マンムーをボールに戻して「お疲れ様」と声をかけたスズナさんは、すぐに私とゴルダックに視線を向け直す。そして強気な笑みを浮かべてこう続けた。
「水タイプとエスパータイプの技が使えるゴルダックならではの独創的な戦い方、とってもおもしろかったよ!」
自分が褒められているのをわかっているのか、ゴルダックはスズナさんに向けて軽やかな声で短く鳴く。スズナさんはそんな彼にくすりと笑いかけてから、腰のホルダーから次のボールを抜き出した。
「さ、次もナマエちゃんたちの気合い、見せてよね!」
白い光を散らして現れたのは、立派な体格のユキノオーだった。彼が現れた途端、ジム内の気温がぐっと下がる。どこからともなく雪まじりの風が吹き、あられが降り始めた。
草タイプも併せ持つユキノオー。特性は雪降らし。私は少し考えてゴルダックをボールに戻すと、代わりにゴーストに声をかけて場に出てもらう。
ユキノオーが淡い紅藤色の瞳に気高く猛々しい光を滲ませて、こちらを真っ直ぐに見つめている。
ゴーストは吹きすさぶ雪の中をひゅんと飛んでフィールドに躍り出ると、ユキノオーの眼差しを正面から受け止めた。
びゅうびゅうと吹く冷たい風の音だけが響いていたのは束の間。すぐにジム付き審判が試合開始のコールをする。
ユキノオーの顔や胸の周りにある飾り毛のような部分が、迸る闘志からぶわりと逆立つ。それに呼応するように、ゴーストのガスの体が一回り大きくなった。彼の体内を巡る気合いがガスの動きを活性化させているのだとすぐにわかった。
お互いのポケモンの様子を見た私とスズナさんは、たぶん同じことを考えた。この勝負、出し惜しみは不要だ。相手の力量は見るに明らか。最初からパワー全開で押し切らないと、負ける。
「ゴースト、シャドーボール!」
「ウッドハンマーよ、ユキノオー!」
私の声に反応したゴーストが慣れた手つきでシャドーボールを放つ。
しかしユキノオーはそれをもろともせずにゴーストめがけて突っ込んできた。その勢いのまま、ユキノオーはウッドハンマーの力で強化された右腕を横薙ぎに払う。吹雪の吹き荒れるフィールドを切り裂いたその横薙ぎは、ゴーストのシャドーボールを巻き込んで大きな爆発をおこした。
やった、と思ったのもつかの間。次の瞬間、その爆炎の向こうから右腕を振りかぶったユキノオーが現れた。
鬼気迫る表情のユキノオー。その瞳は真っ直ぐにゴーストを捉えている。これは簡単には避けられない。ならば。
「毒ガス!」
私の声を受けて、ゴーストはそのガスの体をぶわっと膨張させるようにして毒ガスを放った。ゴーストはそのままガスの影に素早く身を隠す。
一方、煙幕のように視界を奪うガスにうろたえそうになったユキノオー。しかしそんな彼を鼓舞するように、スズナさんはすぐさま声をかけた。
「大丈夫! ガスは吹雪ですぐに吹き飛ばされる! そのまま気合いで押し切るのよ!」
スズナさんの言う通り、ユキノオーの登場によって引き起こされた吹雪はゴースト特製の濃く重い毒ガスを容赦なく吹き飛ばしていく。それを見て気合いを入れ直したユキノオーはその双眸をぎらっと輝かせると、もうほとんど隠れる場所の残っていない毒ガスめがけて光り輝く右腕を容赦なく振り下ろした。
「ゴースト!」
私のその声をかき消すように、ウッドハンマーが空を切る音が響く。その衝撃で、僅かに残っていたガスがその影を散らすように吹き飛ばされた。そして。
がきん、と甲高い音が響いて、視界の先に無残に砕け散った氷の地面が現れた。しかしそこにゴーストの姿はない。
そんなまさか、とユキノオーが焦ったような声で鳴く。
これはスズナさんにとっても想定外だったようで、フィールドの隅々に視線を走らせてゴーストの姿を探す。しかし目的の影は見つけられず、最後に私の方に緊張を含んだ眼差しを向けた。雪隠れの特性を持っているわけでもない、僅かに残った毒ガスの煙幕の中に追い詰められていたはずのゴースト。それがこうして忽然といなくなるなんて。
私はスズナさんと同じく場の状況を見渡してから、ゆっくりと唇を開いた。
吹きすさぶ雪とあられで薄暗いフィールド。そこに立てられた氷の柱や佇む雪山が、氷の地面に淡い影を落としている。
「ゴーストは、影に潜むのが抜群にうまいんです」
たぶん、若草色の光を纏ったウッドハンマーが炸裂したその瞬間、ゴーストは相手の攻撃が作り出した陰影に紛れてその姿を消したのだと思う。光が強いほど、生まれる影は濃くなる。そうなればゴーストがその姿を隠すことは容易だ。
私が手短にそう説明すると、スズナさんは緊張をはらんだ瞳を笑みの形に細めて「なるほど」と頷いた。それから、ゴーストの行方を探すようにフィールドを見渡すユキノオーを力強い声で呼ぶと、そのまま力のこもった調子でこう続けた。
「吹雪よ。隠れたゴーストを吹き飛ばすくらい、気合いたっぷりでいくよ!」
頼れるパートナーの指示を受けて、ユキノオーが地を揺らすような声で鳴く。そして彼はその猛りのまま、渾身の吹雪を放った。
ユキノオーのおこしたあられまじりの雪はあっという間に暴風雪に変わり、ジムの中がまた一段と薄暗くなる。私は体温を奪われて思考が散漫にならないようにコートの前を掻き合わせながら、ゴーストのことを考えた。
