09
浜辺へと駆け付ける村人達に、突如として強い風が吹きつける。驚いて粉塵から顔を守るように腕を翳しつつ空を見上げた折、誰しもが己の目を疑い恐怖した。
赤黒い鱗を全身に纏いし巨体を、大きな両翼で飛来するそれは、カサディスへと一直線に向かって来る。そして、浜辺の上空に来ると大きな両翼をバサリバサリと動かして滞空する。
その際に大きな尻尾が海岸に立つ建屋の一部を破壊し、浜辺に集まる村人達へ塊となって襲い掛かった。
「うああああ!」
「ドラゴンだァァァ!!」
恐怖と混乱に陥り右往左往と逃げ惑う村人達を前に、ドラゴンが浜辺に降り立つと海水が大きく弾けて、まるで雨のようにカサディスの村を濡らしていった。
大きく唸る声を上げるドラゴンは、鋭く金色に似た色を放つ眼光を村人達にぶつけると、浜辺で腰を抜かして恐れ慄く村人達に向けて口から赤黒い炎を放った。
「うああああ!!」
「ぎゃあああ!!」
「嫌ァァァァ!!」
悲鳴と絶望の声が多い尽くす中、兵士が落としたものと見られる剣を拾ったマルコは、逃げ惑う村人の中を抜けて襲い来るドラゴンに立ち向かった。
◇
カサディスの村長であるアダロは、村の男達と共に、老人や女子供を優先的に浜辺より退避させて、丘に建つ教会へと移動させていた。
キナはアダロを見つけると急いで駆け付け、浜辺の状況を知らせた。
「マルコさんが!」
「な、何じゃと!?」
アダロだけでは無く、側にいた村人達も騒めいて海を望む崖渕へと駆け寄る。
とても平和で美しかったカサディスの浜辺は、誰もが目を覆いたくなるほど凄惨な姿となっていた。
漁小屋や浜辺に近い家々は悉く炎上し、破壊され、死んでしまった者達の遺体がそこかしこに転がっている。逃げ遅れた者や負傷して動けない者も大勢そこにいる。
助け出そうにもドラゴンが直ぐそこに居ては助けに行った者までも命を奪われ兼ねない。――にも関わらず、剣を片手にドラゴンから少しでも離れた場所へと動けない者を移動させ、勇敢にも立ち向かおうとする者の姿がそこにあった。
「ひ、一人で立ち向かう気か!?」
「無理だ! あんな化け物に人間が敵うわけない!」
宿営地から来た兵士達でさえも恐怖に慄いている。それでも何とか動けるだけマシというもので、村人を逃がすことで精一杯だ。――なのに、カサディスの衣服を来た村民の一人と思われる男が、剣を片手にドラゴンに立ち向かおうとする姿を目にして兵士達は瞠目する。
「おい! 無茶はッ――!?」
最も近くに居た兵士がマルコに制止を呼び掛けようとしたが、次の瞬間に驚いて目を見張って息を飲んだ。
剣を握る手、腕、肩から突如として現れる青い炎がボボボと爆ぜる。
あの炎は一体何か。
魔法の類だろうか。
しかし、青い炎なんて見たことが無い。
宿営地の兵士達は一様に騒めく。また、アダロから話を聞いていた村人達も実際に初めて目にするその様にゴクリと固唾を飲んだ。勿論、丘の上に立つ教会に避難して見守る村人達の目にも、青い光を発して猛る炎がはっきりと映った。
「そ、村長! あ、あれが――」
「う、うむ。マルコ殿の持つ力じゃ」
魔法では無いその力は、この世界の者にとっては異質で特別なものだ。
村人達はマルコの異質な力に僅かな光明を見出すかのように期待を持って見つめた。中には両手を組んで祈る思いで見つめる者も――。
『この青い炎は不死鳥の再生の炎で、熱は無いんだよい』
アダロは小さく首を振った。
あくまでも『再生の力』であって攻撃性に富んだ力では無いと言っておったと言うに、どうやって戦う気だ……と、心配の色は隠せない。
果たしてその力を使ったとして、あのドラゴンを討ち果たす力となり得るかどうか――。
アダロの隣に立つキナも初めて見る青い光に僅かな希望を抱いたものの、不安な様相で見つめるアダロに気付いて直ぐに表情を変えた。そして、不安が広がる胸に置いた手をギュッと握り締めて、浜辺にいるマルコに視線を戻した。
「グオオオオッ!!!」
低く大きく唸る声を上げるドラゴンは、口から炎を再び吐き出そうとしていた。浜辺で負傷して動けない村人が「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて目を瞑る。ボボボッと炎が猛る音に身を縮こませながら愈々命が尽きる覚悟を抱いた。その時――
「させるかよい!」
「!」
声にハッとして目を開けた時、赤黒い炎では無く、青い炎が目の前に広がっていた。口から吐き出された赤い炎の塊をマルコが作った青い炎の壁で弾き飛ばしていたのだ。
「ま、マルコ……」
「そこの兵士! おれが引き付けてる間に動けねェ奴らをここから連れ出せ!」
「「「!」」」
「わ、わかった! お、おい!」
「は、はい!」
声を詰まらせて戸惑いながらも兵士達は動けないでいる村人達を助けに走った。そうして必死に逃げる人間達を前に、ドラゴンは目を細めると両翼を大きく羽ばたかせて風を起こした。
「「「うわァァ!!」」」
風に煽られる形で身体を地面に打ち付け倒れた兵士達と村人達に向けて、ドラゴンは再び口を大きく開けた。だが――
ガキィィィィン!!
