01

ガラガラと崩れ落ちる音に敏感に反応してライフルの銃口を向ける。キッと睨み付ける女の目は鋭い。ゆっくりと足を交差させるように動かして警戒しながら光が射し込む出入口へと向かう。

「……」

度々左右に銃口を振りながら息を潜めるように呼吸を浅く繰り返し、そうして一度だけゆっくりと息を吐き切って気持ちを落ち着かせた。そして――。
意を決して走り出した。逃げるように光射す出口に向かって足を止める事無く駆けて行く。そうして勢い良く外へと出ると急いで振り向きライフルの銃口を今出て来た出口に向けて構えた。

「ハアッ…ハアッ…!」

乱れる呼吸をそのままに鋭く睨む先の暗がりには人らしき影が揺らめいて動くのが見えた。自分を追って来たのだろうその影はそこから出ることを拒み、追うことを諦めて暗闇へゆっくりと引き返し去って行った。

「……」

ライフルの銃口をゆっくりと下ろして大きく息を吐き出して緊張の糸を解した。ポシェットから地図らしきものを取り出して赤いペンでバツ印を付ける。左腕のデジタル時計に視線を落としてから空を見上げて目を細めた。

「少しずつ範囲が広がって来てる。生き残った者同士で争っている場合じゃないはずなのに……」

女はポツリとそう呟くと足早にその場から立ち去った。





ザザァ……――。
音を響かせながら浜辺に打ち寄せる海をぼ〜っと見つめる男がいた。少ししてゆっくりと振り向けば甲板一面に負傷した者達が大勢。その治療に追われる船医やナース達が忙しなく動いている。手伝う者、慰める者、感傷に浸る者等様々で、男は小さく溜息を吐くとその場を立ち去り船内へと入って行った。
その後ろ姿を治療に当たっていた船医とそれを手伝っていた男が見送って小さくかぶりを振った。

「ジョズ、これから先どうする気でいるのか話は聞いたか?」
「いや、まだだ」
「誰が引っ張っていくのかは――」
「それはもう決まっている」

言葉を遮って返事をしたジョズに船医は言葉を噤んだ。そして、少し間を置いて「――そうか」と小さく頷いた。

「ナース達も今後どうするかを決めねばならん。ジョズ、すまんが聞いておいてくれんか?」
「直接聞けばどうだ?」
「いや、同じ戦場に立った者同士の方が良い。今は特にな。なにも言わんが精神的に堪えていることは確かだからな」
「……わかった」

ジョズは傍で話を聞いていた自分の部下に船医の手伝いを任せて船内へと足を向けた。本当はあまり気乗りしていない。自分を含めて失ったものがあまりにも大き過ぎたからだ。自分自身でさえも動揺が抑えられず、気持ちが滅茶苦茶のままでどうすれば良いのかと整理ができていない状態だ。だがそれは恐らく彼も同じで――いや、誰よりも常に近くにいただけに損失の度合いは誰よりも大きいはずだ。

ジョズは重い気持ちを吐き出すように溜息を吐くと意を決してノックをした。ドアが開けられるまでの短い合間にどう声を掛けたものかと思考を回していたが、いつまで経っても開けられる気配も無ければその部屋に人がいる気配さえ感じられないことにジョズは気付いた。そしてガシガシと頭を掻いて更に深い溜息を吐いた。

「いるかいないかの判断すらできないとは、おれも相当まいっている証拠ではないか。なァ、そうだろうオヤジ……」

ジョズは自嘲気味にポツリと漏らすと少し考えた。そして「あァそうか」と頷いた。自室にいないのであれば恐らく彼は『船長室』にいる――と、頭に浮かんだジョズは足早にその場を後にした。





大きな部屋の中央に佇んで目を瞑る。懐かしい声音を思い出すと二度と戻らない日々を思い浮かべて溜息を吐いた。閉じた瞼をゆっくりと開ければ誰もいないその部屋は、あまりにも広くて、あまりにも静かで、自分の存在すらあやふやに感じてしまう程、なにも無い空間に思えた。

この部屋に来ると一際大きな椅子に必ず腰掛けていた主はもういない。この一際大きな椅子は主を失くしたことに気付いているだろうか。もう二度と座られることは無く、椅子としての役目を終えたことを知っているのだろうか。その椅子に歩み寄ると手を伸ばしてそっと触れた。