この暴風雪は、今も少しずつゴーストの体力を奪っていることだろう。
でも、きっと彼は今もこの氷のフィールドのどこかに身を潜めて機を窺っているに違いない。黙々と力をためながら、私の次の指示を待っている。その姿は見えないけれど、きっとそうに違いない。
そういえば、ハクタイジムでもこんなことがあったなあ。あの時はナタネさんのチェリム相手に有効打がなくて、ゴースが自ら呪いを放つことでなんとか形勢を保ったんだっけ。
場違いに懐かしい感情が蘇りかけたのは刹那。私はあの時よりも逞しくなったゴーストと、私たちがとれるいくつもの戦術、それから彼の性格を考慮して、次の作戦を考える。
飄々としているようで、結構熱いところのある、負けず嫌いなきみ。
影に紛れるのも嫌いじゃないだろうけど、そればっかりじゃつまらないよね。
「怪しい光!」
吹き荒れる吹雪に負けないように、ありったけの声で叫ぶ。スズナさんの眉が、今後の動きを警戒して僅かに動いたのが吹雪の向こうに微かに見えた。
そして、その次の瞬間。私から見て右手側にあった氷の柱が、怪しく、そして激しく輝いた。
そこにいたんだね、と思ったのは束の間。ゴーストが渾身の力で放った怪しい光は氷の柱の中で乱反射して、今までに見たことがないほど激しく、そして妖艶な七色の光になり、吹雪のせいで薄暗いフィールドを染め上げた。その光を真正面から浴びたユキノオーの淡い紅藤色の瞳がみるみる間に混乱に曇っていく。
「もう一度毒ガスよ」
私の声を聞くや否や、ゴーストは怪しく輝く氷の柱の向こうで毒ガスを使う。不敵な輝きに揺らめくガスの煙幕は瞬く間に膨れあがり、巨大なゴーストの影になってユキノオーを見下ろした。
混乱しているユキノオーは猛々しい声を上げて、毒ガスに向かって雪なだれを放った。申し分ない威力の雪なだれはガスを簡単に蹴散らしてしまったが、分散したガスの塊はかえってユキノオーの混乱を招く結果になってしまったらしい。ガスの塊ひとつひとつに過敏に反応したユキノオーは、スズナさんの声を無視してあちこちで消え残るガスにウッドハンマーを打ち下ろしている。
この隙を逃さないように、私はゴーストに気合玉を指示した。
私の声を合図に、ゴーストが極彩色に輝く氷の柱の影から上空へと躍り出た。いつもは闇を集めたような暗い色をしている体が、七色の光を受けて妖艶に光る。その姿に思わず見とれてしまったのは刹那。両手を天高く突き上げてエネルギー球を形成した彼は、それをユキノオーめがけて打ち出した。
吹き荒れる吹雪を巻き上げて、衝撃波が駆け抜けた。私の白いコートの裾とスズナさんのおさげが大きく揺れる。
そして雪煙が引いた先で、ユキノオーは大の字になって倒れていた。
スズナさんはきゅっと引き結んでいた唇を解くと、ふうっと息を吐き出してからユキノオーをボールに収めた。「お疲れ様。ゆっくり休んでね」と優しい声をかけてから、私に向き直る。
「ゴーストらしい戦い方、とっても面白かったよ。押されてるのになんだかわくわくしちゃった」
ぱっちりとした印象の双眸をきゅっと細めて屈託なく笑うスズナさん。その表情から、彼女がこのバトルを心から楽しんでいることが伝わってくる。
それにつられるように、私の気持ちも明るくなった。もちろん勝ちたい気持ちや緊張感もたっぷりあるけれど、それ以上に、この氷上の戦いが、勝利を目指して作戦を考えるこの時間が、とても楽しかった。
「最後のバトル。とっておきのポケモンで相手してあげるんだから!」
高らかにそう言って、スズナさんは残ったボールを勢いよく投げる。
ボールが吐き出した光を散らして吹雪の中に現れたのは、白い体を妖美にたなびかせるユキメノコだった。
少し考えて、ゴーストには戻ってもらうことにした。私の考えていることなんてお見通しなんだろう、彼はその口角をにっと高く持ち上げて「まあ、この場はあいつに譲ってやるよ」というように鳴いてみせた。
ユキノオーが起こした雪まじりのあられが吹き荒れる氷のフィールド。私の仲間の中でこの場を活かして戦うことができるのは彼女しかいない。
それに何より。スズナさんがユキメノコを出したのだから、こちらもそれに応えるのが礼儀というものだ。
ちりん、という涼しい鈴の音を響かせて現れた私のユキメノコは、周囲の状況と自身に対峙したスズナさんのユキメノコを見て、なるほどそういうことかというようにゆっくりと顎を引く。そして相手のことを挑発するようにその場でふわりと舞って、力のこもった声でひゅるりと鳴いてみせた。
これまでずっと余裕たっぷりに振る舞っていたユキメノコのその様子が、私の胸にも熱い火を灯す。そうだね、例え相手が氷タイプのジムリーダーであっても、同じユキメノコには絶対に負けられない。負けたくない。
私たちの表情を見たスズナさんの眦が愉快そうに細められる。次いで彼女は、気合いを入れるように腰に巻いたカーディガンの裾をぎゅっと結び直した。そして、「じゃあ、こっちも気合い全開でいくよ!」と高らかな声で言ったのだった。
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