10

「あれ?」

部屋に戻って何となく木箱の中身を確認したサッチは、赤い石片を嵌め込んだネックレスと白銀の指輪が入った小さな袋が無いことに気付いた。

「落としたか。まァ、後で良いか」

マルコが気付けば持って来てくれるだろうと、無骨な剣を手にして軽く振ってみた。
自分が持つサーベル剣より刀身は短い。でも短剣より長い。武器としては本当に中途半端な代物だ。
不思議な文様が刻まれた石板をローテーブルに置いて、ハズレを引いたなァと溜息を零して剣を石板の上に置いた。

両腕をグッと上に挙げて気伸びをしたサッチは、ついでに大きな口を開けて欠伸をした。ジワリと目に涙が浮かんで視界が霞むと光がチカッと反射した気がして瞬きを繰り返した。そして、ローテーブルに視線を落としたサッチは「んン……?」と声を漏らした。

不思議な文様が刻まれた石板が、中心から外側に向けて波紋を広げるように青い光を放ち、見たことの無い文字が浮かんでは消えてを繰り返していた。
よく見ようと石板の上に置いた無骨な剣を取った時、光が静かに消えて何も無いただの石板に戻った。

「これか……?」

無骨な剣で石板を軽くコツンと当てると接触した箇所だけ光を放った。それに目を見開いたサッチは「何これ、マジか」と言葉を漏らした。

これをガラクタなんて決めつけるなんてとんでもない。寧ろ凄く貴重な代物なのかもしれない。
ならば、あの小さな袋に入っていたネックレスと白銀の指輪も、この無骨な剣と接触させれば何らかの反応を示すかもしれない。
だから、木箱の中を二重に分けて保存されていたのかとサッチは納得した。

「けど、さっきと光り方が違ったな。何でだ?」

無骨な剣で石板をコン、コンと突いてみるが、光るのは接触した箇所だけで、先に見た中心から外側に波紋を広げて文字を浮かび上がらせるような光を放つことは無かった。

「んー……」

無意識に置いたからなァと首を傾げて考える。そして、何となく剣先を石板の中心に突き刺すようにカツンと当ててみた。

「うお!?」

中心から外側に波紋を広げて文字を浮かび上がらせるような光――なんてものでは無い。部屋一面を染める程の強い光で、思わず目を瞑った。
それから少しして光が弱まるのを感じたサッチは、恐る恐る目を開けて……

「へ?」

思わず間抜けな声を漏らした。
目の前に広がるのは真っ青な空に白い雲。それを鏡のように映した穏やかな海。足元を見ればザザァー……ザザァー……と打ち寄せる白波に濡れる白浜。背後から聞こえるのはザワザワと葉擦れの音を奏でる木々が立ち並ぶ森で、ぴょんぴょんと跳ねる小さな兎がサッチに驚いて逃げて行く姿があった。

「え……、何……?」

さっきまで自分の部屋にいたよね。
何でこんなところにいるわけ?
つーか、ここどこよ?

疑問符を頭に飛ばし続けていく内に、サッチの顔からサァァと血の気が引いて行った。そして、

「うおおおい! どういうこったァァァ!!」

と、両手で頭を抱えて叫んだ。

ガサッ!

森から不自然な音が聞こえたサッチは、さっきの小さな兎かと思ってゆっくりと振り向き――目を丸くした。

「誰だろ?」
「何してんのかな?」
「わたしにも見せてよ」
「おい、押すなよ!」
「しー! 気付かれるよ!」

木陰に潜んでこっちを伺い見る幼い子供達にサッチは瞬きを繰り返した。

「うん、ごめん。気付いちゃったわ」
「「「!」」」

ギクリとして固まった子供達に苦笑を零したサッチはポリポリと頬を掻いた。

「あのよ、ちょっとこっち来てくれる?」

子供達に声を掛けて手招きをしたサッチに対して子供達はどうする?とお互いに顔を見合わせた。

「あー、何もしないから。ちょっと助けて欲しいンだわ」

子供達を怖がらせないように茶目っ気を含んだ声音で言うと、子供達はおずおずと木陰から出てサッチの元へと歩み寄った。
男の子が三人と女の子が二人だ。
ただ、彼らはそれぞれ弓を持っていて、腰には矢筒を携えて、男の子の一人が縄で縛った兎を手にしていた。その兎は矢が刺さった痕があって既に死んでいる。

「狩りか?」
「あ、うん」

兎を手にしていた男の子がコクリと頷いて「ぼくが獲ったんだよ」と自慢げにサッチに見せた。
恐らくこの子達は十にも満たない。それなのに狩りをするだなんて――と、そんな意図も含めてサッチは少し大袈裟に「おー! 凄い!」と感心してみせた。
それに気を良くした子供達は直ぐに警戒心を解いて笑顔を浮かべ、サッチは子供達と目線を合わせるように膝を折って腰を落とした。

「君達、幾つ?」

愛想良くコテンと頭を倒してサッチが訊くと、兎を狩った男の子が「ぼくは八歳だよ」と答えた。それを皮切りに

「ぼくは七歳」
「わたしも七歳だよ」
「ぼ、ぼくは、六歳」

と、元気良く答えてくれた。
ただ一人、七歳と答えた女の子の背中に隠れている――恐らく一番幼い――女の子を除いてだが。

「ん、君は?」
「ッ……」

ニコリと笑顔で声を掛けたつもりだが、女の子はビクリと身体を強張らせて俯いた。

「この子は四歳になったばかりなんだ」
「今日が初めての狩りなんだよね!」

七歳と答えた男の子と女の子が代わって教えてくれた。

「そっか〜。狩りが成功すると良いなァ」

優しく笑うサッチに、顔を俯かせた女の子はコクリと頷いて小さく笑った。ほんのり頬が赤いことからサッチが怖いのでは無く、ただ単に人見知りで恥ずかしがっているだけのようだ。

