立ち位置とは
「……で、ここが私の家です」
「うん、おじゃまします」

 私が言い出した手前、前言撤回するにもできない。っていうか家の人に了承とっちゃったし。頼まれた以上ほっぽりだすわけにもいかないし。自分の中の戸惑う気持ちを、言い訳に言い訳を重ねて封じ込めて、遊真くんを自宅へと招いた深夜。
 とりあえず玄関までは上げたのだけど、そういえばバイトに行くだけだからって部屋の中が散らかりっぱなしだった。このままではマズイので、靴を脱ごうとしていた遊真くんに待ったをかける。

「ご、五分ちょうだい。最低限の片づけしてくるから」
「ほう? わかった」

 素直に頷いてくれたので、私は一足先に部屋へと戻って辺りを見回す。洗濯ものは……よし、とりあえず大丈夫。中学生男子にだらしないところを見せるわけにはいかない。変なものも……多分、ない。オーケーとりあえずは整理整頓だけで済みそう。
 と、積んだり寄せたりでどうにか見せられる状態になったところで玄関へと戻る。改めて、どうぞと声をかければ靴を脱いだ遊真くん。ガサガサと手に持つレジ袋の音を響かせながら歩いて、部屋をぐるりと見渡して。……あんまり見られると、ちょっとどぎまぎしてしまう。

「とにかく座って。えーっと、お茶くらいなら出せるから」
「いいよ。さっき買ったのあるし、おかまいなく」

 がさりとレジ袋を机の上に置いて、私に言われたとおり素直に腰を下ろす遊真くん。
 ――さて、困った。家に招いたはいいけど、することがない。友達と遊ぶっていう感じでもないし、そもそも遊真くんが楽しめるものってなんだろう? やっぱりゲームとかかなぁ。男の子が好きそうなものは家にはないんだけど。
 ちらりと遊真くんを見ると、レジ袋から取り出したペットボトルを弄びながら暇を潰しているらしい。うぅ、沈黙が痛い。せめて何か打開策を見出せないかと頭を抱えて……ふと、ペットボトルを転がす手にはめられている指輪に目が留まる。
 
「……遊真くんってさ」
「うん?」

 切り出そうとして、言葉に詰まる。いやだって、さすがに不良なの? とはストレートに聞けないよね。でも派手な白い頭に指輪っていうのは少し驚く。ふわふわの髪で耳は見えないけど、ピアスとかも開けたりしてるのかなぁ。中学生でそういうのって校則で禁止されてないっけ? と、無難な方向から聞いてみることに。

「その頭とか、指輪とか、学校で怒られなかった?」
「指輪は怒られた。けど、親父の形見だって言ったら何も言われなくなった」

 ……これ、完全に話題選びミスった感じだ。

「ご、ごめん」
「いいよ、別に」

 遊真くんは平然としていて、本当に気にしていなさそうだ。でも、じゃあボスって言うのはお父さんじゃない、ってことかな。叔父さんとか? だからさっきの迅さんも保護者とは違うけど、って言ってたのかな。親戚……だったらそう言う気がするけど……。ううん、複雑な家庭事情がありそうだし、これ以上は聞いちゃいけない。そう判断した私はまた話題を変えるべく考える。なにがいいかな、なにかあるかな。

「なぁ、ダイガクセイって暇なのか?」

 と、今度は唐突に遊真くんからの質問。もしかして、さっきの大学探検で大学に興味を持ったのだろうか。少しはなんちゃってオープンキャンパスも良い刺激になったかなぁ、と遊真くんに答える。

「時間に融通は利くかな。受験の時きちんと勉強しておけば、授業にもついていけるだろうし」
「ほぅ? おれも来週ジュケンだ」

 ――今、なんて?

「……来週、受験?」
「うん」
「え、ちょっと待って? 遊真くんって中学生だよね?」
「そうだよ」

 中学生。で、来週受験。ってことはおそらく高校受験ってことのハズ。ってことは?