硬い鱗とぶつかる金属音が辺りに大きく響いた。
ドラゴンは頭を動かして注意をカサディスから外して上空へと目を向けた。だがまたしても――
キィィィン!!
と、再びぶつかる音が大きく響く。
ドラゴンの視界から外れたマルコが身体を翻してドラゴンの前足の付け根部分を狙って斬り付けていた。
「チッ!」
能力を手にする前までは剣を扱っていた経験があった。
しかし、どうにも歯が立ちそうにない。
剣士だったビスタやハルタならば幾分か傷を付けることぐらいはできたかもしれないが、自分の力量では歯が立たないかと、波が打ち寄せる砂地に着地したマルコはドラゴンを見上げた。そして、視線をカサディスへと向ける。
負傷して動けない村人達は、兵士達によって何とか無事にここから連れ出すことができたようで、マルコは少しだけ安堵の息を吐いた。
倒すことはできねェかもしれねェが、退かせるぐれェはしねェとな。
視線をドラゴンに戻す際にピクリとも動かなくなった死体を目に留めたマルコは、ギリッと奥歯を噛み締めてドラゴンを睨み付けた。
もう、失くすのは、嫌なんだよい
ドラゴンは何かを察したのか、尻尾を大きく振り上げて海に叩き付けると両翼を動かして一度上空へと飛んだ。
たった一人で悠然と立つ人間に目を細めて、ゆっくりと距離を取ってズシンと再び地上に着地する。
さて、覇気が通じるかどうかだが……。今度は本気で行ってみるか。
深く息を吐いたマルコは、再び青い炎を足元から発して両腕に纏わせた。それに対して「グオオオオッ!」と雄叫びを上げたドラゴンは、右前足を大きく振りかざして叩き付けるように打ち下ろして来た。
ズガァァァン!!
大きな音と共に砂埃が一帯を包んで視界が一気に悪くなる。
丘の上で見守っていた村人達や浜辺から出た先の広場で見守っていた兵士達と負傷した村人達は、恐怖と心配を混在させた様相でマルコの姿を探した。
「んな大振りな攻撃が当たるかよい!」
「「「あ!」」」
「「「マルコ!?」」」
激しく舞う粉塵の遥か上空に青い炎を発する両腕を翼に変えて飛ぶマルコの姿があった。上空より勢い良く降下したマルコが武装色の覇気を纏う不死鳥化した足で、ドラゴンの頭に向けて叩き付ける。
「鳳凰印!!」
ズガァァン!!
ドラゴンの身体は大きく揺れた――が、倒れることは無く、頭をグッと動かしてマルコを睨もうとした。
しかし、マルコは怯むことなく攻撃を続ける。
ドラゴンの左側、顔の直ぐ横で身体を翻して左頬に狙いを定めて再び容赦無く蹴りを放つ。
「もう一丁!」
ドゴンッ!!
大きな音を発してドラゴンの頭が大きく揺れる。そして、今度こそ身体がグラリと傾いた。
「やった!!」
「凄ェ……」
「ど、ドラゴンを圧倒するなんて……凄い」
「「「流石はマルコ!!」」」
村人達は挙って意気揚々と声を上げた。片や宿営地の兵士達は「な、何者なんだ!?」「あの青い炎は何だ!?」と口々に驚きの声を発した。
「はは…、青い不死鳥か…。凄いもんだ」
「青い…不死鳥?」
負傷して動けない村人の一人が呟いた声に、兵士の一人が眉を顰めて浜辺で戦うマルコを見つめた。
青い炎を纏う両腕は翼のように形を変え、ドラゴンのようにバサバサと羽ばたかせて空を飛んでいる。足は鳥のそれだが身体は人間で鳥とは言えない。
不死鳥と言うからには――と、そんなことを思っていると、
グオオオオオオッ!!