んー、可愛い。

これぐらいの子がいても可笑しくない年齢でもあるサッチは軽くデレた。きっとハルタやイゾウがいたら「気持ち悪い」だの「誘拐するなよ」とか野次っていただろう。
しかし、純真無垢な子供達はそんなことを言うどころか思い付きもしない。終始ニコニコと愛想が良いサッチを「人の良いおじさん」だと認定してキャッキャッと楽しそうに笑っている。

「おじさん、名前は?」
「おれは、サッチってんだ」

サッチの返事に子供達は途端にキョトンとした。

おや?

どうしたのかとサッチが軽く首を傾げると兎を手にした男の子が「サッチッテンダ?」と、サッチの名前を反芻した。それに続いて七歳の女の子が「変な名前〜」と笑い、七歳の男の子が「面白ーい」と続いて、六歳の男の子が「サッチッテンダ!」と声高らかに言うと、四歳の女の子が「サッチッテンダ」と小さな声で呟いた。

「ち・が・い・ま・す」

あ、そう認識したのかとガクンと頭を落としたサッチは改めて言った。「サッチ」と。

「えー……」
「なんだー……」
「面白く無ーい」
「つまんなーい」
「……サッチッテンダ……」

いや、えーじゃねェ。なんだーとか軽く傷付くでしょ。名前に面白いも糞も無いっての。つまんないとか言わない。まるでこっちが良いのにみたいに小さな声で呟くのもダメ。
――と、心底から残念だと言わんばかりの表情を浮かべる子供達にサッチは心の中で反論する。純真無垢な子供達はとても素直で良いのだが、時にそれは残酷なものになるのだなと思った。

「じゃあ、君達のお名前を教えてちょーだい」

少しやつれ気味にサッチが言うと、兎を狩った男の子が「バーナビーだよ」と名乗った。またそれに続いて「ぼくはエリシオン」「わたしはエリノアです」「ぼくはルーク」と名乗った。そして、最後に四歳の女の子がポツリと呟いた。

「……マリス……」

そうかそうかと何度も頷いたサッチは最後に言った。

「うん、覚えらンねェわ」

後頭部に手を当ててアハハハと笑ったサッチに、バーナビーと名乗った男の子が「サッチッテンダと変わらないよ」と言って、子供達はキャイキャイと騒いで笑った。

あァ、そう……。と溜息を漏らしたサッチは、楽しげに笑う子供達から一線を引いているような大人しい四歳の(確かマリスと名乗った)女の子に気付いて軽く瞬きを繰り返した。
笑うでも無くサッチをじっと見つめている彼女は、他の子供達には無い、変わった空気を纏っているような気がして、サッチは何となく気になった。
それに――
彼女の瞳の色。
同じと言うか似ていると言うべきか、兎に角、どこかで見た気がする。
誰の目だったか……と記憶を探ろうとしてサッチは視線を外した。
そうして目先に飛び込んだのは、子供達の首元にあった装飾品で、サッチは「あ、」と声を漏らした。

「何?」
「どうしたの?」

バーナビーとエリノアと名乗った女の子が反応すると、サッチは彼らの首元にある装飾品に指を差して「それって、」と口にした。
その瞬間――

ドォォォン!!

大きな音と共に地鳴りがしたと思ったら、先程まで穏やかだった海が盛り上がって高波が押し寄せて来た。
驚いたサッチは「逃げろ!」と叫んだが、押し寄せる津波の速さに子供の足が勝てるわけも無く、勿論サッチも足を取られて波に呑まれてしまった。
そして――

「がはっ! ハッ…はァ…はァ………は?」

目の前に広がるのは自分の部屋だ。
慌ててガバリと起き上がった途端に「痛!?」と思わず漏らした。
どうやらローテーブルとソファの間に落ちて倒れていたらしく、ローテーブルに肘をぶつけたようだ。

無骨な剣を握り締めている右手に視線を落としてからローテーブルを見やれば何の変哲も無い石板がある。

立ち上がってソファに座り直したサッチは「夢……?」と呟いて首を傾げた。
しかし、夢にしてはやけにリアルだった。それにあの時――と、天井を見上げて思考を回し始めると同時にドアをノックする音を耳にして思考を止めた。

「誰だ?」
「サッチ隊長。おれだ。ティーチだ」

無骨な剣を手にしたままサッチは部屋のドアを開けた。まさかこの後に命を落とすことになるなんて予想もしていなかった。
死に際にサッチの脳裏に浮かんだのは、あの子供達と彼らが首にしていた赤い石片を嵌め込んだネックレスで――

全てを変えたくば 汝らの命を引き換えに示せ そして 呼べ

複数の赤い赤片が一つとなって大きな塊に変わってドクンと脈打った。それが自分の手の内にあるように思えたサッチは無意識の内に手を伸ばした。

「頼ん…だ…ぜ……」

何故そうしたのか
何故そうしなければならなかったのか

まるで自らの意志を託すかのようで、命尽きる寸前だと言うのに可笑しくなって、最後に見たのは自分達の誇りでもある紺色の、白ひげ海賊団のマークで、そして、全てを託すには申し分の無い男の悲痛な顔で――。
あァ、そうか……。この目だ……。と、笑みを浮かべてサッチは命を落とした。

意 思

〆栞
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