01

ある一帯において、誰の記憶にも、歴史としての記録にさえも残らない、大きな災厄が起きた。
そこは大小様々な島々が点在した群島地帯で、幾つかの国が存在していたのだが、殆どの国が島ごと消滅してこの世から消えた。

しかし、唯一滅びを免れた小さきくにがあった。
災厄によって海路の繋がりを断たれ外界と切り離されたそこには、独特な文化と不思議な力を持ったいくつかの種族が存在した。
人間を中心に、外界には無い特別な力を持った魔法族と、絵物語等で登場する”エルフ”を冠する種族等、多くの種がお互いに理解し合い尊重し合う協力的な関係を築き、彼らは種族を超えて総じて『ユトゥルナの民』と呼ばれた。

この小さきくにの名はナイアス。統治するのはセクアナという名の王だ。
彼は自ら民百姓と同じように田畑を耕したりと民衆に近い暮らしを好む王らしからぬ王だった。しかし、知恵と探究心に長けた人望に厚き者として、他の種族からも慕われた存在だった。

ナイアスはセクアナ王の元で平和と安寧を享受した。
しかし、セクアナは懸念していた。
先に起きた災厄から運良く逃れたものの、またいつ同じような災厄が起こるか、気が気でなかったのだ。

業火に包まれ消えて行った島々の幻影は、今でも鮮明に覚えている。
海上を大軍が列挙して一斉砲撃。
突然の攻撃に成す術は無かった。
何故、襲われたのか。
何故、滅びねばならなかったのか。
誰もわからなかった。

エルフを冠する長が言った。
いつか再び同じようなことが起きたとしても滅ばぬ手立てを考えるべきだ。各種族の長が集ったこの機会に、『ユトゥルナの民』を守り導く力を生みだそうではないか――と。

彼らの脳裏にこびり付く滅び行く光景が新たな力を生み出す切っ掛けとなる。
火の対となるは水。
火が破壊と滅びを呼ぶならば、水は守護と再生を呼ぶだろう。
奇しくも『ユトゥルナ』とは水を指す言葉であった。
ユトゥルナの民と称する彼らなら新たな力を生み出せると信じて行動に移した。

ナイアス奥地にある洞窟で発掘した鉱石を元に魔法力を注いで製錬し鍛え、各種族の純粋なる力の根源を注ぎ込み生まれたのは、ただ一つの指輪だ。
この指輪は使い手による『心』や『情』などを有して絶大な力を発揮するものとされた――が、予想外のことが起きた。
誰の指に嵌めようとしても指輪は青い光を放って台座の上に戻るのだ。その内に、青い雷を発してバチンと弾くように触れようとする手を嫌ったのだ。

「どういうことだ?」

眉を顰めたセクアナに誰も答えることができない。
沈黙が流れる中、セクアナは自ら台座に近付き、恐る恐る手を伸ばした。
すると、難無く指輪に触れることができた。その上、左の人差し指に嵌めてみると白銀の指輪は青い光を放って消えるようなことは無く、そこに収まった。

「おお…」

周りがどよめく中、セクアナは自分の指に収まる白銀の指輪をじっと見つめて呟く。まるで、この指輪自体に意志があるように思えてならない――と。
この言葉は後々に明らかとなる。
あの災厄は再び起きることは無かったが、ナイアスに関わる大きな事象が起こる度にセクアナ王が自ら指輪の力を有して全てを鎮め治めた。
白銀の指輪はあまりにも大きな力を有していた。
ありとあらゆる魔法を駆使するだけで無く、使い手の能力を極限に高め、守り、そして、時空までも歪めてしまう程の強さを発揮した。
あまりにも強大で危険な力故に、白銀の指輪は自ら意思を持ち、使い手を選ぶのだとエルフを冠する長が言った。
そして――
セクアナ王が死した後、白銀の指輪は他の者を嫌い自ら台座へと戻った。
再び自らの力を有し託せる者が現れるまで、白銀の指輪は存在を消すかのように光を失い静かに眠った。
後にこの白銀の指輪は、『ユトゥルナの指輪』としてナイアス国を統治するセクアナ王の血族によって代々引き継がれ守られるものとなった。

それから時は過ぎ――
森の中を駆ける少年少女達が動物を追い掛けて狩りをしていた。
ある者は剣を、ある者は魔法を、ある者は弓を、それぞれの力を最大限に生かして切磋琢磨している様子。

「あ!」
「へへ、もーらい!」
「横取りなんてズルいぞ!」
「今日はぼくが一番だね」
「ぼくは誰よりも先に騎士団の一員になるんだから邪魔しないでよ!」
「もー、喧嘩しないのー! 今日はこの子の初めての狩りなんだから手助けしてあげてねって先生が言ってたでしょ!」
「ぼ、ぼくは、ちゃんと手助けしてるよ?」

野兎を仕留めた男の子が頭を掻きながら「ごめん」と苦笑して、文句を言っていた男の子は不貞腐れて「悪かったよ」とプイッと顔を背けた。
男の子が三人、女の子が二人の五人グループで、再び森の中を散策し始める。