大気を震わせる程の大きな唸り声がカサディス一帯を包み込み、勝機に希望を持った村人達の空気を一変させて緊張と恐怖の世界へと引き戻した。
「多少は効いちゃいるんだろうが……、参ったよい」
尻尾を投げ付けるように地面を叩いてグラついた身体を支えたドラゴンは、ゆっくりと顔をマルコの方へと向けて金色の鋭い眼光でマルコを睨み付ける。
自分一人の力ではどうにも太刀打ちできそうに無いかもしれない――と、瞬時に悟ったマルコは口端を上げた笑みを浮かべて小さく溜息を吐いた。
元居た世界には、化け物染みた動物系(ゾオン)の悪魔の実の能力者がいる。このドラゴンに勝るとも劣らない(例えば百獣海賊団等)者もいる。そんな奴らを相手取って戦うにしても十分対抗できる力を持っているし、傷一つ付けられない等とは思わない。
しかし、このドラゴンを相手にしていると、どこか勝手が違うと感じて仕方が無い。
先程から攻撃を幾度かぶつけているが、ドラゴンとの間に妙な感触があるのだ。それはやはりこの世界に存在する『魔法』というものが大きく作用しているせいなのかもしれない。
鍵爪で削ってみるか……。いや、逆にこっちの爪が負ける気がしてならねェ。
硬い鱗で覆われるドラゴンを前に有効と思えるのは覇気を纏った本気の攻撃のみ。だが、その効果は微々たるものしか無いようで、全力の攻撃を幾度と放っていると疲労が蓄積して、そう何度も繰り出せるものでは無い。最早打つ手無しと言ったところか。だが、それでも――
「やれるだけやってみるしかねェだろい」
ふぅと息を吐いてキッと気持ちを切り替えたマルコは、再び攻撃態勢を取った。それに対してドラゴンも先程と同じように右前足を振り上げてマルコに襲い掛かった。
「同じ攻撃が利くかよい!」
攻撃を躱して上空へ――。
両翼を羽ばたかせた瞬間、ドラゴンの翼が大きく動くのを視界の端で捉えたマルコは強い風で煽りを受けてバランスを崩した。
「チッ!」
咄嗟に全身に青い炎を纏わせて防御姿勢を取ったマルコに、ドラゴンの尻尾が鞭のように撓って容赦なく襲い掛かる。
ヒュンッ!
空気を切り裂くような音が聞こえると同時に大きな棍棒で叩き付けられるかのような衝撃がマルコの身体を襲い、そのまま浜辺に強く叩き付けられた。
見守っていた村人達の悲鳴と泣き叫ぶ声が上がる。
「マルコさん!」
「これ! 待たんかキナ!」
堪らずマルコの元に向かおうとするキナの腕をアダロが咄嗟に掴んで制止した。如何に不死鳥と言えどもドラゴンのあのような攻撃を喰らっては無事でいられるはずが無い。――誰もがそう思った。だが、
「あ! 見て!」
「「「!!」」」
強く迸る青い炎。そして、ドンッと大きな音を発して空高く飛ぶ姿に、村人達と同様にキナとアダロもそれを追って空を見上げた。
―― 天高く舞う青い鳥 ――
「本物の……鳥だ。本当に、本当に不死鳥なんだ……」
「綺麗……」
バサバサと空を滞空する青い不死鳥を目の当たりにした村人達からは、不思議と絶望の色が薄れていった。
しかし、マルコはと言うと――
尻尾の一撃であれかよい。オヤジの拳骨並、いや、それ以上かもしれねェ……。
割と絶望的な気持ちで凹んでいた。
◇
カサディス村にドラゴンが襲来したことで兵士達が慌しく動いていた宿営地の責任を任されていた男は、一番大きなテントの最奥にある文字が刻まれた石碑の前に立って険しい表情を浮かべていた。
「ドラゴンが再び襲来した故か……」
普段は何の変哲も無い石碑。
それが突如として蒼白い光を発して光の膜を纏った。まるで命の鼓動が宿るかのように――。
確信に似た面持ちで踵を返した男は、テントの外に出るとカサディスの方角を見上げた。
「今度の覚者は、カサディスの村人か」
剣を手にして戦う兵士ならばいざ知らず、平和に穏やかに過ごしていた村民が戦いの渦中に立たなければならないとなると、これほど残酷なものは無いだろう。
「悲運だな……」
男はポツリと呟くと少し同情染みた溜息を吐いた。
◇
負傷した身体を再生しようと青い炎が休むことなくボボッと瞬く。しかし、ものの数分で再生できたとしても体力が最早限界に達したマルコは、ドラゴンに容易に動きを捉えられて地面に叩き付けられた。
ぼやける視界で見上げた先に映る赤く大きな手に、ギリッと歯を食い縛ったマルコは、地面に押し付けられるように圧力を加えられて「くはっ!」と声を零した。
