3:嘘つきは詐欺師のはじまり



「『朝練開始まであと15分だよ。遅刻したらいろいろマズイからはやく行きなよ』」


俺の顔で、俺の声でへらへら笑うな! キモい!



* * * * *



出掛けに時間がないことを告げられて俺なりに全力疾走したんだけど、まあ、無理だろ常識的に考えて、間に合うわけがない。
元々俺は「本当に雅治と双子なのか?」と疑うほどには運動神経が悪い。
ただその分、だらしない雅治の代わりに俺はきっちりした性格だ。
これに関しては「本当に雅臣と双子なのか?」と思われる程度にはしっかりしている方、だと思う。
だから、遅刻はどうしてもしたくない
一日の生活リズムはきちんとしたい方なんだよ、俺は、雅治と違って。


雅治曰く朝練開始は6時45分。
現在時刻6時43分、間に合うはずがない。


しかし……気にしたことなかったけど、随分変な時間から始めるんだな、朝練って。45分って微妙だよな……まあいいけど。
他校のしかも運動部の考えはわからんし、しかもあの『王者立海』だ。
雅治の応援に数回こっそり覗きに行ったけど……あれすごいよ、あの応援。生で見ると迫力というか、勢いというか、そういうのが違う。
「常勝立海大!」だっけ? なんか、こう、聞いてるこっちがとにかく恥ずかしかった。
文化系にはああいうノリは難しいんだよ、少なくとも俺には。


しかもなんだ、雅治の二つ名、『コート上の詐欺師』?
どう考えても褒め言葉じゃないよね。


(そうこうしてるうちに、あと1分)


間に合わないっての。もうこうなったら、出来るだけ早く着こう。
まぁ、雅治の性格から考えれば遅刻なんて大した問題じゃないんだろうけど。



* * * * *



「……でかい!」


幸い朝早すぎて校門前には誰もいなかったので思う存分驚けた。
あれから休み休み走り続けたおかげで、どうにか6時50分ちょい過ぎくらいには辿り着くことができた。
初めて見た立海大付属中学校はとてつもなく大きい。さすが私立。
うちの中学校の校舎何個くらい入るんだろうか……。


さて、ここからが問題なんだが、テニスコートは一体どこなんだろう?
5分程度の遅刻で済んだとはいえテニスコートに辿り着くまでが登校だ
……なんか、遠足みたいだなそのいい方だと。


誰かに訊こうにも、雅治の格好をしている手前そんなアホみたいな質問はできない。
どうしたものか……案内板があるわけでもなし、俺は一体どこへ行けばいいのやら……。



「おい」


きょろきょろと途方に暮れていると背後から声をかけられて心臓が口から飛び出すかと思った。
ぽん、と叩かれた肩が思い切り跳ね上がると向こうも少し驚いたようだった。
ばっと振り返ると、綺麗に切りそろえた髪を風に揺らして、視線の先の彼は少し苦笑気味にこちらを見ている。
雅治より背が高い、すらっとした細身で、……なんていうか、こけしにそっく、いや、嘘です。
白い瞼は閉じられたまま、さながら目を閉じているような……、あ?


「お、おお、や、な、ぎ?」
「……何をそんなに驚いているんだ?」


怪訝そうに細い眉を寄せてみせるのに、大げさに笑ってみせた。
訂正が入らなかったことから考えて、この人はどうも「柳蓮二さん」のようだ。
立海大附属テニス部三強の一人、『達人』とも呼ばれる参謀。


雅治がいうには、
「部長の幸村がいない今、うちで一番怖いのは参謀じゃな」
らしい。


しかし見た感じの物腰は柔らかそうだし、何が怖いのかはよくわからん。
なんというか知的そうな感じだし、あんまりスポーツマンっぽい見た目でもない。失礼だけど。
見た目に反して実は乱暴者とかそういうことだったら俺にはわからなくて仕方ないけどね。


「珍しいな」
「な、何が、じゃ?」
「お前が遅刻せずに朝練にきていることが、だが」
「……は?」


時計を見た。
もうすぐ6時55分、間に合ってるとはお世辞にもいえないと思うけど。


「時計が壊れてたか? まだ朝練が始まるのに5分ほどあるが」
「……いや」
「…、……ん?」



騙したな、あの野郎。
おかしいと思ったんだよ、45分なんて中途半端な時間に始まるなんて。
そうだよな、普通もうちょっときりのいい時間にするよな。
俺の違和感はまったく正しかったわけだ。
わけだ、が。


……雅治、あの野郎! だましがやって、無駄に使った神経を体力を返せ!


「……仁王」
「なんじゃ、柳?」
「……、いや、」


柳さんは少し首を捻って、行くぞというと俺の前を歩き始めた。
ラッキー、ついてきゃオッケーだよな、これ!
わざわざ迷ったり誰かに訊いて怪しまれなくて済んだ。
俺はもしかしたらついているのかもな。生まれた時から、雅治と双子として生まれた時から俺の人生不運だらけと思っていたが、どうやら捨てたものでもないみたいだ。


しかし雅治……あいつ、帰ったら覚えてろよ。俺を全力疾走させて無駄にあせらせた罪は重いぞ。
普段の俺ならもしかしたら許したかもしれないが、今日は駄目だ。
なぜなら俺を騙してまで入れ替わりを強要し、挙句の果ての嘘だからだ。俺だってそこまで心の広い人間じゃない。
これを許してしまっては今後何をされても許さなくてはいけないくらい、俺は今理不尽な状況に置かれているんだ。怒っても許されるだろう。


「、仁王」
「おう?」
「………」


今の返事は少し失敗したな、は?、とかのが良かったか。
柳さんは細い目(見えてんのかな?)でこちらをじいっと見てくる。
……え、な、なに? 俺の顔になんか変なものついてる? ホクロ?
そうこう考えているうちに柳さんは前を向いて歩きだしてしまった。
線の細い背中は何を考えているかはわからないが、俺は大して気にもしていなかった。



嘘つきは
詐欺師のはじまり



(後に俺は、「怖い」といった雅治の言葉の意味を嫌というほど思い知らされることとなる)


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