「なァ、ユトゥルナの指輪って知ってる?」

仕留めた野兎を肩に担ぎながら散策する男の子の突然の質問に、文句を言っていた男の子が「ユトゥルナの指輪?」と首を傾げた。

「ユトゥルナの民じゃなくて?」

気弱そうな男の子がそう言うと、野兎を肩に担ぐ男の子は少し離れた場所で散策している女の子にも「なァ」と呼び掛けて同じ質問をした。

「あ、知ってる。凄く強い力を持ってるんだって」
「なんで知ってるの?」

文句を言っていた男の子が眉を顰めて言うと、女の子はパパが昔話で教えてくれたのとフフンと鼻を鳴らして得意気に笑った。

「なんだ、作り話か」
「本当の話! 初代の王様しか扱うことができなかったって!」

文句を言っていた男の子に女の子は咬み付くように反論した。それに気弱そうな男の子がセクアナ王以外にはいないの?と質問した。

「うん。セクアナ王から代々受け継がれてるらしいけど、誰も指に嵌めることができないんだって」
「ど、どうして?」
「指輪が嫌うんだって」
「え、指輪が?」

気弱そうな男の子がキョトンとすると、野兎を片手にプラプラと揺らしながら男の子が言った。
指輪が使い手となる主を選ぶんだよ、と。

「きっと、ぼくを待ってるんだよ」
「「「なんで?」」」
「大人になったら指輪はぼくを選ぶんだ」
「「「だから、なんで?」」」

文句を言っていた男の子と女の子と気弱そうな男の子が何度も口を揃えて疑問を投げ掛けようとも、野兎を片手に得意気に胸を張る男の子は「そう決まってるんだよ」と笑った。

「えー……、君は無いよ」
「なんでだよ」
「あの子の方が選ばれると思うわ?」
「……」
「ぼ、ぼくもそう思う。だってあの子は――」

そう言葉を交わして彼らはハッとした。

「「「「マリスはどこ!?」」」」





時が過ぎゆく中でユトゥルナの民もまた知識と力を失っていった。今となっては外界の人間と然して変わらない俗世人となり果て、代々守り伝えられていた古代の代物はただの展示品扱いだ。

白銀の指輪は相変わらず触れることはできないが、台座は別だ。
台座ごと動かせば良いのだ。
それから――
後に作られたらしい無骨な剣、赤い石片を嵌め込んだネックレス、そして古代文字が刻まれた石板等。
これらは何を意味してどのような力があるのか、今世に生きるユトゥルナの民の末裔であっても誰もわからないまま、台座の周囲に配置する。

王宮で開かれる絵画の展覧会に、添え物のようにして一般市民に公開するつもりなのだ。
今世の王は、初代セクアナ王の末裔では無い。十三代目頃に王の座を手中に収めた蛮族の末裔だ。性格は傲慢で圧政主義者だ。そして、王妃もまた一癖も二癖もある気位の高い強欲な女であった。

初代セクアナ王の血筋を引く者が王の座を奪われても王家の人間として扱われるのは、白銀の指輪を有することができる可能性が最も高いとされるからだ。
白銀の指輪に相応しい者として選ばれる為に、王家の人間でありながら強制的に一兵士として民衆の中に放り込まれ育成されるのだ。
初代セクアナ王の血筋を色濃く継ぐ者は、今となってはマリスただ一人だけだ。

「お姫さんは大人しくしてりゃあ良いのに」
「武芸の嗜みも必要だってさ」
「足手纏いにならなきゃ良いけど」
「マリス様は六班です」
「「「良かった〜」」」
「「「「えー、なんでー?」」」」
「こら、文句を言うな。ちゃんとサポートするんだぞ」
「「「お前ら付き人だってよ」」」
「「「「……」」」」

王家の子だから甘やかされて何もできないって思われてるのは幼心でも癪だった。
初めての狩りで獲物を仕留めた子はいないとマリスは聞いていた。だから、その第一号になってみんなを見返してやると思った。
草葉の陰で息を潜めて弓を構える。的となる獲物をしっかり見て狙いを定めて――。

「おーい!」
「マリスー!」
「コラ!」
「いてッ!」
「呼び捨てはダメ! マリス様でしょ!」
「マリス様、ど、どこにいるのー?」

マリスを探す彼らの声で、獲物とした野兎は驚いて一目散に森の奥へと逃げて行った。
何事も無く矢を放っていれば、きっと仕留めてたのに……――と、マリスはガクリと肩を落として草葉からガサッと姿を現した。

「「「「出たァァッ!!」」」」

明るい時分だけど森の中は所々暗い。子供にしては結構ホラーな瞬間だったようで、マリスを探していた彼らは肩を抱き合いガタガタと震えた。

「お化けじゃないもん……」

獲物を仕留め損なった上に、お化けと間違えられたマリスは、ムスッと頬を膨らませて機嫌を損ねたのだった。





靄が掛かった灰色の世界。

弓を引いて獲物を狩る。
永遠に繰り返して、只管待つ。

ここで、ずっと――。

自分がどこの生まれで何者であったのか
もう覚えていない。

世界から隔離された小さきくにのナイアスは、人知れずこの世から消えた。
まるで滅びは必然だったかのように、青い世界の中、泡の様に――。

ユトゥルナの民

〆栞
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