02
この日は、早朝から賑やかだった。
山積みにされた宝は今し方敵船から奪ったもので、この宝の山を報酬として得たのは手柄を上げた4番隊だ。
「サッチ隊長、これなんかどうです?」
「お、なんか凄ェの入ってそうだな」
頑丈そうな箱を受け取ったサッチが蓋を開けてみると、禍々しい渦巻模様の実が一つ。
「見るからに悪魔の実だな」
「何の実ですかね?」
「隊長、食べてみたらどうっすか?」
「んー……」
何の実であるのかは調べてみないことにはわからない。食べてみれば直ぐにわかるのかもしれないが、碌でも無い能力だったら後悔するだけだ。
海に落ちた能力者を助ける役もできなくなるしなァ……と、サッチは首を振った。
「まァ、こいつをどうするかはボチボチ考えるとして」
4番隊の隊員が山積みにされた宝を漁ると反対側の一角が崩れた。そこから長方形の木箱が落ちてサッチの足元にゴトンと転がった。見れば悪魔の実が入っていた宝箱よりも重々しくて上等そうな箱に鍵まで付いている。
「おーい、どっかにこれの鍵とか落ちてねェか?」
報酬を山分けしている部下に声を掛けるサッチだが、近くにいたイゾウが拳銃を手にして鍵に向けて発砲した。それは見事に命中して破壊された鍵がゴトンと落ちる。
「開いたぞサッチ」
「あ、うん、とりあえずね」
まずは一声掛けてからやってくんないと心臓に悪いでしょ!と、サッチはバクバク唸る胸に手を当てながらイゾウに言った。
「次から発砲で解錠するのは禁止!!」
ほぼ真向いに立っていたので怖かったのだろう。鍵束を見つけた隊員がジャラジャラと鳴らして叫んだ。それに片眉を上げたイゾウはくつくつと笑う。
そんな彼らを尻目にサッチは箱を開けて中身を見た。
剣が入っている。刀身が少し短いことから短剣に近い。装飾の無い無骨な剣は、箱の見た目の割にはあまり高そうに見えない。
上等なのは箱だけか。と、拍子抜けしたようにイゾウがぼやくと、そういうこともあるぜとサッチは苦笑した。その時、箱の底が外れる仕組みになっていることに気付いて「んー?」と声を漏らすサッチにイゾウは片眉を上げた。
「どうした?」
「何? 何か見つけた?」
サッチとイゾウの元にハルタが駆け寄った。サッチが箱の底を外すと不思議な文様が刻まれた石板と小さな袋があった。
イゾウとハルタが興味深そうに石板を見つめる横でサッチは小さな袋を開ける。中から出て来たのは赤い石片を嵌め込んだネックレスと白銀の指輪といった装飾品のみ。だが、これもあまり大した代物では無さそうだ。
「おーし、山分け終了!」
「え!? おれっちの取り分って、これと悪魔の実だけ!?」
山積みだった宝がいつの間にか消えて、4番隊の隊員達は各々ほくほくした笑顔で解散した。
「ハズレを掴まされたなサッチ」
「まァ、悪魔の実だけでも良かったじゃん」
イゾウとハルタに慰めの言葉を掛けられたサッチは、ガクリと項垂れて大きな溜息を吐いた。そして、剣と装飾を箱に戻して左脇に抱えると悪魔の実が入った木箱を右脇に抱えて船内へと入って行った。
◇
昼食時――
食堂の一角で食事をしている隊長達は、ハルタとイゾウが中心となってサッチの報酬についての話題で会話が弾んでいた。悪魔の実は置いといて、箱だけ上等で中身がガラクタしか無かったハズレ報酬をネタにしていたからだ。
厨房から出て来たサッチに「悪魔の実はどうするんだ?」とビスタが声を掛けたが、マルコの真向いの席に腰を下ろしたサッチは「まだ決めてねェよ」と言ってハルタとイゾウを睨んだ。
「おれっちをネタにして楽しい?」
「「楽しい」」
ぐぬっ……と、軽く呻くサッチにビスタやジョズが同情して苦笑を零した。
「サッチ」
「んー……、何だマルコ?」
