ボールがポケモンを放つ閃光が氷のフィールドに反射して一段と眩しく煌めく。その残光を散らして現れたのは、マンムーとゴルダックだった。
私がゴルダックを一番手にしたのは、相手がどんな氷ポケモンを出してきても水タイプのゴルダックなら氷技を受けて戦えると思ったからだ。しかしその選択は期待した以上の結果をもたらしたようだ。地面タイプも持っているマンムーが相手なら、ゴルダックはもっと有利に戦えるに違いない。
短絡的に喜びかけた私の視線の先で、スズナさんがにやりと笑った。それを見た私の背中が警鐘を鳴らすように粟立つ。
そうだ、彼女は氷タイプのジムリーダーなのだ。きっとこれまでに何度もマンムーで水ポケモンを相手にしてきたに違いない。経験は間違いなくスズナさんの方が上だ。私は浮足立っていた気持ちを落ち着けると、ゴルダックのたくましい背中に視線を移す。
スズナさんは私のそんな心中を見透かすように強気な笑みを浮かべて「じゃ、いくよ!」と言い、まずは小手調べに粉雪を指示した。
マンムーが低く鳴き、その体を震わせながら粉雪を放つ。ひゅうっと冷たい風が吹いた、と思ったらそれはすぐに雪まじりの強風に変わってゴルダックを襲う。
それは決して弱い攻撃ではなかったが、あくまで小手調べ。ゴルダックは涼しい表情のまま呼吸を整えると、水の波動を放った。みずみずしい衝撃波は、あたりを舞う雪片と吹き荒れる強風を飲み込んで颯爽と駆け抜けた。容易に攻撃を打ち消してみせたゴルダックは、その真っ赤な瞳でマンムーを見つめる。手加減はいらない。そう言いたげな眼差し。
「うん、いいね! あなたのゴルダック!」
スズナさんは自身の攻撃が容易に掻き消されてしまったにもかかわらず、心の底から楽しそうに笑ってそう言った。悔しそうな様子や驚くそぶりがないことから、防がれるところまで彼女の想定通りということなのだろう。
私はスズナさんの言葉を素直に受け取って「ありがとうございます」と言ってから、鋭く息を吸い込む。そして、手加減は不要というゴルダックに同調するように強い調子でこう続けた。
「今度はこっちからいきますね!」
私の声色からその意図を察したゴルダックが波乗りを放つ。氷の地面から大量の水が湧き出すように現れて、見上げるほどの大波になりマンムーに向かってゆく。
地面タイプのポケモンがこれを受けてはひとたまりもあるまい。そう思いながら見やった先で、スズナさんはその口角を持ち上げてにやりと笑う。そして自信に満ちた声で「吹雪!」と言った。
マンムーが四肢に力を込めて大地を踏みしめると同時に、先程の粉雪とは比較にならない程の雪と風があたりに吹き荒れた。その風雪はマンムーによってコントロールされ、つい先程ゴルダックが放ったばかりの大波めがけて吹きつける。
波から上がった飛沫が即座に凍って氷上に為す術なく落下していく。同時にその巨大な波の本体すらも急速に冷やされて、反り立つ大波の形を保ったまま無残に凍りついてしまった。
想像していなかった事態にひるんでしまった一瞬の隙をついて、スズナさんはマンムーにダブルアタックを指示した。マンムーは慣れた足取りで氷を踏みしめてこちらに突進してくると、その巨大な牙に力を込める。
そして、一打目でゴルダックとの間にあった大波の氷を砕き、二打目をゴルダックめがけて打ち付けた。
マンムーが打ち砕いた波の破片が、ジムの明かりを反射しながら降り注ぐ。それが氷の地面に落ち、次々と甲高い音をたてて砕けるのを聞きながら、私は慌てて「受け止めて!」と指示を出した。
しかし咄嗟の出来事であったこととつるつる滑る氷の足場が重なったせいで、ゴルダックはうまく構えを作ることができなかった。マンムーの重い打撃を受けて、ゴルダックの体が弾き飛ばされた。私の口から悲鳴に近い叫び声が漏れる。
「ゴルダック!」
ゴルダックはその勢いのままフィールドにあった氷の柱に激突した。駆け寄って彼を助け起こしたい衝動をこらえて、私はもう一度彼の名前を呼ぶ。
ゴルダックはそんな私の呼びかけに、短く、しかし力強い声で応えた。それはほんの一鳴きであったが、その声の繊細な響きは彼の思いを饒舌に物語っていた。大丈夫、おれはまだやれる。だからあいつに勝つための指示をくれ。
私を安心させようとする優しさとマンムーに負けたくない闘志が混じり合ったその声は、相手の力量に押され気味だった私の心を一瞬で落ち着けて、熱い気持ちを呼び起こした。
マンムーにとって本来得意でないはずの特殊攻撃で波乗りを完封されてしまったことはショックだった。氷のフィールドに苦戦する私たちとは反対に慣れた足取りで力強い物理攻撃を繰り出してくることも、大きな脅威だ。
でも、どんな時でも勝利への道は隠されている。ゴルダックが私を信じてくれているなら、私はきっとその道を探し出せる。
ダメージを負いながらも闘志を失わないゴルダックの眼差しに、マンムーが感激したように鳴く。相手にとって不足なし、と言うように咆哮して、そのたくましい前脚を踏み鳴らした。
その時だった。マンムーの太くどっしりとした足が氷の地面を踏んだ瞬間、つい先程彼が打ち砕いたばかりの凍った波の破片がその足裏でくぐもった音をたてて砕けた。