更にグッと圧迫されて口から血を吐いたマルコが苦悶の表情を浮かべると、ドラゴンの手がゆっくりと離れていった。
はっ…、流石に無理か……。
悪魔の実の能力者と言えども人間。戦いに明け暮れる海賊と言えども人間。
相手は動物系(ゾオン)の悪魔の実の能力者では無い本物のドラゴン。
「あァ、当然か……」
ここは魔法が存在しうる世界で、原野には魔物がうろついている世界で、自分が知る世界とは全く異なる世界なのだ。
大きく息を吐いてクツリと小さく笑ったマルコは、キナが話していた『竜王』と呼ばれた人物の存在をふと思い出した。
カサディス村より遥か遠く北東の位置にある領都。そこを治めている王は『竜王』と呼ばれているのだと――。
〜〜〜〜〜
「竜王?」
「嘗てこの世界を滅ぼしに天空より飛来したドラゴンを倒したことからその名で呼ばれるようになったそうです」
〜〜〜〜〜
ドラゴンの背後に望む空が茜色に染まり始めているのを見つめながら、このドラゴンをどうやって倒したのか訊いてみたいもんだとマルコは思った。
呼吸を荒げたまま仰向けに倒れるマルコに立ち上がる気力は既に無い。
村人達は今度こそ絶望した。
ガクリと膝を落として項垂れる者や、心ここにあらずと言った風で呆然と宙を見つめる者等、誰しもが諦めて悲しみに暮れた。
子供達は泣いて親に縋るもただ抱き締めることしかしてやれず、大丈夫だとか、助かるだとか、そんな気休めな言葉すら出なかった。
そんな中で、キナは両手を組んでギュッと目を瞑った。
お願いです神様。彼はこの世界の人間じゃ無いのです。どうか、どうか彼を、死なせないでください。どうか、お願い。
倒れていたマルコを助けておいて、いざこのような事態に何もできない無力な自分を、ただこうして神に祈ることしかできない自分を、キナは初めて呪いたい気持ちになった。
その一方――
まるで観察するかのようにドラゴンはマルコをじっと見つめていた。恐怖して逃げ惑う人間達と違って最後まで抗い、剰え自らをグラつかせる程の攻撃を与えて来た人間。特に青い炎を纏う不思議な力は興味深い。
何を考えてやがんだ。やるならさっさとやれよい……。と、呼吸を荒くしたままドラゴンを見上げるマルコがそう思った時だ。
「グアアアア!」
ドラゴンは大きく雄叫びを上げた。そして、見開かれた金色の鋭い眼光が赤い眼光へと変わるとドラゴンは呟き始めた。
「――――――」
「な…に……?」
人の言葉では無い。何らかの言葉を発しているようだが、何を語っているのかはわからない。尻尾を大きく動かしてズダンと浜辺に叩き付けながら尚もドラゴンは言葉を発した。
驚き困惑したまま見つめるマルコに、ゆっくりと右前足を動かしたドラゴンは、人差し指をマルコの胸元へと近付けた。
「ッ、何…する気だ……」
ギリッと歯を食い縛って身体を起こそうとするマルコだったが、体力を使い切った為に思うように動けない。
「―――――」
ドラゴンの爪先がマルコの胸に触れた時、大きな衝撃がマルコを襲った。
「かはっ!」
胸元から弾けるように激痛が全身を突き抜け、その反動で身体が一瞬だけ地面から浮いた。そして、穏やかに打ち寄せる波にマルコの身体から流れる赤い血が混って赤く染まる。
マルコの胸を貫いたドラゴンの爪先には心臓があった。
「―――――」
ドラゴンは未だ語り掛けながらゆっくりとそれを自身の口元へと動かした。途端に赤い光を纏い始めた心臓が爪先から離れて宙に浮いてドラゴンの口元へと移動して行く。
薄れゆく意識の中、マルコは確かにそれを見ていた。大きく開けられたドラゴンの口の中に赤い光を放った心臓が飲み込こまれていくのを――。
それを最後にマルコは意識を完全に失った。胸に刻まれた紺色の誇りが切り刻まれたような無残な姿を残して――。
赤黒い鱗を全身に纏いし巨体を、大きな両翼で飛来するそれは、カサディスへと一直線に向かって来る。そして、浜辺の上空に来ると大きな両翼をバサリバサリと動かして滞空する。
その際に大きな尻尾が海岸に立つ建屋の一部を破壊し、浜辺に集まる村人達へ塊となって襲い掛かった。
「うああああ!」
「ドラゴンだァァァ!!」
恐怖と混乱に陥り右往左往と逃げ惑う村人達を前に、ドラゴンが浜辺に降り立つと海水が大きく弾けて、まるで雨のようにカサディスの村を濡らしていった。