「図鑑がいるなら後でおれの部屋に来いよい」
「何でマルコが持ってんの?」
「前にちょっと調べもんがあってよい、書庫から持ち出したまんまで返してねェんだ」
食事を終えて立ち上がったマルコに書庫管理を任されているスピード・ジルは、多忙を理由に返却しないのは関心しねェぞ、と小言を漏らした。
トレーを返却したマルコはスピード・ジルの側に来ると、返事の代わりに肩をポンポンと軽く叩いて食堂から出て行った。
「あれ、反省してねェと思うよ」
ポツリと呟いたナミュールに小さく頷いたスピード・ジルは、あいつは常習犯みてェなもんだからな、と溜息混じりに零した。
◇
日が傾いて夕方を迎えようとしている時刻にマルコの部屋を訪れたサッチは、ガラクタばかりが入った上等な木箱をローテーブルに置いてソファに腰を下ろした。
「あァ、それが昼間に話してた報酬かい?」
「そ」
図鑑をサッチに渡したマルコは木箱の蓋を開けると無骨な剣を手に取った。
「底が蓋になっててさ」
と、サッチは底蓋を外して不思議な文様が刻まれた石板と小さな袋を取り出してローテーブルに置いた。
「何の変哲も無い剣……つーか、この長さだと短剣か」
「短剣にしちゃあ大きいし、中途半端なんだよなァ」
護身用にもなりゃしねェよと愚痴を零すサッチに苦笑したマルコは剣をローテーブルに置いた。そして、石板に手を伸ばして刻まれた文様を指でなぞった。
「大層な箱に入って鍵まで掛かってたってェのに」
「鍵?」
「――凄いもんが入ってんのかと期待しちまった」
唇を尖らせてブツブツと愚痴るサッチは図鑑をパラパラと捲った。色々な悪魔の実が載っている。しかし、手に入れた悪魔の実の色は覚えていても模様をあまり覚えていない為、直ぐにパタンと閉じて立ち上がった。
「んじゃ、まァ調べてみるわ」
サッチは木箱と図鑑を抱えてマルコの部屋を出て行った。パタンと静かに閉じるドアの音を耳にしながら立ち上がろうとしたマルコは、ふと足元に視線を落としてピタリと動きを止めた。
木箱にあった小さな袋がいつの間にか床に落ちていた。石板を手にした時に引っ掛かって落ちたのかもしれない。
小さな袋を開けて中身を手の平に出した。赤い石片を嵌め込んだネックレスと白銀の指輪――。
「ガラクタねェ……」
木箱は見るからに上等品だったが、イゾウやハルタが話してた通りに中身は今一つの品ばかりに思えた。
どこかの貴族が思い出の品として宝箱に納めただけなのかもしれない。そう考えると腑に落ちて納得できる。しかし、底蓋をして二重にする必要がどこにあるのかが不思議だった。
「箱自体がお宝ってェことかもな」
残っている書類の確認を済ませてから返しに行けば良いか、とマルコはネックレスと指輪を小さな袋に戻してポケットに入れた。
そして――
仕事を終えてサッチの部屋を訪れたマルコは、ノックをして声を掛けても返事が無いことに首を傾げた。
厨房か?とも思ったが、とりあえず部屋を覗くことにしてドアノブを回したが、中は明かりが無く真っ暗で、やっぱり厨房かとドアを閉めようとした。だが、床に倒れる人影に気付いて眉を顰めた。
「おい、サッチ……?」
部屋に入って近付くとサッチが大量の血を流して倒れていることに気付いた。
「サッチ!」
驚いたマルコは血で汚れることも構わずにサッチの身体を抱き上げた。サッチの背中にはあの無骨な剣が突き刺さっている。床には見覚えのあるダガーナイフも転がっていて、マルコの脳裏にある男の顔が直ぐに浮かんだ。
「サッチ! しっかりしろ!」
僅かに息をしているがとても弱い。医務室に運ぶにしても動かすのは危険だ。応援を呼ばなくては対処ができない。とにかく止血をしなくてはとマルコが手を動かした時、サッチの手がマルコの右腕を掴んだ。
