13

カサディス村の門前に立った時、マルコは空気がピンッと張り詰めるのを感じて眉を顰めた。
周囲に目を向けると井戸の側に立っていた兵士も同様に感じたのか、周囲をキョロキョロと見回していた。そして、ある一点に視線を止めて呆然とした兵士の様子に怪訝な表情を浮かべたマルコは、その兵士が見つめる先に視線を向けた。
そこには先程まで何も無かった空間に歪みが生じて黒い靄のようなものが出現している。

「!」

竜が出現した時のような禍々しいものは感じられないが、マルコは警戒して身構えた。

「おや?」

背後から聞こえた声にハッとしてマルコは振り向いた。
アダロだ。
旅立ちを見送ろうと思ってなと告げたアダロは、空間に現れた黒い靄に視線を向けた。
何も言わずにマルコも黒い靄に再び視線を向けた時、黒い靄は中心に向かって渦を巻き始めた。そして、異空間のような狭間が垣間見えると同時に爆ぜる音を発し、そこから突如として男が姿を現した。

「ひっ!?」
「なっ……!?」
「これは……」

恐怖した兵士、驚くマルコ、そして、眉を顰めたアダローーと、三者三様の反応を前にして、茶色の巻き髪に顎髭を生やして旅人が着るような簡素な衣服に身を包む無骨な男が辺りをキョロキョロと見回した。
目を見張っているマルコに視線を止めた男は、徐に右手を前に翳して手の平を向けた。咄嗟に警戒して身構えたマルコだったが、ポンポンとマルコの腕を軽く叩いたアダロが「恐らく大丈夫じゃ」と言った。
何故そう言えるんだとマルコが視線をアダロに向けようとした時、男の右手が光を発したことでその動きを止めた。
小指と薬指の付け根から獣の足のように四方に割れた様相で、それはマルコの胸元にある傷が放つ光と同じだった。
わけがわからずに男を見つめているマルコの元に、さも当然のように歩み寄った男はマルコに向かって深々と頭を下げた。

「な…んだよい……?」

戸惑うマルコの隣でアダロは「これはまた驚いた」と呟いた。

「この男はポーンじゃよ」
「ポーン?」
「どこか異邦の地より忽然とワシらの前に現れる…どこか得体の知れぬ者達じゃよ」

アダロの説明にマルコは引っかかりを覚えてキョトンとした。

「おい、それってまるでおれと同じじゃ……」

疑問を口にしたマルコに今度はアダロがキョトンとした。

「マルコは人間じゃろうが」
「は?」
「やつらは人間では無いんじゃよ」
「!」
「外見は殆どワシらと変わりは無いが、人なら持っている意志や感情がとても希薄なのだ」

アダロの説明を受けながら直ぐ目の前で頭を下げている男を観察するようにマルコはじっと見つめた。
ポーンと呼ばれたその男はゆっくりと頭を上げた。どこか誇らしげな表情を浮かべているように見える。

「そもそもやつらは『戦徒』として…あー、所謂傭兵のような役目を生き様としておる」

アダロがそう言うと男はコクリと頷いて言葉を紡ぎ始めた。

「覚者様、お初にお目見えになります。私めの名はルークと申します」
「か…くしゃって……!」

誰のともわからないあの声が語った『覚者』という言葉に酷く動揺したマルコに、ルークは平静で事も無げに言葉を続けた。
成すべき使命を知る旅に出られる覚者様の為、私をどうぞお使いくださいませ――と。

片膝を地に付けて右手を左胸に添えて頭を下げるルークのそれは、まるで主に忠誠を誓うかの様で、ハッとしたマルコは少し顔を赤くして焦るように声を掛けた。

「ま、待て! じゃねェ、まず立て! そういうのはッ…苦手なんだよい……」

困惑して頭を掻くマルコに、「ご指示とあらば」と言葉を添えてルークは立ち上がった。
それにマルコが思わずヒクリと頬を引き攣らせてしまうのは仕方が無い。
指示じゃねェし……。勘弁してくれよい……。と、それはそれは深い溜息を吐いてガクリと項垂れた。

「彼は元が海賊だからな。主人として尽くされるなんてことは苦手なのだろう」

マルコのフォローに回って説明したアダロに、ルークは「そうですか」と頷くとスッと立ち上がって背筋を伸ばし、折り目正しく「わかりました」と一言述べた――が、それでもマルコを見る目は『我が主よ』感がありありとしていて、本当にわかっているのかどうか怪しい……と、マルコとアダロは思った。

「あ、そうじゃ」

何かを思い出したかのようにポンッと手を叩いたアダロに、げんなりして顔色が優れないマルコが顔を向けた。アダロは「しっかりせんかい」とマルコの背中を叩きながら話し始めた。

「宿営地でドラゴン討伐の兵を募っておるようでな、そこには恐らくこのルークとやらのお仲間が沢山いるだろうから、ひょっとしたら彼が現れた理由がわかるやも知れん」
「そ、そうなのか?」