大きく唸る声を上げるドラゴンは、鋭く金色に似た色を放つ眼光を村人達にぶつけると、浜辺で腰を抜かして恐れ慄く村人達に向けて口から赤黒い炎を放った。
「うああああ!!」
「ぎゃあああ!!」
「嫌ァァァァ!!」
悲鳴と絶望の声が多い尽くす中、兵士が落としたものと見られる剣を拾ったマルコは、逃げ惑う村人の中を抜けて襲い来るドラゴンに立ち向かった。
◇
カサディスの村長であるアダロは、村の男達と共に、老人や女子供を優先的に浜辺より退避させて、丘に建つ教会へと移動させていた。
キナはアダロを見つけると急いで駆け付け、浜辺の状況を知らせた。
「マルコさんが!」
「な、何じゃと!?」
アダロだけでは無く、側にいた村人達も騒めいて海を望む崖渕へと駆け寄る。
とても平和で美しかったカサディスの浜辺は、誰もが目を覆いたくなるほど凄惨な姿となっていた。
漁小屋や浜辺に近い家々は悉く炎上し、破壊され、死んでしまった者達の遺体がそこかしこに転がっている。逃げ遅れた者や負傷して動けない者も大勢そこにいる。
助け出そうにもドラゴンが直ぐそこに居ては助けに行った者までも命を奪われ兼ねない。――にも関わらず、剣を片手にドラゴンから少しでも離れた場所へと動けない者を移動させ、勇敢にも立ち向かおうとする者の姿がそこにあった。
「ひ、一人で立ち向かう気か!?」
「無理だ! あんな化け物に人間が敵うわけない!」
宿営地から来た兵士達でさえも恐怖に慄いている。それでも何とか動けるだけマシというもので、村人を逃がすことで精一杯だ。――なのに、カサディスの衣服を来た村民の一人と思われる男が、剣を片手にドラゴンに立ち向かおうとする姿を目にして兵士達は瞠目する。
「おい! 無茶はッ――!?」
最も近くに居た兵士がマルコに制止を呼び掛けようとしたが、次の瞬間に驚いて目を見張って息を飲んだ。
剣を握る手、腕、肩から突如として現れる青い炎がボボボと爆ぜる。
あの炎は一体何か。
魔法の類だろうか。
しかし、青い炎なんて見たことが無い。
宿営地の兵士達は一様に騒めく。また、アダロから話を聞いていた村人達も実際に初めて目にするその様にゴクリと固唾を飲んだ。勿論、丘の上に立つ教会に避難して見守る村人達の目にも、青い光を発して猛る炎がはっきりと映った。
「そ、村長! あ、あれが――」
「う、うむ。マルコ殿の持つ力じゃ」
魔法では無いその力は、この世界の者にとっては異質で特別なものだ。
村人達はマルコの異質な力に僅かな光明を見出すかのように期待を持って見つめた。中には両手を組んで祈る思いで見つめる者も――。
『この青い炎は不死鳥の再生の炎で、熱は無いんだよい』
アダロは小さく首を振った。
あくまでも『再生の力』であって攻撃性に富んだ力では無いと言っておったと言うに、どうやって戦う気だ……と、心配の色は隠せない。
果たしてその力を使ったとして、あのドラゴンを討ち果たす力となり得るかどうか――。
アダロの隣に立つキナも初めて見る青い光に僅かな希望を抱いたものの、不安な様相で見つめるアダロに気付いて直ぐに表情を変えた。そして、不安が広がる胸に置いた手をギュッと握り締めて、浜辺にいるマルコに視線を戻した。
「グオオオオッ!!!」
低く大きく唸る声を上げるドラゴンは、口から炎を再び吐き出そうとしていた。浜辺で負傷して動けない村人が「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて目を瞑る。ボボボッと炎が猛る音に身を縮こませながら愈々命が尽きる覚悟を抱いた。その時――
「させるかよい!」
「!」
声にハッとして目を開けた時、赤黒い炎では無く、青い炎が目の前に広がっていた。口から吐き出された赤い炎の塊をマルコが作った青い炎の壁で弾き飛ばしていたのだ。
「ま、マルコ……」
「そこの兵士! おれが引き付けてる間に動けねェ奴らをここから連れ出せ!」
「「「!」」」
「わ、わかった! お、おい!」
「は、はい!」
声を詰まらせて戸惑いながらも兵士達は動けないでいる村人達を助けに走った。そうして必死に逃げる人間達を前に、ドラゴンは目を細めると両翼を大きく羽ばたかせて風を起こした。
「「「うわァァ!!」」」
風に煽られる形で身体を地面に打ち付け倒れた兵士達と村人達に向けて、ドラゴンは再び口を大きく開けた。だが――
ガキィィィィン!!
