12

立て掛けられていたランディングソードに気付いたマルコは、それを手に取って部屋を後にしようとした。だが、出口付近で足をピタリと止めた。直ぐそこでアダロとキナが話している声が聞こえたからだ。

「光る傷じゃと?」
「はい……。傷は塞がっていて生命に別状は無い様子なのですが……、心臓の音がしないのです」

気を失っている間にキナが看病をしてくれていたのだろう。現実にキナの手が触れたから、夢の中でそれを感じ取ったのだとマルコは思った。
ただ、心臓の音がしないとはどういうことなのか。胸に手を近付けたら光を放つ現象と関係しているのだろうか。
マルコは再び胸に手を近付けた。
やはり再び光を放ち――

 我がもとへ…

と、低い声が木霊した。

マルコは眉間に皺を寄せて厳しい表情を浮かべた。

「心臓が?」

驚くアダロの声に釣られるように、マルコは話をしている二人に視線を戻した。

「はい……」
「なんと、何かの呪いなのか……? ドラゴンが現れ、世が乱れ、そのような不吉な兆しまで……」

不安気なキナと戸惑い困惑するアダロに、何と声を掛けて良いのか思い浮かばないマルコは、二人が話を終えるのを待つことしかできなかった。
ただ、アダロの科白にマルコは引っ掛かりを覚えていた。
ドラゴンが現れ、世が乱れ、そのような不吉な兆しまで――と言ったが、それらの前に異世界から落ちた海賊が居るというのは、それらの中に含まれ無いのだろうかと。
もうアダロにとってもキナにとってもマルコという人物は、最早カサディス村の民の一人であるという認識に染まってしまっているんじゃないかとマルコは危惧した。

「杞憂ならば、良いのだが」

アダロが零した言葉に、マルコは意味合い違いで「全くだ」と思わず頷いた。

「ともかく、ここは頼むぞ、キナ。ワシは、村を見て来る」
「わかりました……」

アダロはあれから休む間が無いのだろう。かなり憔悴しきっている様子だったが、村長という立場上そうそう休んではいられないのだろう。
村長を見送ったキナは、深い溜息を吐いて踵を返した。ふと視界の中に誰かの足があることに気付いて顔を上げた。

「!」

キナは目を見張って息を飲むようにして立ち尽くした。

「悪ィな。立ち聞きちしまったよい」
「ッ…あ…、その……」

震えた手を口元に当てながらキナはどう言葉を掛けようかと迷っていた。苦笑を浮かべたマルコは、「キナ」と名を呼んでキナの頭にポンッと軽く手を置いてやんわりとした手付きで優しく撫でた。

「!」

キナは目を丸くした。

「心配掛けちまって悪かった。おれは大丈夫だから、他の奴らを診てやってくれよい」
「マルコさん……」

眉尻を下げて目に涙を浮かべたキナに、撫でていた手をポンポンと軽く弾ませたマルコは、そのまま後頭部へと回して自身の胸元にキナを引き寄せてギュッと抱き締めた。

「!」

驚いたキナの頬に赤みが差す。

トクン…トクン…トクン…トクン…――

自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じたキナは、そっとマルコの胸元に耳を寄せる。
やはり心音が聞こえない。
胸を痛めたキナはマルコの衣服をギュッと握った。

