「今日も朝練あるからの。まあ、今から出ても遅刻は避けられんじゃろうが」
そういう大事なことはもっと早くいえ!
* * * * *
玄関先で荷物を渡される。必要そうなものは全部入ってるらしい。
初めて持ったテニスバッグのあまりの重さに、思わず兄を殴りたくなる。
しかしこいつ授業道具のほとんどを起き勉していたもんで、その点は助かったから衝動は抑えておいた。
命拾いしたな、雅治よ。
「ほれオミ、はよいかんとおっさんに裏拳されるぜよ」
「おっさん……?」
「『仁王! 遅刻するなどたるんどる!!』」
急に声色を変えて渋い声で俺を怒鳴る雅治は、裏拳の動作で俺の頬をぺちぺち叩いて遊んでいる。
こいつは昔から人のマネが異様にうまかったから、これもきっと学校の誰かのマネなのだろう。
しかし楽しそうだ。少しくらいその楽しみを俺にわけろ、何にも楽しくないぞ俺。
「それ顧問?」
「みたいなもんじゃ」
「……ってことは違うんだな」
「ピヨッ」
こいつの性格はよく知ってる。生まれた時から一緒だし。
ただ、よく知っていることと、理解しているということはイコールではない。
玄関先に取り付けたる姿見を見て、自然とため息がこぼれる。
うん、まぁ、知ってはいるんだ。一卵性双生児の俺たちはよく似た顔をしている。
多少身長体格に違いこそあれ、今の俺の姿は誰が見ても雅治だ。
雅治、なんだけど……。
無理やりつけられたチョロ毛がうざったいし。
無理やり描かれたホクロが凄い違和感だし。
無理やり着せられた制服がだらしなさすぎて気持ち悪いし。
無理やり持たされたテニスバッグは重いし。
俺、なんにもいいことないぞこれ。
「ああ……もう嫌だ」
「ほれほれ、気ぃ抜くんじゃなか」
「……も、もう嫌、……じゃ」
よろしい、といって満足そうに笑う。
無理やりいわされる変な方言は恥ずかしいし……。
何にもよろしくない。
「『ほら雅治! 早く出なきゃ遅刻するぞ!!』」
「うわ、キモいっ」
標準語の雅治キモい!
違和感の塊が目の前にいる、何だこいつ、何なんだこれは!
「『なにいってんだよ、俺はいつもこういう喋り方だろ?』」
「あーあー! 俺の真似すんな!!」
「『しなきゃ意味ないだろ』」
「……そりゃ、そうだけど」
毛並みの悪いライオンから毛並みのいいライオンになった雅治が、俺の肩にぽんと手を置いた。
目の前に俺がいる。でもそれは俺じゃない。鏡ではなく、別の個体として存在している。気持ち悪いなこの光景。
「『ヘマするんじゃないぞ』」
「ふざけんなって」
「『 ヘ マ す る ん じ ゃ な い ぞ 』」
同じ顔は同じ顔、なんだけど。
俺は、こんな迫力ある声出したことない。
「わ、わかったよ、任せとけって。俺の知ってるお前になりきれるように、ど、努力はする」
「『やり直し』」
「……ま、かしときんしゃい。俺の知っとるお前に完全になりきってやる、ぜ、よ」
……あの、すみません、恥ずかしいんですけど。この喋り方。
何で雅治ってこれ普通に喋れてるんだろう、恥ずかしくないのか? やっぱりこの男には羞恥心ってものが欠けてるのか?
「『俺はちゃんとお前との約束守って髪整えて言葉直してるぞ?』」
「それは俺の真似なだけだっ……じゃ、ろ」
「『でも約束守ってる』」
「……お前まさか」
「『なんだ?』」
「初めっからこのつもりだ、じゃったんか?」
怪しい言葉づかいで尋ねると、俺の姿をした雅治はしばらく俺を見つめて、それから。
にっこり、笑った。
「今頃気づいたんか?」
口調も声も元に戻って、それはもうきれいに、完璧に俺を嘲るように笑ってみせた。
俺の顔で、いや、でもそれは俺じゃなくて、だって俺はこんな風に人を嘲笑するなんてこと、したことないし、したくもない。
だからやっぱりこいつは別の人間で、それで……。
ってそうじゃないだろ、こんちくしょう!
「ほれ、朝練開始まであと20分じゃ。復習しとくか?」
「……復讐? していいのか?」
拳を握った俺を、「それはふくしゅう違いじゃ」といってケケケと笑いながらかわしてみせる。
流すなよこの! 俺の滾る熱い憤りを!
「おさらいじゃ。帽子かぶったおっさんが?」
「……副部長の、真田さん」
「ほう、じゃ、髪の毛赤くてガム噛んでるやつは?」
「えっと……、丸井さん?」
「当たり。じゃあワカメ」
「……切原、くん」
「切原、やのうて赤也って呼びんしゃい。あと赤也とジャッカル以外の他のメンバーは全員苗字呼び捨てやぞ」
「わかったよ」
復習、というのはレギュラー部員の名前のことのようだ。
変装中に嫌ってほどレクチャーされたんだから覚えてるに決まってるだろうが。
お前と違って俺はちゃんと人の話聞いてんだからな。
「目をつむってるように見える人が柳さん、眼鏡が柳生さん、煮玉子がジャッカルさん。……なあ、ところでワカメと煮玉子って何なんだ?」
「見た感じでわかるぜよ」
「意味が分からないんだけど」
「見ればわかる」
他の人が身につけてるものとか表情とかなのに対してこの二人だけなぜか食べ物が例に挙げられている。
バカにしてる? これ相手のことバカにしてるんじゃない? 怒られるよ雅治。
というか、ジャッカル、というからには外人さんなんだろうか
うわやばい、日本語通じんの? あれ、てか雅治英語得意だっけ?
「ちなみにジャッカルには普通に日本語で大丈夫じゃ」
「うん……なぜわかった」
「わかるぜよ、顔にかいてあるナリ」
そういって雅治は俺の頬を引っ張る。それが嫌で、その手を思い切りはたき落としてやった。
表情読まれるのって、なんか凄く嫌だ。だって表情って自分で客観的に見て補正できるもんじゃないじゃん?
だから、わかりやすいといわれる意味がわからないし、対処のしようがない。
「オミはわかりやすいんじゃよ。それに、」
「……あ?」
「俺たち、双子じゃし」
のう? といいながら狐のような目をきゅうっと細めて笑う。
……そうだよ、俺たちは双子。同じ顔なのに違う人
頭の切れる雅治と、地味な俺。
テニスの上手な雅治と、運動はからきしな俺。
何もかも正反対な、俺たち、は。
対なのに、正反対
(羨ましいなんて思っちゃいない)
(だって俺はかわりに『まともな人格』を手に入れたんだからな!)
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