それを見た私の脳裏に、ひとつの考えが浮かぶ。もしもあの氷の破片がもっとたくさん足元に降り積もれば、いくらこの環境に慣れているマンムーといえど足元が覚束なくなったりしないだろうか。そうなれば、足元の悪さについてはゴルダックと同条件になる。あとは素早さで優るゴルダックの方が近距離戦を有利に進められるかもしれない……。
作戦というにはあまりに突発的な思い付きだったが、それ以外に打てそうな手もない。今はゴルダックの気持ちが導いてくれたこの方法に賭けてみよう。
私はそう決心するや否や、ゴルダックに波乗りを指示した。再びあの大波がマンムーに迫る。
「だから、その手は通じないよ!」
スズナさんのその声を受けて、マンムーが吹雪を放つ。またもあっけなく凍りついた波の壁に怯まずに、私は「諦めずに続けて!」と連続で波乗りを出すようにゴルダックに叫んだ。
どっと激しい水音が鳴って、巨大な高波が休む間もなくマンムーに押し寄せる。マンムーは低く唸るように鳴いて力を強め、迫り来る波を全て凍りつかせてゆく。
「ナマエちゃん、こっちが疲れるのを狙ってるのかもしれないけど、残念ね。マンムーのタフな気合い、見せちゃうよ!」
マンムーは地を揺らすように鳴いて気合いを入れると、一際激しい吹雪を放った。通常、吹雪のような大技は一度のバトルで数回使うとポケモンが疲れてしまうものだが、スズナさんの言う通り、マンムーはその持久力を余すところなく発揮して吹雪を起こし続けた。
大波になる前の、地から湧き出す水すらも凍りつかせようとするその勢いに負けじと、ゴルダックも技を出し続ける。四方八方から繰り返し押し寄せる波はマンムーを中心に高くそびえたまま凍り付き、さながら大輪の花のようになっていく。ジムの照明を照り返して透明な虹色に輝くその花弁がついに満開となったところで、私は次の行動に移った。
「今よ、念力!」
ゴルダックの額の赤い宝石が、待っていましたと言うように眩く煌めく。そして次の瞬間、甲高い音をたてて巨大な氷の花が粉々に砕けた。
細かな氷のかけらがしゃらしゃらと触れ合うか細い音が、幾重にも重なって幻想的な響きになる。
スズナさんの口調から察するに、挑戦者の波乗りを凍らせて打ち砕くのはスズナさんとマンムーの十八番なのだろう。でも、それだけ場数を踏んできた彼女らにとっても、この状況ははじめてなようだ。もちろんスズナさんがそれを顔に出すことはないけれど、先程までの饒舌さが一転したようにその唇がきゅっと閉ざされる。
今度はこっちの番だ。
私はつるつると滑る氷のフィールドの上に数多の氷片がしっかりと降り積もったのを確認してから、鋭い声でゴルダックにアクアジェットを指示した。
ゴルダックはその場で少しだけジャンプをすると、背後にあった氷の柱――つい先程マンムーの攻撃でぶつかったばかりのそれを力強く蹴って、マンムーめがけて跳び出した。
ゴルダックは青い軌跡を描きながら目にもとまらぬ速さでマンムーへと距離を詰める。
急な展開に焦ることなく、スズナさんは冷静だった。「ダブルアタックで弾き飛ばして!」とよく通る声で言って、その後の展開に備えて場の様子に気を配る。
だから、スズナさんはたぶんマンムーのよりも先にその危険性に気付いたのだと思う。マンムーがその牙に力を込めてゴルダックを迎え撃つために大きく足を踏み出そうとした瞬間、彼女の口から「あ、」という小さな声が漏れた。
次の瞬間、力強く打ち下ろされたマンムーの足の下で何層にも重なった氷が砕けて溶けて、彼の足元をほんの一瞬だけぐらつかせた。それはまばたき程度の僅かな時間であったが、今の私とゴルダックにはそれで充分だった。
その一瞬のズレでマンムーの攻撃をぎりぎり躱したゴルダックのアクアジェットが正面から炸裂する。苦手なタイプの攻撃に、マンムーの体が思わず揺らぐ。
私は躊躇わずに攻撃を続けるようゴルダックに告げた。すると彼は目の前にあったマンムーの牙に手をかけて腕の力だけでその上に登る。そのまま振り落とす隙を与えない素早い身のこなしで牙を足場にして空中へ飛び上がった。
その跳躍力と重力が釣り合った一瞬、空中で静止したゴルダックとマンムーの目が合う。
これから何をするんだ、と身構えたマンムーの視線の先で、ゴルダックが選んだ攻撃は実に単純なものだった。彼はマンムーを真っ直ぐに睨み据えながら重力に従って頭から落下していく。
頭突きだ、と思った私の視線の先で、ゴルダックの額の宝石が輝いた。まるで彼が渾身の念力を放つ時のようなまばゆい光が赤い軌跡を描く。溢れ出るその光は氷に反射して、ゴルダックと彼を見上げるマンムーの横顔を等しく赤に染め上げた。
あれが思念の頭突きだということを私が理解した瞬間、ゴルダックの攻撃が正面から決まった。マンムーの額を打ち付けた低く鈍い音が響く。あまりの衝撃に一瞬意識を飛ばしかけたのか、マンムーはひるんだように立ちすくんで動かなかった。
「ゴルダック、波乗り!」
そのままたたみかけるように放った波乗り。白い飛沫を上げ、床に散らばった氷の破片を飲み込みながら高くそびえた白波が砕けた先で、強敵だったマンムーはついに膝をつき、そして倒れた。
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