「ありがとな」
「!」

マルコはキナの耳元に口を寄せて礼の言葉を述べた。

どうして……?
これじゃあまるで……。

眉尻を下げて息を飲むキナを他所にマルコはゆっくりと身体を離してクツリと笑った。

「お前ェには本当に救われた。おれはキナに助けられて幸せだったよい」

背中を向けて離れようとするマルコに咄嗟に手を伸ばして腕を掴んだキナは切羽詰まった表情を浮かべていた。それに少し驚いたマルコは足を止めた。

何か、何か言わなきゃ。と、口を動かすキナだったが、何をどう言葉を掛けたら良いのかわからなくて……。

「キナ」
「あ……」

結局、何の言葉も掛ける事ができずに、キナはマルコの腕をそっと離した。

「大丈夫かい?」
「ッ……」

悲しくて寂し気な顔をしているキナを気遣うように、マルコはキナの背中を優しくトントンと叩いて軽く擦った。

「服を着替えてェんだが……、良いかい?」
「は…い……」

涙が零れ落ちそうになる目元を拭いながらキナは頷いた。
心臓がさっきよりもドキドキと強く鼓動を打って、酷く熱い顔を俯かせて自分の胸元に置いた手をギュッと握る。
苦しい表情を浮かべたキナは、今抱えるこの胸の内の感情を振り払うように診療所と化した部屋へと足早に向かった。
一方、間借りしている部屋に入ったマルコは、ボロボロになった麻布の衣服を脱いで、洗濯されて綺麗になった本来の自分の衣服を手に取った。
青いサッシュを巻いてチェーンを付け、紫のシャツを羽織りグラディエーターサンダルを履いて立ち上がる。着慣れた衣服に思わず口角が上がる。そして、ハタリと止まって瞬きを繰り返した。

「あー、そう言えば……」

サッチの言葉を思い出したマルコは、まァ、あれは夢だろうからと半信半疑でシャツのポケットに手を突っ込んだ。
右側のポケットを探る手先にコツンと何かが当たった。

「夢…じゃねェ…のか……?」

恐る恐るそれを取り出してみたマルコは、大きく目を見張った。
それは白銀の指輪だった。

「おかしいだろい。こいつはちゃんと……」

あの日、赤い石片を嵌め込んだネックレスと一緒に小さな袋の中に白銀の指輪も入れた。そして、小さな袋はあの木箱の中に戻してサッチの遺品として倉庫に保管した。
それなのに何故、この白銀の指輪がポケットの中に入っていたのか――。

「誰かが……なんてこたァねェよなァ」

悪戯で仕組んだとか、そんな余裕なんて誰にも無かったのは明白。何より今の今まで指輪の存在に気付かなかったことが不思議でならない。
大体、洗濯の際に気付くだろうに……。まるでポケットを探ったことで存在を露わにしたような感覚に、マルコは手の平に転がる白銀の指輪を見つめて溜息を吐いた。

「で、これがおれにとって無くてはならねェ代物になるって?」

本当かよい、とサッチの顔を思い浮かべてマルコは軽く笑った。
魔法なんてもんがあったら不可能も可能にすることだってできんじゃねェかって、そう思えば良い。グランドラインは何が起きてもおかしくねェ海だって言われてんだ。それと同じだと考えりゃあ何でも納得できる。

「あァ、大事にするよい」

サッチの言葉に素直に従うことにしたマルコは、白銀の指輪を右ポケットに戻してポンポンと軽く叩いた。そして、ランディングソードの鞘に付いているベルトを肩に掛けると部屋を後にして村長宅を出た。
中央広場に向かう下り道を歩いていく最中、ドラゴンの襲撃によって破壊された箇所を見つめて視線を道端に向けたマルコは、眉根を寄せて真剣な顔を浮かべた。

そこには怪我に苦しむ村人達が大勢いて、誰もが沈痛な面持ちで言葉少なく静かだ。あの平穏で温かくゆったりとした空気が流れていたカサディス村は、今やすっかり形を潜めてしまっている。

暫く歩いて宿屋の前の広場に差し掛かった時、アダロと鉢合わせした。アダロはマルコを見るなり目を丸くした。

「な、何をしている?」
「あー……」

少しバツの悪い表情を浮かべたマルコは、頭をガシガシと掻くとアダロから視線をスイッと外して宿屋に向けた。

「少し話がある」
「……」

宿屋に足を向けたマルコに戸惑いながらアダロは黙ってその後に続いた。

「店は開いて――あ、マルコ! 大丈夫なのか!?」

わざわざ駆け寄って来た宿屋の店主にくつくつと笑ったマルコは「大丈夫だよい」と返事した。

「よ、良かった。お、おれはてっきりもう駄目かと……」

目に涙を浮かべて泣き顔を浮かべた店主に思わず頬を引き攣らせたマルコは「あー、心配掛けて悪かった」と言いながら店主を宥めた。そして、少し落ち着きを取り戻した店主に「で、悪ィんだが……」と言葉を続けた。

「村長と話がしてェんだが、食堂を借りても良いかい?」
「あ、あァ」

宿屋の店主はマルコとアダロを交互に視線を配ると頷いて食堂の扉を開けた。マルコとアダロは食堂に入ると一角にある席に向かい合う形で腰を下ろした。

「何か飲み物を持って来るよ」
「あァ、いや」
「すまんな、冷たけりゃ何でも構わんので頼む」
「わかりました。マルコは?」
「あ、あー…、同じで構わねェよい」
「了解」