「マ…ルコ……」
「今は喋るな! 直ぐに」
「ティー…チ…が……」
「ッ…、あァ、わかってる」
あれはティーチのナイフだ。そして、悪魔の実が入っていたと思われる箱が空になって転がっている。ティーチの狙いはサッチが報酬で得た悪魔の実であることも――。
「…マ…ル……」
「早く止血して対処しねェと危険だよい! だから手を離せ!」
「…ひ…か………」
何かを伝えようとしているのか、サッチは口をパクパクと動かし続けた。
「本当にもう喋るなよい!」
右腕を掴むサッチの手に左手を重ねたマルコの声が震えた。怒りによるものか、それとも――。サッチは僅かに表情を和らげた。そして、マルコの右腕を掴んでいた手を離して、その手をマルコの胸元に当てた。
「――――――」
「!」
目を丸くしたマルコに弱々しい笑みを浮かべたサッチは、ハッと強く息を吐き出すと全身からガクンと力が抜け落ち腕を落として――息を引き取った。
◇
ティーチの裏切りとサッチの死によってモビー・ディック号に激震が走る。
隊長会議は荒れに荒れたが、今回の件に関して妙な胸騒ぎを覚えた白ひげは特例として不問にすることにした。
しかし、裏切ってサッチを殺しオヤジの顔に泥を塗ったティーチを許せなかったエースは、隊長としての責任を口にして周りの制止も聞かずに一人で海に飛び出して行った。
「オヤジ、おれがエースを追うよい」
青い炎を滾らせた両腕を翼へと変えたマルコに白ひげは首を振った。
「マルコ、無茶すんじゃねェ。お前は少し休め」
「けどよい、」
「お前ェも大事な息子だ。どういう精神状態かわからねェと思うか?」
「――ッ……」
憂わし気な目を向ける白ひげに悔しそうな顔をしてギリッと歯を食い縛ったマルコだったが、諦めの色を浮かべて大きく息を吐き、力無くコクンと頷いた。
その日は、どこもかしこも沈んだようにとても静かで、誰も彼も表情は優れず暗いままだった。
4番隊隊長の存在は白ひげ海賊団にとってどれだけ大きなものであったのか。
見張り台に立っていたビスタは、失くして初めて知るとはよく言ったものだ。と、船尾に佇んで海を眺めているマルコの背中を見つめてポツリと零した。
太陽が海の向こうに沈んでいく。空は徐々に暗くなって星々がはっきりと姿を現して瞬き始めている。
海から視線を外して空を見上げたマルコは、ゆっくりと目を瞑って死に際のサッチのことを思い出していた。
あの時、自分の血で赤く染まった手をマルコの胸に当てたサッチの雰囲気は普通では無かった。自分の命など顧みずに、まるで何かに突き動かされたかのように必死な顔で言葉を発した。
おまえが全てを変えろ
「頼ん…だ…ぜ……」
何故あんなことを言ったのか。マルコは徐に自分の胸に手を当てた。
「わからねェ……」
最後に何を伝えようとしていたのか、あの行動は何を意味していたのか、皆目見当もつかない。
胸に当てた手を拳に変えてグッと握り締めたマルコは、小さく頭を振ると踵を返して船内へと入って自室に戻って行った。
時が過ぎ――
ティーチに敗北して海軍に捕まったエースを助ける為、マリンフォードにて白ひげ海賊団と海軍の全面戦争が繰り広げられた。
ほんの一瞬の隙を突かれた。
ガシャンと乾いた金属音を耳にした瞬間にガクリと全身から力が失せてぐらりと倒れる身体に、マルコは視線を腕に移して目を見張った。
「く、海楼石ッ…!!」
海楼石の錠から繋がる鎖を『正義』の二文字を背負った海軍の男がニヤリと笑みを浮かべていた。その間に黄色い閃光が背後から襲い腹部を突き抜け、マルコは激痛と共に血を吐きながらその場に倒れ込んだ。
―― クソッ…! お、オヤジ……!