硬い鱗とぶつかる金属音が辺りに大きく響いた。
ドラゴンは頭を動かして注意をカサディスから外して上空へと目を向けた。だがまたしても――
キィィィン!!
と、再びぶつかる音が大きく響く。
ドラゴンの視界から外れたマルコが身体を翻してドラゴンの前足の付け根部分を狙って斬り付けていた。
「チッ!」
能力を手にする前までは剣を扱っていた経験があった。
しかし、どうにも歯が立ちそうにない。
剣士だったビスタやハルタならば幾分か傷を付けることぐらいはできたかもしれないが、自分の力量では歯が立たないかと、波が打ち寄せる砂地に着地したマルコはドラゴンを見上げた。そして、視線をカサディスへと向ける。
負傷して動けない村人達は、兵士達によって何とか無事にここから連れ出すことができたようで、マルコは少しだけ安堵の息を吐いた。
倒すことはできねェかもしれねェが、退かせるぐれェはしねェとな。
視線をドラゴンに戻す際にピクリとも動かなくなった死体を目に留めたマルコは、ギリッと奥歯を噛み締めてドラゴンを睨み付けた。
もう、失くすのは、嫌なんだよい
ドラゴンは何かを察したのか、尻尾を大きく振り上げて海に叩き付けると両翼を動かして一度上空へと飛んだ。
たった一人で悠然と立つ人間に目を細めて、ゆっくりと距離を取ってズシンと再び地上に着地する。
さて、覇気が通じるかどうかだが……。今度は本気で行ってみるか。
深く息を吐いたマルコは、再び青い炎を足元から発して両腕に纏わせた。それに対して「グオオオオッ!」と雄叫びを上げたドラゴンは、右前足を大きく振りかざして叩き付けるように打ち下ろして来た。
ズガァァァン!!
大きな音と共に砂埃が一帯を包んで視界が一気に悪くなる。
丘の上で見守っていた村人達や浜辺から出た先の広場で見守っていた兵士達と負傷した村人達は、恐怖と心配を混在させた様相でマルコの姿を探した。
「んな大振りな攻撃が当たるかよい!」
「「「あ!」」」
「「「マルコ!?」」」
激しく舞う粉塵の遥か上空に青い炎を発する両腕を翼に変えて飛ぶマルコの姿があった。上空より勢い良く降下したマルコが武装色の覇気を纏う不死鳥化した足で、ドラゴンの頭に向けて叩き付ける。
「鳳凰印!!」
ズガァァン!!
ドラゴンの身体は大きく揺れた――が、倒れることは無く、頭をグッと動かしてマルコを睨もうとした。
しかし、マルコは怯むことなく攻撃を続ける。
ドラゴンの左側、顔の直ぐ横で身体を翻して左頬に狙いを定めて再び容赦無く蹴りを放つ。
「もう一丁!」
ドゴンッ!!
大きな音を発してドラゴンの頭が大きく揺れる。そして、今度こそ身体がグラリと傾いた。
「やった!!」
「凄ェ……」
「ど、ドラゴンを圧倒するなんて……凄い」
「「「流石はマルコ!!」」」
村人達は挙って意気揚々と声を上げた。片や宿営地の兵士達は「な、何者なんだ!?」「あの青い炎は何だ!?」と口々に驚きの声を発した。
「はは…、青い不死鳥か…。凄いもんだ」
「青い…不死鳥?」
負傷して動けない村人の一人が呟いた声に、兵士の一人が眉を顰めて浜辺で戦うマルコを見つめた。
青い炎を纏う両腕は翼のように形を変え、ドラゴンのようにバサバサと羽ばたかせて空を飛んでいる。足は鳥のそれだが身体は人間で鳥とは言えない。
不死鳥と言うからには――と、そんなことを思っていると、
グオオオオオオッ!!