「……十五歳?」
「うん。背は低いけど十五歳だよ」

 ……正直、中学一年生くらいだと思ってました。いやだって、初めて私服姿を見た時は小学生かもって思っちゃったし。本人も自覚があるようだけど背も低くて、さすがに遊真くんが中学三年生だとは予想できなかった。
 さらに、自分の時の受験日程を思い返してみる。来週ってことは二月頭。その時期に行われるってことはおそらく。

「もしかして、推薦受けるの?」
「うん」
「だ、大丈夫なの!?」
「よくわからんが、大丈夫だと言われた」

 改めて、身に染みますねこの言葉。人は見た目によらない。よくわからないけど先生のお墨付きってことは、遊真くんって内申点はいいのかなぁ……。確かに、なんだかんだと助けられたり今こうして付き合ってもらってる身としては、悪い子ではないんだろうっていうのは感じるけど。

「とは言え、家にいて大丈夫?」
「うん?」
「いや、まさかそんな大事な時期だとは知らなくて……」

 尻すぼみになる自分の言葉が情けないけど、さすがに申し訳ない。いやまぁ、普段から夜に出歩いている姿を見ていたから油断していた……というのは言い訳だけど。なんだかんだと朝まで一緒にいようって言って了承してしまったのも、家の人の了承を取らせてしまったのも私だし。迅さんが言った気晴らしって、受験前で遊真くんも……そうは見えないけど煮詰まってた、ってことなのかな。

「面接練習とかしてみる? それとも気晴らしだから遊べた方がいいかな。家にあるので遊べるもの……あるかな……」

 慌てて気晴らしを考えていると――ふすりと笑う声が、聞こえて。

「湊川さんはお人好しだな」

 呆れたような笑顔だった。それでいて、なぜか少し寂し気な笑顔。どうしてそんな表情をしているのかわからなくて不思議に思うけど、考える前に遊真くんがそれじゃあ、と言葉を続ける。

「話し相手になってくれ」
「……ど、どんな話がいい?」
「なんでもいいよ。聞きたいことでも、言いたいことでも」

 なんとも難しい提案だ。だってそもそも、私は遊真くんのことをよく知らない。あくまでコンビニのバイト中に出会ったお客さんっていうだけだ。……まぁこれを言うと、そもそもなんでそんな子を夜遊びに誘ったのかってなるんだけど。
 とりあえず話題のとっかかりを見つけるべく、共通の知り合いに頼ってみることにする。

「遊真くんは、なんで店長と仲良くなったの?」
「初めてあそこで買い物をして帰る時、“危ないから気をつけて”って言われたんだ。平気だよって言ったけど、毎回言われたからな。なんでそんなに気にするのかって聞いた」

 ……その流れが目に浮かぶようだった。店長のことだ、ありがとうございましたと挨拶するところを気をつけて帰ってね、と声をかけ続けたのだろう。けれど遊真くんは――私に言ったように――関係ないのにと、少なからず疎ましく思ったのかもしれない。そう心配される理由が気になって、遊真くんから声をかけたと。

「店長、なんて言ったの?」
「次も元気に来てほしいから、ってさ」
「……店長らしいね」
「他人をそこまで心配するもんか?」

 やっぱりつれない答えだ。遊真くんの安否は私には関係ないと言い切ったあの時のように、突き詰めれば、他人っていう線引きがあるからこその意見らしい。

「遊真くんにとっては他人でも、店長にとっては毎日見る白い頭の子、ってことだったんじゃない?」

 うん? と不思議そうに首を傾げて、遊真くんは自分の白い頭を不思議そうに弄る。
 たぶん、店長の感覚は私にもわかる気がする。バイトをしていれば、お互いに名乗ったことはないしきちんと話したこともないけど、顔を見ればいつもの人だとわかるお客さんっている。それは自分が客側になっていても同じ。なんだかいつもこの人に対応してもらってるな、と知らないのに見知っているような感覚。そういう人たちは確かに他人だけれど、完全に他人と言い切るのも気が引けるような、不思議な繋がりがあるような気がするのだ。

「他人とそうじゃない人の違いは、たぶん遊真くんが思ってるより些細なことだよ」

 遊真くんは一度口を開いて何かを言いかけた。反論するのかと思いきや――ふ、と笑う。

「お人好しだな」
「そうなの?」

 なんだかお人好しとは少し違うように思うけど。じゃあ何かと聞かれればうまく答えられないので、反論せずに遊真くんを伺う。
 そうだよ、と穏やかに笑った遊真くんの表情からは、いつの間にか陰が消えていた。
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