出迎えたのは、味方か敵か
 そうして土曜日の朝。約束通り、九時には外出の支度を済ませたらしい近界民が玄関付近で待っていた。さすがに休日だからか、三門中学の制服ではなく私服姿で。
 この私服、近界民が自分で買ったのだろうか。いつの間にやら近界民は、この世界での衣食の確保を自力でできるようになっていたらしい。

「えーと、それじゃあ行きましょうか」
「うん。頼む」

 私たちは揃って近所のホームセンターへと向かう。近界民の背丈からも、買うとしたら子供向けの自転車がいいだろう。ホームセンターなら男性向けから女性向け、子供向けまで手広く扱っているだろうし、手ごろな価格のものがあるのではないかと予想したのだ。
 訪れて、とりあえずはサービスカウンターへ。自力で探してもよかったけど、あまり近界民を連れて長く出歩くのは心配だったし、何より近界民はこの後予定があると言う。あまり無駄に時間を消費するわけにもいかないから、自転車売り場を素直に尋ねることに。そうして案内された自転車売り場で、私は近界民へと声をかける。

「ここにあるのがそうですよ」
「ふむ、たくさんあるな」
「気に入ったのがあったら教えてくださいね。サドルの高さとか調整してもらわないといけないので」
「ふむ? わかった」

 素直に頷いた近界民は、並べられた自転車をざっと見まわして物色しはじめた。大きすぎず、小さすぎず、かつアニメ柄だとかは避けたシンプルなデザインのもの。数台を見比べた近界民は「これ」だと指をさして示す。どうやら、一般的な前かごのついたシンプルな自転車に決めたらしい。私は早速店員を探して声をかける。

「あの、すみません」
「はい?」
「この自転車が欲しいんですが……えっと、この子にサイズを合わせていただけますか?」

 咄嗟に近界民を紹介する言葉が出てこなくて、この子、とか言っちゃったけど大丈夫かな。様子を伺ってみても近界民の方はさして気にしていない様子で、店員も私の紹介に違和感を覚えた様子もなく、普通に近界民に話しかけている。

「じゃあ、まず自転車の横に立ってくださいね」
「おう」

 店員の指示通りに自転車の脇に立った近界民。店員さんは普通に近界民をお客さんとして扱っていて、近界民も店員の指示通りにあれやこれやと跨ってみたりペダルを回してみたりと一通りの点検と調整を手伝っている。

「では、お会計をお願いします」

 店員は迷うことなく値段を私へと告げた。そりゃあ、この場合は私が近界民の保護者のようなものと見られるだろう。
 しかし、覚悟の上だったので会計を済ませようと財布を取り出したものの、近界民によって制される。

「おれが払うよ。お金は持ってるから大丈夫」

 この状況を店員がどう判断したのかは知らないが、いたって自然に「わかりました」と返ってきた。にこやかな笑顔を浮かべているので、自分の貯金か何かで買いに来たと微笑ましく思ってくれたのなら……ありがたいのだけど。
 近界民が支払いを済ませたことに安心していると、店員から「このままお持ち帰りされますか?」と訊ねられた。伺えば肯定した近界民が、売り場から自転車を押して歩き、共にホームセンターを後にする。時刻はまだ十時を少し過ぎたくらい。待ち合わせ場所はどこか知らないが、十分余裕はあるだろうと近界民を見やる。

「待ち合わせには間に合いそうですか?」
「うん。ありがとな、おねーさん」
「いえ。自転車、そのまま乗って行けますか?」
「う〜ん……まぁやってみる」

 近界民の返事を鑑みるに、やはり近界民が想定していたものとはちょっと違ったのだろうか。とは言え買ったからには本人も納得しているのだろうし、それ以上は言及しないことにする。

「じゃあ、行ってくる。また何かあったら連絡するから」
「はい。気をつけて」

 近界民は笑顔を返して、自転車を押しながら人混みへと消えていった。呆気なく終わった私と近界民の買い物。そうなると私は手持ち無沙汰になってしまうわけだが、せっかく朝から支度をして出てきたのだから、このまま帰るというのもなんだか勿体ない。ついでだし、ショッピングでもしてから帰ろうかな。そう決めた私も、近界民には背を向けて街中へと踏み出した。



 さすがに一人で一日中ショッピングするほどの気力はなくて、適当なところで切り上げて帰宅した。先週の休みに近界民と出会ったことを考えると、それからまだ一週間しか経っていないのか。たった七日間だというのに現状に適応してしまっている自分に感心しながらも、私は休日をのんびりと過ごし始める。
 段々と日も傾いてきた頃、気づけば目の前にぷかりと、お目付け役の姿が現れた。

「どうかしましたか?」
『伝言だ、今日も帰らないと』
「……そうですか」

 「わかりました」と答えれば、『うむ』と近界民に似た相槌を打ったお目付け役は、ふいと飛んで行ってどこかへ消えてしまった。ここ数日は外泊ばかりだ。それだけ忙しくしているということは、人探しは順調なのだろうか。それなら、まぁ、いいのだけど。

 そのまま日曜日を迎え、今日も外泊だろうかと思っていた夕方。ふいに玄関からガチャリと音が響いてくるので、どうやら今日は帰ってきたらしい。時刻も時刻だし、夕飯はこれからだろうか。自然と私の足は玄関へと向かう。

「おかえりなさ……」
「ただいま、おねーさん」

 い、と最後まで言葉にならなかった。なぜなら帰ってきた近界民の後ろには、見慣れない男性が二人立っていたからだ。
 一人は、ブリッジのない珍しいサングラスを首元にかけた若い男性だ。にこやかな笑顔を浮かべていて、私と目が合うや否や「どうも、こんばんは」と人当たりの良い挨拶をして見せる。もう一人は、眼鏡をかけた中年男性。ふわりと苦い香りがするあたり喫煙者だろうか。礼儀正しくコートを腕にかけている。
 私は二人を見比べ、もう一度中年男性の方を見やった。さっきまで羽織っていたのだろうコートが腕にかけられているお陰で、今の服装がハッキリと見て取れたからだ。最近も見た記憶がある制服のような。確か、小型近界民とイレギュラーゲートについて通達していたニュースで。つまりこれは――ボーダ―の制服では、ないだろうか。
 立場が上なのはこちらの中年男性の方なのだろう。黙り込んだ私と膠着する状況に一石投じるように、軽く頭を下げた男性が低い声を響かせる。

「突然の訪問すみません。ボーダーの者ですが」
「……は、はい」
「少しお話させていただきたいのですが、お時間いただけますか?」
「…………承知しました。とりあえず、立ち話もなんですし、おあがりください」

 覚悟を決めるべき時が来たのだろうか。私は了承を示し、震えそうになる手をぎゅうと握りしめた。
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