大気を震わせる程の大きな唸り声がカサディス一帯を包み込み、勝機に希望を持った村人達の空気を一変させて緊張と恐怖の世界へと引き戻した。
「多少は効いちゃいるんだろうが……、参ったよい」
尻尾を投げ付けるように地面を叩いてグラついた身体を支えたドラゴンは、ゆっくりと顔をマルコの方へと向けて金色の鋭い眼光でマルコを睨み付ける。
自分一人の力ではどうにも太刀打ちできそうに無いかもしれない――と、瞬時に悟ったマルコは口端を上げた笑みを浮かべて小さく溜息を吐いた。
元居た世界には、化け物染みた動物系(ゾオン)の悪魔の実の能力者がいる。このドラゴンに勝るとも劣らない(例えば百獣海賊団等)者もいる。そんな奴らを相手取って戦うにしても十分対抗できる力を持っているし、傷一つ付けられない等とは思わない。
しかし、このドラゴンを相手にしていると、どこか勝手が違うと感じて仕方が無い。
先程から攻撃を幾度かぶつけているが、ドラゴンとの間に妙な感触があるのだ。それはやはりこの世界に存在する『魔法』というものが大きく作用しているせいなのかもしれない。
鍵爪で削ってみるか……。いや、逆にこっちの爪が負ける気がしてならねェ。
硬い鱗で覆われるドラゴンを前に有効と思えるのは覇気を纏った本気の攻撃のみ。だが、その効果は微々たるものしか無いようで、全力の攻撃を幾度と放っていると疲労が蓄積して、そう何度も繰り出せるものでは無い。最早打つ手無しと言ったところか。だが、それでも――
「やれるだけやってみるしかねェだろい」
ふぅと息を吐いてキッと気持ちを切り替えたマルコは、再び攻撃態勢を取った。それに対してドラゴンも先程と同じように右前足を振り上げてマルコに襲い掛かった。
「同じ攻撃が利くかよい!」
攻撃を躱して上空へ――。
両翼を羽ばたかせた瞬間、ドラゴンの翼が大きく動くのを視界の端で捉えたマルコは強い風で煽りを受けてバランスを崩した。
「チッ!」
咄嗟に全身に青い炎を纏わせて防御姿勢を取ったマルコに、ドラゴンの尻尾が鞭のように撓って容赦なく襲い掛かる。
ヒュンッ!
空気を切り裂くような音が聞こえると同時に大きな棍棒で叩き付けられるかのような衝撃がマルコの身体を襲い、そのまま浜辺に強く叩き付けられた。
見守っていた村人達の悲鳴と泣き叫ぶ声が上がる。
「マルコさん!」
「これ! 待たんかキナ!」
堪らずマルコの元に向かおうとするキナの腕をアダロが咄嗟に掴んで制止した。如何に不死鳥と言えどもドラゴンのあのような攻撃を喰らっては無事でいられるはずが無い。――誰もがそう思った。だが、
「あ! 見て!」
「「「!!」」」
強く迸る青い炎。そして、ドンッと大きな音を発して空高く飛ぶ姿に、村人達と同様にキナとアダロもそれを追って空を見上げた。
―― 天高く舞う青い鳥 ――
「本物の……鳥だ。本当に、本当に不死鳥なんだ……」
「綺麗……」
バサバサと空を滞空する青い不死鳥を目の当たりにした村人達からは、不思議と絶望の色が薄れていった。
しかし、マルコはと言うと――
尻尾の一撃であれかよい。オヤジの拳骨並、いや、それ以上かもしれねェ……。
割と絶望的な気持ちで凹んでいた。
◇
カサディス村にドラゴンが襲来したことで兵士達が慌しく動いていた宿営地の責任を任されていた男は、一番大きなテントの最奥にある文字が刻まれた石碑の前に立って険しい表情を浮かべていた。
「ドラゴンが再び襲来した故か……」
普段は何の変哲も無い石碑。
それが突如として蒼白い光を発して光の膜を纏った。まるで命の鼓動が宿るかのように――。
確信に似た面持ちで踵を返した男は、テントの外に出るとカサディスの方角を見上げた。
「今度の覚者は、カサディスの村人か」
剣を手にして戦う兵士ならばいざ知らず、平和に穏やかに過ごしていた村民が戦いの渦中に立たなければならないとなると、これほど残酷なものは無いだろう。
「悲運だな……」
男はポツリと呟くと少し同情染みた溜息を吐いた。
◇
負傷した身体を再生しようと青い炎が休むことなくボボッと瞬く。しかし、ものの数分で再生できたとしても体力が最早限界に達したマルコは、ドラゴンに容易に動きを捉えられて地面に叩き付けられた。