『何やってんだマルコ!』
この時、聞き慣れた声が耳を突いた気がした。
―― ッ…、サッチ……。
共に笑うことも戦うことも生きることもできなくなった悪友の存在が脳裏を過った。叱咤して檄を飛ばす悪友の声に応えるように、力が抜け落ちた身体を懸命に起こそうと腕に力を入れて抗う。
「不死鳥マルコ! 終わりだ!!」
「ッ……!」
「マルコ隊長!!」
視界の端で血を吐いて地面に膝を突いたオヤジがいる。処刑台で懸命にオヤジを呼ぶエースの声が聞こえる。
背後から無情にも自分の首を狙って振り下ろされる刃の存在を感じながら腹部の激痛に見舞われて、避けることも抗うこともできずにいる自分を、黄色い閃光を放った張本人である大将黄猿が片眉を上げて笑って言った。
「これでまた一人、大物の首が獲れるねェ」
ギリッと歯を食い縛る。ヒュンッという音が鳴った刹那、視界が暗転して呆気無く身体が倒れるのを、まるで他人事のように暢気に感じ取っている自分がそこにいた。
―― おれァ、何も……、助けることも、守ることも、できねェのか……。
今日程、こんなにも自分が情けないと強く思ったことは無かった。
山積みにされた宝は今し方敵船から奪ったもので、この宝の山を報酬として得たのは手柄を上げた4番隊だ。
「サッチ隊長、これなんかどうです?」
「お、なんか凄ェの入ってそうだな」
頑丈そうな箱を受け取ったサッチが蓋を開けてみると、禍々しい渦巻模様の実が一つ。
「見るからに悪魔の実だな」
「何の実ですかね?」
「隊長、食べてみたらどうっすか?」
「んー……」
何の実であるのかは調べてみないことにはわからない。食べてみれば直ぐにわかるのかもしれないが、碌でも無い能力だったら後悔するだけだ。
海に落ちた能力者を助ける役もできなくなるしなァ……と、サッチは首を振った。
「まァ、こいつをどうするかはボチボチ考えるとして」
4番隊の隊員が山積みにされた宝を漁ると反対側の一角が崩れた。そこから長方形の木箱が落ちてサッチの足元にゴトンと転がった。見れば悪魔の実が入っていた宝箱よりも重々しくて上等そうな箱に鍵まで付いている。
「おーい、どっかにこれの鍵とか落ちてねェか?」
報酬を山分けしている部下に声を掛けるサッチだが、近くにいたイゾウが拳銃を手にして鍵に向けて発砲した。それは見事に命中して破壊された鍵がゴトンと落ちる。
「開いたぞサッチ」
「あ、うん、とりあえずね」
まずは一声掛けてからやってくんないと心臓に悪いでしょ!と、サッチはバクバク唸る胸に手を当てながらイゾウに言った。
「次から発砲で解錠するのは禁止!!」
ほぼ真向いに立っていたので怖かったのだろう。鍵束を見つけた隊員がジャラジャラと鳴らして叫んだ。それに片眉を上げたイゾウはくつくつと笑う。
そんな彼らを尻目にサッチは箱を開けて中身を見た。
剣が入っている。刀身が少し短いことから短剣に近い。装飾の無い無骨な剣は、箱の見た目の割にはあまり高そうに見えない。
上等なのは箱だけか。と、拍子抜けしたようにイゾウがぼやくと、そういうこともあるぜとサッチは苦笑した。その時、箱の底が外れる仕組みになっていることに気付いて「んー?」と声を漏らすサッチにイゾウは片眉を上げた。
「どうした?」
「何? 何か見つけた?」
サッチとイゾウの元にハルタが駆け寄った。サッチが箱の底を外すと不思議な文様が刻まれた石板と小さな袋があった。
イゾウとハルタが興味深そうに石板を見つめる横でサッチは小さな袋を開ける。中から出て来たのは赤い石片を嵌め込んだネックレスと白銀の指輪といった装飾品のみ。だが、これもあまり大した代物では無さそうだ。
「おーし、山分け終了!」
「え!? おれっちの取り分って、これと悪魔の実だけ!?」
山積みだった宝がいつの間にか消えて、4番隊の隊員達は各々ほくほくした笑顔で解散した。
「ハズレを掴まされたなサッチ」
「まァ、悪魔の実だけでも良かったじゃん」
イゾウとハルタに慰めの言葉を掛けられたサッチは、ガクリと項垂れて大きな溜息を吐いた。そして、剣と装飾を箱に戻して左脇に抱えると悪魔の実が入った木箱を右脇に抱えて船内へと入って行った。
◇
昼食時――
食堂の一角で食事をしている隊長達は、ハルタとイゾウが中心となってサッチの報酬についての話題で会話が弾んでいた。悪魔の実は置いといて、箱だけ上等で中身がガラクタしか無かったハズレ報酬をネタにしていたからだ。