「オヤジ……」

まるで蚊の鳴くような小さな声音でその人を呼ぶ。心から敬愛した父のような存在を失くした喪失感は胸中にぽっかりと大きな穴を空けた。眉尻を下げて「情けねェなァ」と自嘲気味に零し、泣きそうな笑みを浮かべて「ハハッ……」と小さく笑った。

これからどうするべきか。これからなにをするべきか。どうあるべきなのか――。

四皇の一角である赤髪のシャンクスに恩を受け、敬愛したオヤジと大切だった末弟の墓が建てられた風景を思い浮かべる。
誰もが船に戻ってその島を離れる前、最も自分をよく知ってくれていた悪友が愛用した黄色のスカーフと二本のサーベル剣もそこに添えて置いて来た。
失くしたものはあまりにも大きくて、なにもできなかった不甲斐無い自分を責め続ける心がずっと痛んで苦しい。こんな時、その悪友が生きていたらなんと言って声を掛けてくれただろうか――。

「なァ、サッチ……。この先、おれはどうすりゃあ良いと思う?」

悪友の名を呼んでポツリと呟き大きく息を吐いた。「どうもこうもねェか。ずっと嘆いていても仕方が無ェ。オヤジもエースもお前も、もう戻っては来れねェんだ……」――と、目元を手で覆い、また力無く自嘲した。

本当は今にも慟哭を上げて心を壊したい。しかし、必死に抑えて冷静さを保ち、残された者達を引き攣れて立て直す役を担わなければならない立場にある。自分を奮い立たせなければならない――が、まだそれはできそうにない。
もし、時が戻せるなら――等と、そんな馬鹿らしい思いが頭に過るのは仕方が無いことなのかもしれない。
オヤジと末弟であるエースの死はあまりにも大きかった。しかし、全ての始まりとなった友の死が最も堪えているのだとこの時になって初めて自覚した。

「……」

目元を覆った手で顔を拭うように口元へと移し、誰もいない船長室の空間を見つめた。

「辛ェなァ。残されるってェのがこんなに辛いもんだとは思わなかったよい」

そう独り言ちた時だった。

ドーン!!

「!」

大きな轟音が突如として鳴り響き、船がグラグラと激しく揺れた。すると船長室のドアが勢い良く開け放たれる音に視線を向ければ顔に焦りの色を滲ませたジョズが入って来た。

「やはりここにいたか!」
「ジョズ! 敵襲か!?」
「わからん! 急いで甲板へ行くぞマルコ!」

二人は急いで船長室を出ると甲板へと走った。
敵船は――と視線を向ければ全く見知らぬ髑髏を模した海賊旗を掲げた海賊船が真横に付けていた。武器を手にした海賊達が意気揚々と甲板へと雪崩れ込んで来ると激しい剣檄音や銃声音と共に怒声が辺り一帯に大きく木霊した。

「誰も気が付かなかったのかよい!」
「海底から突然浮上して来たコーティング船だ!」

マルコの言葉に敵の攻撃を往なしながらビスタが声を荒げて答えた。

「ハッハー! 今こそ世界最強と謡われた白ひげ海賊団を潰すまたと無い絶好の機会だ! 白ひげも火拳も死んで戦力が大きく損なわれた上に大半以上が負傷者だらけだ! 野郎共恐れるな! 容赦無く叩き潰せェェェッ!!」

襲って来た海賊の船長と思われる男が意気揚々と声高に叫ぶ。その声に背中を押されるかのように押し寄せる海賊達の士気は高い。片や白ひげ海賊団の隊員達は負傷した身体を引き摺りながら応戦するも士気が頗る低く押される一方だった。

「あァもうウザい! なんだよあいつ!!」
「ハルタ、熱くなるな! こういう時こそ冷静に対処すべきだ! これ以上の損害を被るわけにはいかねェからな!」
「わかってるよイゾウ! 援護をお願いするよ!」
「あァ!」

船首の部分で反撃に出るハルタとそれを援護するイゾウの姿を見止めながらマルコは青い炎を纏い不死鳥へと化し始める。

「ジョズ、乗り込んで来た奴らは各隊長主体で全員を叩き潰せ! その間におれがあいつらの頭を叩きのめすからよい!」
「ま、待てマルコ!」

ジョズの制止を耳にしながらもマルコは甲板を蹴って空へと舞った。狙いは敵船で指示を出す船長と思われる男ただ一人。
だがその一方で空に舞い上がる青い光を見上げた船長と思われる男はニヤリと笑みを浮かべた。

