、私は攻め手を変えることにする。
「じゃあ、私の家の住所伝えて、家の人に了承もらって」
さすがに遊真くんの家の人も、こんな時間に自宅に誘うなんて怪しいからやめておきなさいって止めてくれるだろう。そう期待して私は携帯を取り出し、自宅の住所を表示させた状態で遊真くんに押し付ける。
「家の人に、私と話がしたいって言われたら呼んでくれていいから」
「うん」
そう言いながらも、私はそっと遊真くんに背を向けて暇を持て余す。さすがに遊真くんがかけるであろう連絡先を見てしまいたくはないし、かといって現時点で連れまわしている以上、家の人からお叱りを受けるかもしれないからこの場を離れるわけにもいかないし。うぅ、自業自得とは言えやっぱり怒られるかなぁ。そもそも私と話をするより、遊真くんにとっとと帰ってこいって怒るかなぁ。私のせいで怒られちゃったら申し訳ないな……。
ぐるぐると考えていると、背後から遊真くんのもしもし? の声が聞こえてきた。うん、という相槌のあとに、今は大学にいると現状報告。そして、これから知り合いの家に行くんだが、連絡してボスの了承をもらえと言われた、との声。……ボス? ボスって……え、あれもしかして遊真くんってそっちの世界の人? 私これ、命が危なくない?
どぎまぎしていると数回のうん、という相槌の後に声をかけられた。はい、と手渡されたのは通話中の画面が煌々と光る携帯。私は怒鳴られる覚悟を決めて、おそるおそる携帯を耳に当てる。
「も、もしもし」
『お、女の子かぁ。遊真もやるなぁ』
「……こ、んばんは」
こんばんは、と返ってきたのは穏やかで優しげな男性の声だった。お父さん、だろうか。それにしては若い感じがする。お兄さん、だったらボスっていうのも変なような……。と、色々考えてドギマギしていると、電話の向こうからそうかぁ、としみじみとした声が聞こえて。
『名前を聞いてもいいかな?』
「湊川桐香、です」
『おれは迅悠一。遊真の保護者……ってほどじゃないけど、そんな感じです』
「は、はぁ」
迅、さんはやはりお父さんってわけではないらしい。まぁ、声が明らかに若々しいし。とは言えお兄さんでもないってことかと不思議に思っている間にも、迅さんは話を続ける。
『湊川さんの家の人は大丈夫なんです?』
「えっと、私は大学生で一人暮らしなので……」
『女の子の一人暮らしに男を上げるのは感心しないなぁ』
「ご、ごめんなさい」
ほら、やっぱり。謝りながらも、これでこの件はお流れかなぁと考えていると――耳を疑うような言葉が続いて。
『まぁ、遊真も迷惑はかけないと思うから、よろしくお願いします』
……あれ?
「え、っと」
『どうかしました?』
「い、いいんですか? そんな見知らぬ他人の家に行かせて」
『あっはっは。大丈夫、何事もなさそうですし』
いやいや、だからそんな安易に考えていいんですかというか、信用していいんですかっていう話なんだけども。まさか了承がもらえるなんて思ってなかったので戸惑っていると、迅さんは電話の向こうで静かに囁く。
『たまには、おれたちじゃない方が遊真も気晴らしになるかもしれないし』
私には、迅さんの言葉の意味がよくわからなかった。気晴らし、ってなんだろう。やっぱり遊真くんって反抗期真っ盛りなのかな。
迅さんは、遊真にかわってもらえますか? と私に言うので、わかりました、と応えて遊真くんを呼ぶ。はい、と同じように通話中と表示された画面を上に遊真君に渡せば、受け取った遊真くんがまたそれを耳にあてた。うん、と何回かの返事のあとにそれじゃあ、と言って、遊真くんは通話を切ったようだ。
「で、了承は取れたぞ」
「……じゃあ、家にくる……?」
恐る恐る尋ねれば、間髪入れずにうん、と返事。そうですか。これ、決定なんですか。