厨房から出て来たサッチに「悪魔の実はどうするんだ?」とビスタが声を掛けたが、マルコの真向いの席に腰を下ろしたサッチは「まだ決めてねェよ」と言ってハルタとイゾウを睨んだ。
「おれっちをネタにして楽しい?」
「「楽しい」」
ぐぬっ……と、軽く呻くサッチにビスタやジョズが同情して苦笑を零した。
「サッチ」
「んー……、何だマルコ?」
「図鑑がいるなら後でおれの部屋に来いよい」
「何でマルコが持ってんの?」
「前にちょっと調べもんがあってよい、書庫から持ち出したまんまで返してねェんだ」
食事を終えて立ち上がったマルコに書庫管理を任されているスピード・ジルは、多忙を理由に返却しないのは関心しねェぞ、と小言を漏らした。
トレーを返却したマルコはスピード・ジルの側に来ると、返事の代わりに肩をポンポンと軽く叩いて食堂から出て行った。
「あれ、反省してねェと思うよ」
ポツリと呟いたナミュールに小さく頷いたスピード・ジルは、あいつは常習犯みてェなもんだからな、と溜息混じりに零した。
◇
日が傾いて夕方を迎えようとしている時刻にマルコの部屋を訪れたサッチは、ガラクタばかりが入った上等な木箱をローテーブルに置いてソファに腰を下ろした。
「あァ、それが昼間に話してた報酬かい?」
「そ」
図鑑をサッチに渡したマルコは木箱の蓋を開けると無骨な剣を手に取った。
「底が蓋になっててさ」
と、サッチは底蓋を外して不思議な文様が刻まれた石板と小さな袋を取り出してローテーブルに置いた。
「何の変哲も無い剣……つーか、この長さだと短剣か」
「短剣にしちゃあ大きいし、中途半端なんだよなァ」
護身用にもなりゃしねェよと愚痴を零すサッチに苦笑したマルコは剣をローテーブルに置いた。そして、石板に手を伸ばして刻まれた文様を指でなぞった。
「大層な箱に入って鍵まで掛かってたってェのに」
「鍵?」
「――凄いもんが入ってんのかと期待しちまった」
唇を尖らせてブツブツと愚痴るサッチは図鑑をパラパラと捲った。色々な悪魔の実が載っている。しかし、手に入れた悪魔の実の色は覚えていても模様をあまり覚えていない為、直ぐにパタンと閉じて立ち上がった。
「んじゃ、まァ調べてみるわ」
サッチは木箱と図鑑を抱えてマルコの部屋を出て行った。パタンと静かに閉じるドアの音を耳にしながら立ち上がろうとしたマルコは、ふと足元に視線を落としてピタリと動きを止めた。
木箱にあった小さな袋がいつの間にか床に落ちていた。石板を手にした時に引っ掛かって落ちたのかもしれない。
小さな袋を開けて中身を手の平に出した。赤い石片を嵌め込んだネックレスと白銀の指輪――。
「ガラクタねェ……」
木箱は見るからに上等品だったが、イゾウやハルタが話してた通りに中身は今一つの品ばかりに思えた。
どこかの貴族が思い出の品として宝箱に納めただけなのかもしれない。そう考えると腑に落ちて納得できる。しかし、底蓋をして二重にする必要がどこにあるのかが不思議だった。
「箱自体がお宝ってェことかもな」
残っている書類の確認を済ませてから返しに行けば良いか、とマルコはネックレスと指輪を小さな袋に戻してポケットに入れた。
そして――
仕事を終えてサッチの部屋を訪れたマルコは、ノックをして声を掛けても返事が無いことに首を傾げた。
厨房か?とも思ったが、とりあえず部屋を覗くことにしてドアノブを回したが、中は明かりが無く真っ暗で、やっぱり厨房かとドアを閉めようとした。だが、床に倒れる人影に気付いて眉を顰めた。
「おい、サッチ……?」
部屋に入って近付くとサッチが大量の血を流して倒れていることに気付いた。
「サッチ!」
驚いたマルコは血で汚れることも構わずにサッチの身体を抱き上げた。サッチの背中にはあの無骨な剣が突き刺さっている。床には見覚えのあるダガーナイフも転がっていて、マルコの脳裏にある男の顔が直ぐに浮かんだ。
「サッチ! しっかりしろ!」
僅かに息をしているがとても弱い。医務室に運ぶにしても動かすのは危険だ。応援を呼ばなくては対処ができない。とにかく止血をしなくてはとマルコが手を動かした時、サッチの手がマルコの右腕を掴んだ。
「マ…ルコ……」
「今は喋るな! 直ぐに」
「ティー…チ…が……」
「ッ…、あァ、わかってる」
あれはティーチのナイフだ。そして、悪魔の実が入っていたと思われる箱が空になって転がっている。ティーチの狙いはサッチが報酬で得た悪魔の実であることも――。
「…マ…ル……」
「早く止血して対処しねェと危険だよい! だから手を離せ!」