「ククッ……、大物が釣れたな。不死鳥マルコさえ消せば白ひげ海賊団は自ずと瓦解する。黒ひげの旦那ァ、報酬は弾んでもらいますぜ〜」

目論み通り不死鳥マルコは自分に狙いを付けて果敢に攻めて来た。
男は自分の側にいる部下達に合図を送るかのように軽く腕を振るった。再生の能力を持っているとは言えども先の戦いで覇気による攻撃を受けた身体は負傷したままであることがわかる。腹部や首筋に巻かれた包帯がそれを如実に物語っているからだ。

万全で無いのであれば勝機はある。

眼前に迫る青い炎を灯した不死鳥が人へと姿を変えて蹴りを放って来た。

「くっ……!」

攻撃をなんとか寸前で躱したものの僅かに頬を掠めた。万全で無くとも流石は白ひげ一番隊隊長だ。攻撃の鋭さに少し怖気付いた――が、不死鳥マルコを目の前にして作戦通りに事を運ぶことはできると確信した。
誰よりも動ける身体であったとしても、誰よりも大きく負傷している。そうだ。不死鳥の”心”は、他の誰よりも、死に瀕した状態にある。故に焦りが生じて視野が狭い――そう思った。

「今だ!」
「なにッ!?」

ガチャン!

錠を掛けられる音を耳にした瞬間マルコはガクリと膝から崩れるようにして甲板に両手を突いた。

「海ッ…楼石……!」

船長と思われる男に集中するあまりに視野が狭まったマルコの隙を突き、別の男がマルコの腕に錠を填めたのだ。

「クソッ!」

顔を大きく歪ませたマルコはギリッと奥歯を噛んで目の前の男を睨み付けた。

「クク、お前の能力は魅力的だからなァ」
「な…に……?」
「死にさえすればどこかでまた手に入る」
「!」
「白ひげや火拳の後を直ぐに追わせてやれと我らのキャプテンであるティーチ船長からの温情だ。有難く受け取るが良い不死鳥マルコ!」
「ッ――! ティー…チ!?」

マルコに錠を填めた男が力を無くしたマルコの腕を掴み上げた。そうして白ひげ海賊団が必死に戦っている船上から見える場所へと移動するとマルコが狙い定めた船長と思われる男が声高らかに叫んだ。

「白ひげ海賊団! 最後の頼みの綱でもある不死鳥マルコの最後だ! 天候が荒れ始めたこの海に落ちては誰も助けはできまい!!」
「「「マルコ!!」」」
「「「マルコ隊長!!」」」

隊長達や隊員隊は目を見開いて驚き、途端に血相を変えて叫んだ。

「やれ」
「じゃあな、不死鳥」
「くッ……!」

マルコは波が高く荒れ始めた海へと敢え無く投げ落とされた。白ひげ海賊団の誰もが慌てて助けようと欄干へと駆け出した。しかし、船上に雪崩れ込んで攻撃をして来る敵達に足止めされて誰も飛び出すことはできずにドボンッと落ちた音だけが小さく耳に届いた。

「急げ! 誰でも良い! 海へ!!」

拳銃を放つが敵の数があまりにも多くて苦戦を強いられたイゾウが声を荒げて叫んだ。

「クソッたれが! 死ぬんじゃねェぞマルコォォッ!」

ラクヨウも懸命に敵を撃破しながら叫んだ。

マルコまでも失ってしまっては白ひげ海賊団は本当に壊滅してしまう。誰もがそれを理解し、誰もが必死になって抗った。

「クハハハハッ! 生きる意志が消え掛けた男が絶体絶命に追いやられたら、あるのは最早死だァ!」

船長と思われる男は腹を抱えて笑った。その言葉を耳にしたジョズはグッと息を飲んで苦渋の表情を浮かべた。

「マルコッ……!」

気にはなっていた。どれだけ心が痛んでいるのか、ずっと気にはなっていた。しかし、声を掛けることができなかった。なにも気にしていないかのように周りの者達に気を掛け、決して負の感情を見せまいとするマルコの姿がそれをさせなかった。
生き残った自分達を誰が引っ張っていくのかは誰の胸中にも同じ人物を指していた。それを当人も自覚していた節があって――だからこそ気丈に振舞っていたのだろう。