マルコがルークに問い掛けるとルークは「はい」と頷いた。

「わかった。まァ、どのみち宿営地には行くつもりだったから丁度良いよい」

溜息混じりに零したマルコは、カサディス村の門前へと足を向けた。

「気を付けてな」
「あァ」

アダロが声を掛けるとマルコは手を挙げてヒラヒラさせながら答えた。

「待ってェェ!」

どこからか叫ぶ声にピタリと足を止めたマルコは振り向いて目を丸くした。

「マルコ! 絶対にまた戻って来い! 約束だぞ!」
「辛くなったらこの村が里だと思っていつでも”帰って来い”よ!」
「無茶すんなよ! マルコはもうおれ達にとって大事な”家族も同然”なんだからな!」
「――!!」

大人から子供まで、大勢の村人達が見送りに駆け付けて来たのだ。中には痛みを堪えながら笑顔で見送る怪我人もいた。
『家族も同然』と言われたマルコは、喉まで出かかった声を胸の奥に収めるようにグッと飲み込んだ。その代わりにフッと笑みを零して、マルコは「ありがとよい」と頷いた。
その時、大人達の中を掻き分けて前へと出て来た子供達が涙ぐみながら一斉にマルコの名を叫んで手を振り出した。

「「「僕達(私達)も応援してるからね!!」」」

そう言い切ると大泣きする子供が数人いて、マルコは苦笑を零した。

「よい」

一言そう言って手を振り返すと、悲壮感が漂っていた子供達の表情が一瞬にして笑顔へと変わった。

「「「よい!!」」」

声を揃えて応える子供達にマルコは少し気恥ずかしい気になったのかガシガシと頭を掻き、そのまま踵を返して門を潜った。
子供達に応える中で、見送る村人達の後方に心配げに見つめるキナの姿を見つけていたマルコは、泣き出す子供達を励ます気持ちで言ったが、半分はキナに向けたものでもあった。それが届いているかどうかは別にして――。

「覚者様、道中は私めが覚者様の安全をお守り致します」
「あー、いや、まァ、それが仕事だってェんなら仕方が無ェが、おれは守られる主義は持ち合わ」
「あ! 覚者様! ゴブリンの群れがございます! 私めの後ろに!!」
「――せて……ねェんだけど…なァ……」

感動の見送りから一変してマルコは何となく崖っぷちに立たされた気分になった。

おれは、こいつがどうも苦手だよい……。
宿営地に到着したら他のポーンを探して同行者を変えようと密かにマルコは思った。

「あ、覚者様! 野ウサギでございます!」
「いや、こいつらは野生の動物で」
「あ、覚者様! ウミドリが!」
「あ、あァ、見りゃわか」
「あ、覚者様!」
「――……」

うぜェ……。

宿営地までの道のりはそう険しく無いはずなのに、何故かとっても険しくて茨の道と化している気がして仕方が無い。
真面目に頑張っているのはわかるが、自分はそうまでして守られるような人間じゃあ無い。

「なァ、ルーク」
「はい、何でしょう?」
「おれァ海賊だ」
「えぇ、先刻お聞き致しました」
「お前、海賊ってェのがどういうものか知らねェんじゃねェのか?」
「いえ、存じております。海賊とは――」

ルークはピシッと背筋を伸ばすと海賊について説明し始めた。

武装した船舶により海洋を横行し、武力を用いて航行中の船舶や沿岸の部落から収奪を行う組織のことである。船舶や沿岸を襲撃することによって国家権力からみて非合法な手段により金品や食料を強奪する海の盗賊を指す。しかし、金品を代償に盗賊行為を取り締まる側に立つ場合もあり得ることも――。
中には島嶼や港湾などの支配権を握り、陸上では統治者である者が組織的に行う場合があり、海軍との境界が曖昧であることも多いとか。また、交易などの商売を目的としている者が交渉決裂や商売上の競争相手とのいざこざにより海賊と化す場合もある。

等々――(By ウィ○ペディア)

「わ、わかった! もう良い! 海賊相手に真面目に海賊について語るなよい!」

聞いたおれが悪かった。と、何だかとっても恥ずかしくなったマルコは若干顔を赤くして頭を抱えた。

「何か必要な情報がございましたら私がお調べ致しますので仰ってくださいませ」

凄く誇らしげな表情を浮かべるルークに、マルコは無言のままコクリと頷いた。

「あ、ところで」
「…………何だ?」
「村の子供達と交わされていた『よい』とは、何なのでございましょう? もし差し支えが無ければお教え願いたいのですが……」
「ッ〜〜!」

真剣な表情を浮かべて丁寧に教えを乞うルークに、マルコは思わず一歩二歩と後退って顔を背けた。
そんな真面目に問われると却って説明し難い――と言うよりも、大した意味も無いから説明する程のことでも無い。

か、勘弁してくれよい!

最早お手上げといったところだろうか。
マルコは天を仰ぐとダメだこりゃとばかりに目元を手で覆って盛大な溜息を吐いたのだった。

ポーン

〆栞
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