「…ひ…か………」
何かを伝えようとしているのか、サッチは口をパクパクと動かし続けた。
「本当にもう喋るなよい!」
右腕を掴むサッチの手に左手を重ねたマルコの声が震えた。怒りによるものか、それとも――。サッチは僅かに表情を和らげた。そして、マルコの右腕を掴んでいた手を離して、その手をマルコの胸元に当てた。
「――――――」
「!」
目を丸くしたマルコに弱々しい笑みを浮かべたサッチは、ハッと強く息を吐き出すと全身からガクンと力が抜け落ち腕を落として――息を引き取った。
◇
ティーチの裏切りとサッチの死によってモビー・ディック号に激震が走る。
隊長会議は荒れに荒れたが、今回の件に関して妙な胸騒ぎを覚えた白ひげは特例として不問にすることにした。
しかし、裏切ってサッチを殺しオヤジの顔に泥を塗ったティーチを許せなかったエースは、隊長としての責任を口にして周りの制止も聞かずに一人で海に飛び出して行った。
「オヤジ、おれがエースを追うよい」
青い炎を滾らせた両腕を翼へと変えたマルコに白ひげは首を振った。
「マルコ、無茶すんじゃねェ。お前は少し休め」
「けどよい、」
「お前ェも大事な息子だ。どういう精神状態かわからねェと思うか?」
「――ッ……」
憂わし気な目を向ける白ひげに悔しそうな顔をしてギリッと歯を食い縛ったマルコだったが、諦めの色を浮かべて大きく息を吐き、力無くコクンと頷いた。
その日は、どこもかしこも沈んだようにとても静かで、誰も彼も表情は優れず暗いままだった。
4番隊隊長の存在は白ひげ海賊団にとってどれだけ大きなものであったのか。
見張り台に立っていたビスタは、失くして初めて知るとはよく言ったものだ。と、船尾に佇んで海を眺めているマルコの背中を見つめてポツリと零した。
太陽が海の向こうに沈んでいく。空は徐々に暗くなって星々がはっきりと姿を現して瞬き始めている。
海から視線を外して空を見上げたマルコは、ゆっくりと目を瞑って死に際のサッチのことを思い出していた。
あの時、自分の血で赤く染まった手をマルコの胸に当てたサッチの雰囲気は普通では無かった。自分の命など顧みずに、まるで何かに突き動かされたかのように必死な顔で言葉を発した。
おまえが全てを変えろ
「頼ん…だ…ぜ……」
何故あんなことを言ったのか。マルコは徐に自分の胸に手を当てた。
「わからねェ……」
最後に何を伝えようとしていたのか、あの行動は何を意味していたのか、皆目見当もつかない。
胸に当てた手を拳に変えてグッと握り締めたマルコは、小さく頭を振ると踵を返して船内へと入って自室に戻って行った。
時が過ぎ――
ティーチに敗北して海軍に捕まったエースを助ける為、マリンフォードにて白ひげ海賊団と海軍の全面戦争が繰り広げられた。
ほんの一瞬の隙を突かれた。
ガシャンと乾いた金属音を耳にした瞬間にガクリと全身から力が失せてぐらりと倒れる身体に、マルコは視線を腕に移して目を見張った。
「く、海楼石ッ…!!」
海楼石の錠から繋がる鎖を『正義』の二文字を背負った海軍の男がニヤリと笑みを浮かべていた。その間に黄色い閃光が背後から襲い腹部を突き抜け、マルコは激痛と共に血を吐きながらその場に倒れ込んだ。
―― クソッ…! お、オヤジ……!
『何やってんだマルコ!』
この時、聞き慣れた声が耳を突いた気がした。
―― ッ…、サッチ……。
共に笑うことも戦うことも生きることもできなくなった悪友の存在が脳裏を過った。叱咤して檄を飛ばす悪友の声に応えるように、力が抜け落ちた身体を懸命に起こそうと腕に力を入れて抗う。
「不死鳥マルコ! 終わりだ!!」
「ッ……!」
「マルコ隊長!!」
視界の端で血を吐いて地面に膝を突いたオヤジがいる。処刑台で懸命にオヤジを呼ぶエースの声が聞こえる。
背後から無情にも自分の首を狙って振り下ろされる刃の存在を感じながら腹部の激痛に見舞われて、避けることも抗うこともできずにいる自分を、黄色い閃光を放った張本人である大将黄猿が片眉を上げて笑って言った。
「これでまた一人、大物の首が獲れるねェ」
ギリッと歯を食い縛る。ヒュンッという音が鳴った刹那、視界が暗転して呆気無く身体が倒れるのを、まるで他人事のように暢気に感じ取っている自分がそこにいた。
―― おれァ、何も……、助けることも、守ることも、できねェのか……。
今日程、こんなにも自分が情けないと強く思ったことは無かった。
ガラクタ
【〆栞】