「だからと言ってこのままッ……! 誰か! 海へ!!」

重い身体を懸命に動かして抗う隊長達は多くの敵を出来る限り倒した。そして隊員の誰かに海へ急げと指示を出す。だが結局、襲って来た海賊団はこれ以上の戦いは不毛とし、白ひげ海賊団の船に乗り込んだ仲間を打ち捨てるように戦線から船を離して離脱した。
残された海賊達は悲痛な声を上げるが白ひげ海賊団に囚われて戦いは終わった。

嵐のように海が荒れ始める中、海へと飛び込むのは無謀だ。甲板上では呆然とする者達が殆どで、隊長達の誰もが力無くその場に立ち尽くして項垂れた。

「最早……、これまでか……」

雨がポツポツと降り始めて本格的な嵐へと変わる天を見上げたジョズは力無く言葉を零した。





パチパチと音が聞こえる――。
身体が重くて思うように動かない中、懸命に目を開けると視界に飛び込んだのは暗く狭い無機質な部屋だ。その中央には錆びれたドラム缶に薪が燃やされている様があって、マルコは大きく息を吐いて無機質な天井を見上げた。

「おれは…まだ…生きてンのか……?」

確かに海へと落ちた。コポコポと気泡が立てる音を耳にしながら暗い海の底へと沈んで、やがて意識が薄れて――まで記憶に残っている。ここはどこなのか。どこかに流れ着いて誰かに助けられたのだろうか。それとも死の淵で見る夢かなにかか――。

呆然としていると誰かが来る気配を察したマルコは目を閉じて気を失ったままのふりをした。ギギギッ――と、少し錆びれたドアを開ける音が聞こえた。そうして静かに閉められる音がすると今度は足音を立てない様に静かに近付いて来る気配にマルコは薄っすらと目を開けてその人物を見た。

―― 女……?

黒のタンクトップに黒のミリタリーパンツ、そしてミリタリーブーツといった格好。篝火に照らされて浮かび上がる横顔は髪を後頭部に一つ纏めにしたシニヨンヘアースタイルと相まって理知的で大人びた表情をしているのが印象的だった。

「なァ……」
「!」

マルコが声を掛けると女は少しだけピクンと肩を跳ねさせた。だが表情を変える事無く顔を向けた。
ここがどこなのか聞こうとして口を開け掛けた時、ピピピピッ!――と、聞き慣れない音が突如として鳴り響き、マルコは咄嗟に口を噤んで声を飲み込んだ。

―― なんだ?

どこから音が聞こえて来たのかとマルコが視線を周りに巡らす中、女が左腕の黒いバンドらしきものに右手で触れて音が止まった。すると女はドラム缶の中で焚いていた篝火をバケツに汲んであった水で消化して部屋を暗くした。

「おい、今のは――」
「シッ! 静かに。死にたくなければ黙って」
「――ッ……」

自分が横たわる直ぐ側に女が近寄って腰を下ろす気配を感じた。マルコに黙るように言った女はまるで”なにかに警戒する”かのように周囲に気を張り詰めている。
マルコはとりあえず言われた通りにただ黙って暗がりの中に視線を彷徨わせた。

カタン……――。

「!」

ザッ……、ガタッ……カタン――ザッ…、ザッ…、ザッ…、ザッ…。

最初は無音だった。しかし、音がしたかと思うと途端に音の数が徐々に増えていった。人が歩く足音だ。まだまだ増えていくのがわかる。

「あー……」
「うー……」

合間に聞こえて来る呻く声。男と女の両方――更に老若男女全て――そう思えた。

―― な…んだ……?

なにがどうなっているのかわけがわからないマルコは、重い腕を動かして傍らに座る女の腕らしきものに触れた。すると途端に女の手と思われるそれがマルコの口元に宛がわれて口を塞がれた。

「!」

驚いたマルコは当然のことながら抗おうとした。だが自分の耳元に女の息が掛かることに気付いてドキンと心臓を跳ねさせて目を丸くした。

「動かないで。このまま、夜が明けるまで、静かに、黙って、気配を消して」
「ッ……!」
「死にたくなかったら、私の言う通りにしなさい」
「……」

口元を塞がれたままマルコはただコクリと頷くだけに留めた。消え入りそうな程の小さな声。
なのに何故――?
わけのわからない状況下、暗闇で耳にした女の声音は、自分の心を妙にストンと楽にさせた――そんな気がした。


〆栞
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