ぼやける視界で見上げた先に映る赤く大きな手に、ギリッと歯を食い縛ったマルコは、地面に押し付けられるように圧力を加えられて「くはっ!」と声を零した。
更にグッと圧迫されて口から血を吐いたマルコが苦悶の表情を浮かべると、ドラゴンの手がゆっくりと離れていった。
はっ…、流石に無理か……。
悪魔の実の能力者と言えども人間。戦いに明け暮れる海賊と言えども人間。
相手は動物系(ゾオン)の悪魔の実の能力者では無い本物のドラゴン。
「あァ、当然か……」
ここは魔法が存在しうる世界で、原野には魔物がうろついている世界で、自分が知る世界とは全く異なる世界なのだ。
大きく息を吐いてクツリと小さく笑ったマルコは、キナが話していた『竜王』と呼ばれた人物の存在をふと思い出した。
カサディス村より遥か遠く北東の位置にある領都。そこを治めている王は『竜王』と呼ばれているのだと――。
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「竜王?」
「嘗てこの世界を滅ぼしに天空より飛来したドラゴンを倒したことからその名で呼ばれるようになったそうです」
〜〜〜〜〜
ドラゴンの背後に望む空が茜色に染まり始めているのを見つめながら、このドラゴンをどうやって倒したのか訊いてみたいもんだとマルコは思った。
呼吸を荒げたまま仰向けに倒れるマルコに立ち上がる気力は既に無い。
村人達は今度こそ絶望した。
ガクリと膝を落として項垂れる者や、心ここにあらずと言った風で呆然と宙を見つめる者等、誰しもが諦めて悲しみに暮れた。
子供達は泣いて親に縋るもただ抱き締めることしかしてやれず、大丈夫だとか、助かるだとか、そんな気休めな言葉すら出なかった。
そんな中で、キナは両手を組んでギュッと目を瞑った。
お願いです神様。彼はこの世界の人間じゃ無いのです。どうか、どうか彼を、死なせないでください。どうか、お願い。
倒れていたマルコを助けておいて、いざこのような事態に何もできない無力な自分を、ただこうして神に祈ることしかできない自分を、キナは初めて呪いたい気持ちになった。
その一方――
まるで観察するかのようにドラゴンはマルコをじっと見つめていた。恐怖して逃げ惑う人間達と違って最後まで抗い、剰え自らをグラつかせる程の攻撃を与えて来た人間。特に青い炎を纏う不思議な力は興味深い。
何を考えてやがんだ。やるならさっさとやれよい……。と、呼吸を荒くしたままドラゴンを見上げるマルコがそう思った時だ。
「グアアアア!」
ドラゴンは大きく雄叫びを上げた。そして、見開かれた金色の鋭い眼光が赤い眼光へと変わるとドラゴンは呟き始めた。
「――――――」
「な…に……?」
人の言葉では無い。何らかの言葉を発しているようだが、何を語っているのかはわからない。尻尾を大きく動かしてズダンと浜辺に叩き付けながら尚もドラゴンは言葉を発した。
驚き困惑したまま見つめるマルコに、ゆっくりと右前足を動かしたドラゴンは、人差し指をマルコの胸元へと近付けた。
「ッ、何…する気だ……」
ギリッと歯を食い縛って身体を起こそうとするマルコだったが、体力を使い切った為に思うように動けない。
「―――――」
ドラゴンの爪先がマルコの胸に触れた時、大きな衝撃がマルコを襲った。
「かはっ!」
胸元から弾けるように激痛が全身を突き抜け、その反動で身体が一瞬だけ地面から浮いた。そして、穏やかに打ち寄せる波にマルコの身体から流れる赤い血が混って赤く染まる。
マルコの胸を貫いたドラゴンの爪先には心臓があった。
「―――――」
ドラゴンは未だ語り掛けながらゆっくりとそれを自身の口元へと動かした。途端に赤い光を纏い始めた心臓が爪先から離れて宙に浮いてドラゴンの口元へと移動して行く。
薄れゆく意識の中、マルコは確かにそれを見ていた。大きく開けられたドラゴンの口の中に赤い光を放った心臓が飲み込こまれていくのを――。
それを最後にマルコは意識を完全に失った。胸に刻まれた紺色の誇りが切り刻まれたような無残な姿を残して――。
不死鳥 vs ドラゴン
【〆栞】