宿屋の店主がその場を離れるとアダロは難しい表情を浮かべて「さて…」とマルコに視線を向けた。

「話とは何じゃ?」
「そうだな、どこから話したら良いか……」

両腕を組んで背凭れに背中を預けながら眉を顰めて思案したマルコは、簡潔に事の成り行きを説明した後、襲撃して来たドラゴンに奪われたものを取り返す旅に出る――と、そう話した。難しい表情を浮かべたまま黙って話を聞いていたアダロは、マルコの話に納得したのか、深い溜息を吐いて「わかった」と頷いた。

「キナには」
「家を出る前に会ったが詳しくは話してねェよい」
「――むう……。ワシに話せと言うのか?」
「悪ィ。キナにはこれ以上心配掛けさせたくなくてよい」
「そうか……」

マルコのキナに対する気遣いに感じ入ったアダロは、渋々ではあったがコクリと頷いた――が、何やら少し含みを持った笑みへと変えるアダロに、マルコは目を丸くした。

「ひょっとしてキナに惚れたか?」
「なっ!? ち、違ェよい! キナはおれにとって恩人だからで!」
「顔が赤いぞ? 満更でも無いって顔じゃな」
「ッ――!」

ニヤリと笑うアドロに瞠目したマルコは言葉に詰まると勢い良く顔を背けた。

「お待たせー」

タイミングが良いのか悪いのか、飲み物を持って来た宿屋の店主が「あれ、どうしたマルコ?」と首を傾げた。

「な、何でもねェ……」

ぶっきらぼうにそう吐き捨てたマルコは、コップを荒々しく手に取ると一気に呷って飲み干し、ガタンと勢い良く立ち上がった。

「じゃあ、もう行くよい」
「え、行くってどこに?」
「行き先の見当は付いとるのか?」
「まずは宿営地に寄ってから領都を目指すつもりだよい」
「成程のう」
「え? ま、まさか、村を出ていくのか? 一人で?」
「竜王って人に会って話ができるかどうかはわからねェが、まァ出たとこ勝負といったところだろうよい」
「うむ。まァ的は得ておるじゃろう」
「ちょっ、え? えぇ!?」

宿屋の店主の言葉をスルーして言葉を交わすマルコとアダロに、宿屋の店主は交互に視線を配って一人で百面相している。

カサディスがこんな状態でマルコが不在になったら誰を頼ったら良いんだ!?

「ままま待ってくれ!」
「待たんで良いぞ」

焦る宿屋の店主の言葉を断ち切るように、差し出されたコップを飲みながらアダロは言った。店主が口を挟む隙すら与えまいと言葉を続ける。

「カサディスは言うても辺鄙な村じゃ。襲われたばかりじゃし次の襲撃なんてことはまず無いじゃろうから村の事は心配せんでえぇからの。ま、たまに戻って来てくれると村の者達も喜ぶじゃろう。そうそう、この宿のカウンター前にある掲示板に村人からの要望書を張っておくから、気が向いたら手伝ってやってくれると助かる」

まるで立板に水の如く話す様に店主は口を開けたまま停止して、一方のマルコはヒクリと頬を引き攣らせた笑みを浮かべつつコクリと頷いた。
まぁ、大丈夫だ。と、マルコは励ましの意図を込めて戸惑い涙を浮かべ始める宿屋の店主の肩をポンポンと叩いて食堂を後にして宿から出て行った。

「あ、アダロ村長……! どうして!」
「この世界に来たのには意味がある」
「え?」
「そういうことだ」
「……」

アダロは空になったコップをテーブルに置いて立ち上がった。

「馳走になった。ではな」
「え、あ、はい…」

アダロも去ってその場に残った宿屋の店主は、アダロが座っていた椅子に腰を下ろしてマルコが座っていた空席を見つめた。

「……寂しくなるなァ……」

ポツリと零してズピッと鼻を啜った宿屋の店主は、暫くぼ〜っとしていたが、空になった二つのコップをトレーに乗せると食堂を出てドアに鍵を掛けた。
死闘を繰り広げてドラゴンを追い払ってくれたカサディス村の恩人であるマルコに感謝の心を送って、一日でも早い復興を目指そうと宿屋の店主は心に決めたのだった。

別 れ

〆栞
PREV  |  NEXT
BACK